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【特集】第26回参院選(2022年)共産党――疑惑の「ゼロ票」

 前々回にあたる第25回参院選(2019年)のできごとなのですが、共産党のある候補者の得票数がゼロと集計された自治体がありました。このことは投票した当事者によって、自身の票が計上されていない問題があると指摘され、自治体との訴訟になりました。この裁判は高裁まで進み、今年1月に原告らの訴えが棄却されています。

 裁判の反響は大きかったようで、この問題をデータの面から検証してほしいとの要望を、今年になってからしばしば受けました。今回はそれに可能な範囲でこたえつつ、選挙のデータを見るための、得票率とは異なる新しい指標を提示します。また、その指標を用いて第26回参院選(2022年)比例代表の全ての候補者を見ていくことにします。


ゼロ票ということはありえるのか

 問題となった自治体は大阪府の堺市美原区で、ゼロ票とされた候補者は共産党から立候補した山下よしき氏です。投票したと言う人がいるのにもかかわらず票が計上されていなかった問題については、不正に票が抹消された事件であるとも、単に書き損じなどの不備によって無効票として扱われたのだとも、様々な主張がされています。果たしてそれらの主張は成り立つのでしょうか。

 まず、第25回参院選(2019年)で山下よしき氏の得票数がゼロであった自治体をリストアップして以下に示しました。意外に思われる方も少なくないかもしれませんが、この図1の赤色の自治体すべてで山下よしき氏の票はゼロとなっています。そうした自治体は問題の堺市美原区だけでなく、全国に289もありました。

図1. 第25回参院選(2019年)比例代表・山下よしき・ゼロ票の自治体

 山下よしき氏は、第25回参院選(2019年)の比例代表において、共産党から2位で当選した候補者です。なぜそのような有力な候補がゼロ票だった自治体がこれほど多く見られるのでしょうか。

 もちろん、図1の赤色の自治体のなかには、過疎化が進んだ町村部も少なくはありません。そうした地域は人口が少ないうえに強固な保守地盤であることが多いので、共産党の特定の候補に投票する人がいないのは頷けます。

 しかし有権者数が5万人を超す愛知県豊明市や福島県白河市はどうでしょうか。4万人を超す新潟県佐渡市はどうでしょうか。これらは問題となった大阪府堺市美原区よりも有権者の多い自治体でありながら、山下よしき氏はゼロ票となっています。

 こうした大きな自治体で、特定の候補の得票数がゼロとなることがしばしば起こる理由――そこに踏み込んでいく前にいちど、共産党の票全体をマクロに見てみましょう。


共産党の地盤の2つの姿

 次の図2は、第25回参院選(2019年)における共産党の絶対得票率の分布です。ここで絶対得票率とは、棄権者も含めた有権者全体のうち、ある政党や候補者に投票した人の割合です。高い地域ほどその党が強いと考えて構いません。

図2.第25回参院選(2019年)比例代表・共産党絶対得票率

 共産党が京都府、高知県、沖縄県などで強いことは、すでに前回の記事(第26回参院選(2022年)共産党――リベラル左派浮動層の解明)で指摘してきました。

 京都は1950~1960年代に形成された地盤で、今に至るまで安定したものとなっています。高知は時期的にはより遅く、1960~1970年代に伸びました。沖縄では1972年の復帰直後の選挙から強く、2014年以降は衆院選の小選挙区でも当選者を出しています。

 ところで参院選の比例代表では、政党名か候補者の個人名のどちらか一方を投票用紙に書くことができます。政党名が書かれた票を「政党票」、候補者の個人名が書かれた票を「個人票」と呼ぶことにすると、開票の際はまず政党票と個人票の合計によって各党の議席数が決められます。ですから単に比例の得票数というときは、この政党票と個人票の合計を意味するのが一般で、先の図2に表示したのもこの合計となっています。

 個人票の役割はというと、議席数が定まった後、その議席が党内の誰のものになるのかを決めることにあります(個人票の多い順に当選となります)。政党名が書かれた一票も個人名が書かれた一票も、議席数に対する寄与は変わらないものの、個人票には「党内の誰が良いか」という味付けがされているというわけです。

