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野口み里の小説

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野口み里の書いた小説まとめ
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記事一覧

電話は鳴る。

電話は鳴る。

「お客様の設備状況ですと30アンペア以上の増設は工事が必要となります。」
「はい、その料金は燃料費調整額の差額でございます。」
「そのプランはオール電化に対応したお部屋の為のプランとなりまして……」
「インボイス対応の支払い証明書は有料での発送となりますがよろしいですか?」
「新規でのご契約でございますね、ありがとうございます。」

電話は鳴る。それにわたしたちは出る。わたし平沢あゆみは東都エナ

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猫の目

猫の目

「迷い猫探しています」
そう書いたチラシを管理人の許可を取りマンションの入り口に貼った。マンションの隣にある惣菜屋さんも快く貼ってくれた。チラシには猫の写真と「もも3歳メス。人懐っこいです。桃色の首輪をしています。見つけた方はこちらまでご連絡ください、謝礼します。加納 090-XXXX―XXXX」と書いた。

ももがいなくなったのは昨日の夜だった。仕事が終わり帰宅したわたしは洗濯をしていた。ベラ

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嘘の卒業

嘘の卒業

わたしは嘘を吐くのが好きだ。誰も傷つかない、誰も得をしない、ほっこりする嘘が好きだ。
わたし市橋紗季は公立鬼戸島中学校に通う、平々凡々な中学生。卒業も間近に迫って来てたし、進学する高校も決まっていた。

「紗季ちゃん、どこの高校に行くの?」
「八馬山高校。家から近いから。」
「え!あのヤンキーばっかりの?!」
「嘘だよ、本当は英田商業。」
「また出たよ、紗季の嘘。そうだよね、紗季の頭だったらそれく

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働いた方が勝ち

働いた方が勝ち

僕はニートだ。母と祖母に寄生している厄介者。
一日の大半は部屋で動画サイトやケーブルテレビを見たり、漫画や本を読んで過ごす。
家からはほとんど出ないで食事は母の用意した物を一人で食べる。
家族と会話する事もほとんどないが仲は険悪かといえばそうでもない。僕にとっても家族にとってもお互いは空気のような存在に近くて、同じ屋根の下に暮らす3人という事で落ち着ていた。母や祖母は諦めているようだったし、30近

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もっと人間失格、もっともっと人間失格

もっと人間失格、もっともっと人間失格

「おい、おまえ俺にテレパシ―を送っただろう?」
「え?」
わたしは漫画を読んでいただけだし、テレパシーなんて使えるわけがない。
わたしが呆気に取られていると男は繰り返す。
「俺の悪口を言っただろう?」
目の前に立つ頭の禿げあがったガリガリのおじさんはわたしに詰め寄る。
「わ・・・私じゃないですけど・・・」
「そうか、悪かったな。」
あっさりとテレパシーおじさんは引き下がり今度はソファに座り新聞を読

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おまけの一日

おまけの一日

2日間の有給はあっという間に過ぎたらしい。記憶が朧げなのだ。
雄二の実家に結婚の挨拶をしに行く予定で先月申請し、大嫌いな上司に頭を下げてとった有給だ。
「結婚の挨拶ねぇ、君が…ふーん」と言って有給届にハンコを押していた。あの時の顔と言ったら本当に嫌味な顔で頭にくる。
しかし雄二の実家には行かなかった。
今月の初め、雄二から両親に結婚を反対されたと言われ口論になりそのまま別れ話になりLINEもブロッ

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ハルカカナタ

ハルカカナタ

「はるちゃんがみえたわよ!」
部屋の外から祖母がわたしを起こす声が聞こえた。
わたしは寝ぼけ眼で部屋の鍵を開けると制服姿のはるが立っていた。
「来ちゃった」
「もう1ヶ月ぶりくらい?もっと来ればいいのに」
「そんなにしょっちゅう休んでたら卒業できないよ」

はるはわたしの幼馴染だ。はじめてクラスが一緒になったのは小学校3年生の頃。一緒に描いた漫画を見せ合ったりスーパーファミコンのゲームを貸し合った

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コメダ珈琲でスキップを

コメダ珈琲でスキップを

「あと食べなよ。」
そう言って彼は袋を雑に開けると一粒豆菓子を取って口に頬張る。雑に封を開けた豆菓子をわたしに渡して腕時計を外す。
いつも彼は豆菓子を一粒だけ食べてあとは全部わたしにくれる。
機嫌のいい時は「食べなよ。」と言ってくれるし、少々機嫌が悪くても一粒食べたらわたしに無言で差し出す。今日はご機嫌みたいだ。
わたしが誕生日に上げた革のベルトの時計は蒸れるからと言って飲食店ではいつも外す。忘れ

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