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親友 -旅のはじまり編-

からだを小刻みに揺らす新幹線の振動が、うつらうつらと瞼を重くする。となりでもうすでに目をつぶっているのは、いっしょに旅をする相棒だ。

「東京駅に7時集合で!」の約束通り、無事に合流した駅のホーム。見上げるとカラッと晴れた青空越しの電光掲示板が、博多までの停車駅をなんどもなんども教えてくれている。新幹線ってずいぶん遠くまでいけるんだなぁ。

するとなんの前触れもなく、目の前をスピードを緩めた新幹線がすーっと入ってきた。時間ぴったり。新幹線が苦手な理由のひとつは、きっとこれだ。旅のはじまりを合図するお腹の底から轟くエンジン音、飛び立つ瞬間の息を飲むドキドキ感、ああ飛行機が恋しい。

自由席の最前列をいちばん乗り!とばかりに陣取った。どこまでも続くガラガラの空席を見て何か世紀の大発見をしたかのように「すごい!誰も乗ってないね!」とはしゃいだわたしを横目に、「だって始発だもん(笑)。」と冷静に諭してくれたのは、高校時代からの友人、彩乃だ。

あ、そうか。

じぶんが言った発言のおかしさに、ひとしきり笑った(笑ってくれた)、朝。もう、眠くて仕方がない。

「シルバーウィーク、どこか行きたいって言ってたけど、もう行く場所決めた〜?」

そんなLINEが届いたのは、まだ蝉の鳴き声が耳の奥に残る夕暮れだった。「一緒に旅行に行こう」とか「〜〜へ行こうと思ってるんだけど、一緒に行かない?」とか、自分のペースにいきなり巻き込もうとしない、いかにも彼女らしい誘い方に、にんまりする。心に音符が、に・さん、跳ねた。

にも関わらず、「わかんないけど、西のほうかな〜」と、寝ぼけたような返信をする。本当にぼんやりとしていたのだ。いつもなら海外の知らない街をひとりブラブラしていたであろう季節に、行きたい場所は?と問われても、正直思い浮かばない...というのが本音なのかもしれない。

「東北とかいいかな〜って思ってて、そしたら、別方向だね。」

残念そうな絵文字と一緒に、それでも自分が行きたい場所はしっかり伝えるところ。制服ではしゃいでいた頃から変わらない、彼女のしなやかな芯を感じさせる言葉は、なにも大きな決断をするときだけでなく、こんなちょっとした意思表示にもあらわれる。らしいな、と思いながら少しの苦笑いを込めて「前から一緒に行こうって言ってた倉敷に行く?」と提案してみた。

「たしかに!」とテンション高めの嬉しそうな返信に、ピタリと息が合う。

実は、彼女から送られてきた誘いは、他の言葉も添えられてした。

逃げ出したい!!!

からだの奥底からマグマのように湧き出る閉塞感に、もう限界だったのだ。

わかるすごくわかる。

どこでもいいから、とにかく今、すぐ。ここではないどこかへ行きたかった。逃げたいって、言ったって、なにから?誰から?

そんなものはわからないけれど。いいから、とにかく、早く。

そんなこんなで新幹線に飛び乗った。わたしたちの、のんきで愉快な脱走劇がはじまったのだった。

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