 それでは共産党について、個人票だけを地図表示するとどのようになるでしょうか。共産党が比例で擁立した26人の候補者の個人票を合計した分布を次の図3に示しました。26人の候補とは、小池晃氏、山下よしき氏、紙智子氏、井上さとし氏、仁比聡平氏、梅村さえこ氏、しいばかずゆき氏、青山了介氏、有坂ちひろ氏、伊藤達也氏、伊藤りち子氏、大野聖美氏、鎌野祥二氏、小久保剛志氏、佐藤ちひろ氏、島袋恵祐氏、下奥奈歩氏、住寄聡美氏、田辺健一氏、沼上徳光氏、原純子氏、藤本友里氏、ふなやま由美氏、まつざき真琴氏、山本千代子氏、山本のりこ氏です。

図3.第25回参院選(2019年)比例代表・共産党個人票絶対得票率

 ここで図3は、図2とは異なる基準で塗り分けていることに注意してください。個人票というより小さい領域に注目しているため、区分も細かく取っています。

 共産党は一般の有権者に対しては、比例では個人名ではなく政党名を書くことを呼び掛けます。個人名を書くのは共産党の党員や、しんぶん赤旗の購読者などが多いため、図3には相対的に固い票があらわれていると解釈できるかもしれません。図2が共産党の票の「表の顔」であるならば、いわば図3は「裏の顔」なのです。(ただし個人票である以上、候補者の出身地で票が伸びるといった固有の要因もあらわれます)


山下よしき氏の票と「分配状況」

 先の図3から、山下よしき氏の票だけを抜き出してみましょう。

図4.第25回参院選(2019年)比例代表・山下よしき絶対得票率

 なおこの記事では、図3と図4など、個人票の絶対得票率は全て同じ基準で塗り分けていきます。

 図4からは、山下よしき氏の絶対得票率が、北海道、滋賀、大阪、兵庫、和歌山、大分などで高かったことが読み取れます。しかし次の検討を加えると、これらには異なる理由があることが明らかになります。

 共産党が得た個人票全体のうち、山下よしき氏の個人票がどれだけの割合を占めていたのかを計算してみましょう。これは図4の値を図3で割って、百分率に直すと明らかになります。

図5.第25回参院選(2019年)比例代表・山下よしき党内分配率

(「欠損値」となったのは、党内分配率が計算できない自治体です。後に説明を加えます)

 これは言い換えると、共産党の個人票のうち、山下よしき氏に「分配」されたものの割合です。

 図5からは、滋賀県、大阪府、兵庫県、和歌山県などは、山下よしき氏の当選を確実にするために、共産党が県単位で票を分配した地域であることが示唆されます。対して北海道は、自然な個々人の選好によって投票されていることがうかがえます。大分は中間的に見えますが、やはりここも別の候補に票がまとめられているため、自然な選好に近い面があります。


党内分配率

 図5に示したような指標を、ここで新しく「党内分配率」として定義します。相対得票率、絶対得票率などとあわせて、その概念をいちど簡単に説明させてください。

 まず得票率ですが、これには「相対」と「絶対」の二種類があります。投じられた有効票のうち、特定の勢力が獲得した割合が「相対得票率」で、棄権者も含めた有権者全体のうち、特定の勢力が獲得した割合が「絶対得票率」です。特定の勢力とは、自民や立憲などの各政党とすることもできるし、自民と公明の合計を与党とみなしたり、一人一人の候補者について言うこともできます。

 マスコミなどで単に「得票率」というときは相対得票率が意味されており、絶対得票率は混同しないように必ず「絶対」をつけて区別します。有権者数が100万人の地域を例にして図解してみましょう。

図6.投票率・相対得票率・絶対得票率の概念

 相対得票率を出すときは常に有効投票数で割り、絶対得票率を出すときは常に有権者数で割るわけです。

 次に党内分配率ですが、これは特定の政党が得た個人票の合計に占める、特定の候補者の個人票の割合です。ただし現行の選挙制度では、参院選の比例代表でしか計算することができません。

図7. 党内分配率の概念

 これは常にその党の個人票の合計で割る計算です。その党から出た候補者の個人票がすべてゼロである場合、党内分配率は計算できないので、そうしたところは図5でも「欠損値」として、網掛けで塗っています(ほとんどが過疎の地域です)。


