見出し画像

初めてをぎゅっと詰め込んだ屋根裏部屋で

「この部屋も、今日で最後かぁ〜」

「寂しい?」

「うん。ふたりで長い時間一緒に過ごした初めての部屋だからね」

「そうだよね〜」

「でも、この部屋でいろんなことして過ごしたように、また新しい場所で新しい思い出が、増えていくんだね」

そう考えると、わくわくする!と言わんばかりに彼は目をキラキラとさせ、前を向いていた。

彼はこの春、1年間過ごした家から引っ越しをする。一軒家のシェアハウスに住んでいた彼は、屋根裏部屋のような雰囲気ある6畳ほどの部屋を自室にしていた。

「今日、引っ越し作業の日にする!」という彼の言葉に引っ張られ、わたしも一緒にタンスやら服やらカバンやらを運び出し、引っ越しを手伝うことになった。

初めて彼の部屋に入ったときは、まさかこうして引っ越しを手伝うようになるとは思いもしなかったな、としみじみ思う。他の友人と一緒に、ひとりの友達としてシェアハウスに遊びに行ったのが懐かしい。

なんて思いながら本棚を片していると、クリスマスプレゼントに贈った飛び出る絵本を見つけ、思わず笑みが溢れた。建築家を目指す彼にぴったりだと、手紙を添えて初めて贈ったプレゼントだった。

思い出に浸ると引っ越し作業が進まない、いかんいかん。そう思いながらも、ついつい思い返してしまう。

そういえば、彼に告白をされた日に帰路についたのも、この部屋だった。初めてシングルベッドにふたりで抱き合って寝たときは、緊張とぎこちなさいっぱいだったのに、今はもう、心地の良さが身体にぴったりと収まる。

ドキドキから安心に。ぎこちなさから、心地よさに。ふたりの形は、お互いを想いながら少しずつ変化して、落ち着く居場所を見つけていったように思う。

暖色の灯る部屋には、いつも彼の匂いがした。

スーパーでお寿司やお肉を買ってきて、ビールをプシュッと開けて飲む瞬間は最高だったし、わたしがつくった料理を満面の笑みでおいしいおいしいと食べてくれる彼を見ているだけでお腹いっぱいになった。パソコンでNetflixを立ち上げ、お笑い番組を観ながらお腹が捩れるほど笑って。話題の映画を真剣に見た日もあったっけ。

彼が夜勤に行くときは、行ってきますのちゅーをして見送ったし、朝日が部屋いっぱいに広がる頃、眠い目を擦りながら、彼におかえりと呟く朝のまどろみは、とてつもなく幸せな気持ちを運んでくれた。

ずっとスマホをいじって構ってくれない彼に拗ねたり、オナラが臭いと騒いだり、昼間から焼き肉にビールを飲んだり、彼の祖父の訃報を知り少し涙を流して彼を抱きしめたり、誕生日を一緒に迎えたり。

彼の匂いが隅々まで広がるあの部屋には、タイムカプセルのように閉じ込めておきたい初めての思い出がたくさん詰まっている。

引っ越しをしたら、彼の家からわたしの家まで片道50キロの道のりを毎週末必ず送ってくれた夜のドライブも、もうおしまいだ。

どんなに疲れていても送ってくれた彼に、申し訳なさが積もり積もって泣いてしまった日には、いいんだよ。彼氏なんだからもっと安心して頼って身を預けていいんだよ。俺がそうしたいからしてるんだ。と、とんでもない大きな愛で包み込んでくれたから、その日以降は、安心して夜のドライブを楽しむことができたっけ。

いつか別れることを怖がり話し合って泣きじゃくった日も、キャリアについて真剣に話した日も、仕事観について語り合った日も、お互いの夢や将来にわくわくした日も、ふざけ合ってケラケラ笑った日も、彼に怒って拗ねた日も、

そして、好きという気持ちを伝え合った日も。

わたしたちをつないでくれたのは、彼の家とわたしの家を繋ぐ、長い長いドライブの旅路だった。

2人をふたりらしくしてくれた、濃い思い出たちが蘇り、もうここでふたりで過ごすことはないんだな。そう思うとちょっぴり寂しかった。

でも、今度はどんな場所でどんな思い出をつくっていこうか。そうすでに胸を弾ませるふたりは、ずんずんと前に進んでいく。

ふたりにとっての、初めてがぎゅっと詰まった部屋。あんなこともあったねと、いつかタイムカプセルの蓋を開けて思い出話をする日が楽しみだね。

またここから、はじまる。

2021.3.17


この記事が参加している募集

振り返りnote

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?