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高校未デビュー

 人生で一度も、男の子と花火を見たことがない。クリスマスを一緒に過ごしたこともないし、ディズニーランドに行ったこともない。

 と言うと、憐れみの目を向けられたり、変に気を遣われたりするのだが、なぜそうなるのかが私にはずっとわからない。
 記憶をたどったとき、花火や、イルミネーションや、シンデレラ城を背景に、大好きな友だちの笑った顔がセル画みたいに重なって見える。
 愛のかたちは違うかもしれないけれど、恋人や元恋人と行った場所やその思い出と同じように、友だちと過ごしたあの、まぶしくてあたたかい時間を、大切に愛でたっていいはずなのだ。

 高校生の頃、花火大会も、イルミネーションも、ディズニーランドもふたりで一緒に行った友だちがいる。その子はユウカといって、一年生のときのクラスメイトだった。
 出会ってから今日まで、彼女が他人の悪口を言っているところを見たことがない。多少むかつくことがあっても「うんち!」などといった間抜けな言葉ひとつで嫌な気持ちをやっつけてしまう。
 英語のテストで赤点を取ったときには、突然自前のブランケットを頭から被り、こっそり(こっそり?)泣くような、やさしくて、かわいい奴だった。
 彼女とは、みなとみらいや隅田川の花火大会へ行った。イルミネーションを見に、真冬のよみうりランドにも行った。
 代々木公園でゆずの『夏色』を歌いながら2人乗り用の自転車にも乗ったし、甘酸っぱい恋愛映画を一緒に観に行ったり、数えきれないほどのプリクラを撮ったり、卒業式のあとには誰もいない教室の黒板に絵を描いて遊んだ。
 思い出だけを並べてみると、恋人とのそれに見えなくもない。私の高校時代の青春エピソードには、いつもユウカの姿があった。

 そんな彼女が今年の3月に入籍し、今月、結婚式を挙げる。
 あれから約10年。旦那さんと一緒に花火大会やイルミネーションを見に行き、結婚という選択をしたユウカと、異性と花火大会やイルミネーションを見に行くことに興味がないまま、それなりに楽しく生きている私。
 もし一年生のとき同じクラスにならなければ、交わることがないまま人生を終えていたのではないか。そう思うくらい、今では別々の道を歩んでいる。つまり私はすごく、ラッキーだったのだ。

 高校時代に恋人との思い出がなくたって、彼女との思い出があるから、私は強くいられた。いくら周りから憐れまれたり、馬鹿にした目で見られたって、悲しくなかった。
 あの日、あのときの思い出は、恋愛と天秤にかけられるものじゃない。似たような思い出があったとて、私はユウカの旦那さんにはなれないし、ユウカの旦那さんもまた、私にはなれないのだ。

 まわり道をしてしまったが、私はユウカをひとりの人間として心から愛していることを伝えたかった。
 彼女にはひとりでもふたりでも、いつも幸せでいてほしいし、いつまでも健康でいてほしい。そして時々私と遊んだり、くだらない話に付き合ったりしてほしい。

 人生で一度も、男の子と花火を見たことがない。けれど私は17歳のとき、愛する友人とふたりで一緒に花火を見た。


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 こちらは、文学フリマで販売したはじめてのZINE『踊り場でおどる』に収録したエッセイです。

 また売るかわからないので、noteでも公開してみました。買ってくれた方、ありがとう。ちなみに各章のタイトルは、高校時代好きだった漫画をもじっています。

 ほかにも4篇あります。

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