堺市美原区のゼロ票の問題

 図5に示した党内分配率から、共産党は滋賀県、大阪府、兵庫県、和歌山県などで山下よしき氏に票をまとめていたことがわかりました。ほかの地域はというと、北海道と東北は紙智子氏、東京は小池晃氏、北陸や東海は井上哲士氏、中国・四国・九州は仁比聡平氏などに票が分配されています。

 先に、有権者数が5万人を超す愛知県豊明市や福島県白河市、4万人を超す新潟県佐渡市などで山下よしき氏がゼロ票であったことに触れましたが、これらの地域は他の候補に票がまとめられたがゆえにそうなったという理由があったのです。

 しかし大阪府堺市美原区のケースはそうではありません。山下よしき氏は、当該地域で、まさに共産党が票をまとめようとした候補者にほかならないからです。

 図5の大阪府を拡大してみましょう。堺市美原区が白く欠けています。

図8.第25回参院選(2019年)比例代表・山下よしき党内分配率・大阪府内

 
 さらに山下よしき氏の前々回選挙にあたる2013年のときと比較したものを下の図9に示しました。かつては欠けていなかったことがわかります。

図9.山下よしき党内分配率の比較・大阪府内
左が第23回参院選(2013年) 右が第25回参院選(2019年)


 この図8と図9からこの件の問題性は明らかであるといえますが、念のため共産党そのものの絶対得票率も比較します。下の図10のなかには、図9のように欠けている自治体は見られません。大阪府全体として絶対得票率が低下したとはいえ、堺市美原区に限って、突出して弱くなるような事態は起きていないことがうかがえます。

図10. 共産党絶対得票率の比較・大阪府内
左が第23回参院選(2013年) 右が第25回参院選(2019年)

 以上をまとめると、共産党が票を分配したはずの候補者が、その地域のなかの特定の自治体でゼロ票となったというのがこの件の問題です。開票に不備があったことは決定的といえます。

 それではこれは、不正に票が抹消された事件なのでしょうか。そうではないというのがぼくの考えです。

 参院選の比例代表は全国が一区とされています。圧倒的に多くの全国の票がある以上、一つの市のなかの一つの区で不正に票を抹消したところで、結果に影響を与える可能性があまりに低すぎるのです。また、不正を行うのであれば、あえて露見するリスクの高い「ゼロ票」とするわけがありません。不正とは隠されるものですが、安易に「不正だ」という人は、その痕跡が誰もが目に付くようなところに転がっているかのように考えがちであるようです。

 ぼくの憶測で書くならば、おそらく選管の関係者の何人かは、ゼロ票が問題であることに、開票途中か確認の際に気が付いたことでしょう。しかしその問題を解決することができず(票の捜索をして見つからなかったのか、気づいたのが作業が終わった後だったのかはわかりませんが)、作業に忠実にゼロという記録を残したのです。ですからこれは不正のゼロ票ではなく、誠実な科学者が失敗した実験の記録を残すようにして記されたゼロ票であるようにぼくには思えます。

 他方で、開票が間違いなく行われる必要があることは言うまでもありません。この堺市美原区のゼロ票をめぐる裁判は、高裁で棄却されたものの、住民側の主張が部分的に認められたことが朝日新聞によって報じられています。

 昨年3月の一審判決は「自らの投票が正確に得票に計上されることが、憲法上保障された権利だとは解せない」として、住民側の訴えを棄却した。
 高裁判決は、「選挙権の保障には、投票が適正に取り扱われることを求める権利の保障も含まれている」と住民側の主張を一部認めた。

出典:2023年1月25日の朝日新聞:
参院選で共産候補に投票したのに「得票ゼロ」、高裁も住民の訴え棄却

 選挙がどうあるべきなのかという観点からは、「選挙権の保障には、投票が適正に取り扱われることを求める権利の保障も含まれている」ということは当然です。そうでなければ、選挙の意味が失われることにつながるからです。他方で、開票結果をめぐって損害賠償が認められるかどうかについては、ぼくは言及する立場にはありません。


追記:失われた票を求めて

 最後に、失われた山下よしき氏の票がどうなったのかを特定することを試みます。

 まず、票が書き損じなどで無効として扱われていた場合、無効投票数が増えているはずです。また、票がそもそも集計の対象から外れていた場合、投票した人の数と集計された票の数が合わなくなるので、持ち帰り票数(投票用紙を受け取って、投票箱に入れずに持ち帰った人の数)が多くなるはずです。こうした観点から、投票総数、有効投票数、無効投票数、持ち帰り票数の比率が、堺市美原区だけ、他の自治体と比べて歪んでいないかを調べました。しかしこれには異常が見られませんでした。

 したがって、票は本当に失われたわけではなく、他の候補の票にまぎれこんだという推測が成り立ちます。そうである場合、票がまぎれこんだ候補について、党内の票の分配がおかしくなるはずです。そこで、各政党、各候補者の党内分配率をもとに、堺市美原区について突出した値をもつケースを探しました。すると次のような地域分布を持つ候補者が浮かび上がってきました。この図Aにおいて、オレンジ色で示された自治体が堺市美原区です。

 なお、追記によって記事全体の図番号をかえないよう、以下では図A、図B、表Cとしています。

図A. 第25回参院選(2019年)比例代表・山下ようこ党内分配率・大阪府内

 この候補者は国民民主党の山下ようこ氏です。そのため党内分配率もまた、国民民主党について計算したものとなっています。

 もっとも、この図Aのみから、堺市美原区の値が過剰であると考えるのは早計といえるでしょう。山下ようこ氏が単にこの自治体で、特別多くの支持を得ていた可能性があるためです。その可能性を否定しなければなりません。

 山下ようこ氏は、国民民主党の候補として第25回参院選(2019年)と第26回参院選(2022年)の比例代表に立候補しているので、この2度の選挙の党内分配率を比べました。

図B. 山下ようこ党内分配率の比較・大阪府内 左が第25回参院選(2019年) 右が第26回参院選(2022年)

 図Bは、左が第25回参院選(2019年)の、右が第26回参院選(2022年)の党内分配率となっています。左では堺市美原区で突出しているのに対し、右ではそれが見られません。

 実際の得票数で比較してみましょう。次の表Cは、左から順に自治体の名前、第25回参院選(2019年)の山下ようこ氏の得票数、第26回参院選(2022年)の山下ようこ氏の得票数、そして倍率となっています。ここで倍率とは、第25回参院選(2019年)の得票数を第26回参院選(2022年)の得票数で割った値です。

表C. 山下ようこ氏の票の比較と倍率

 堺市美原区の山下ようこ氏の票は、第25回参院選(2019年)が49票、第26回参院選(2022年)が6票でした。第26回参院選(2022年)で得た票のおよそ8倍を第25回参院選(2019年)で得ていたことになりますが、そのような自治体は他では見られません。このことからは、山下よしき氏の票が、山下ようこ氏のものとして集計されたことが示唆されます。そして、その票は最大で49票であったと考えられます。もともと山下よしき氏は、第23回参院選(2013年)で当選した時、堺市美原区では88票を得ていました。すでに示した図9より、山下よしき氏の党内分配率は第25回参院選(2019年)にかけて大阪府内のほぼ全域で低下しているため、最大で49票というのは妥当な数字だと考えます。

 山下よしき氏と山下ようこ氏は表記のよく似た候補者です。両者が立候補していた第25回参院選(2019年)について、表Cの多くの自治体で票が端数となっているのは、単に「山下」と書かれているなど、両者の区別がつかない票が案分されたことによっています。山下よしき氏は第25回参院選(2019年)で当選したため第26回参院選(2022年)には出ておらず、第26回参院選(2022年)の山下ようこ氏には案分で生じた端数がないわけです。

 今回の問題では、おそらく堺市美原区の選管は二人の候補者それぞれに票が入ってしかるべきであるという事を失念し、票を一か所にまとめてしまったのでしょう。また、全国比例であったため、それを指摘する立会人もいなかったものと思われます。開票の際に注意を要する候補者の名前をリスト化し、周知を徹底することで、こうしたミスは防止できるはずです。

 さて、現行の公選法では、票はその選挙の議員の任期が終了するまで保管されることになっています。

公職選挙法第七十一条
 投票は、有効無効を区別し、投票録及び開票録と併せて、市町村の選挙管理委員会において、当該選挙にかかる議員又は長の任期間、保存しなければならない。

 山下ようこ氏のものとして集計されたものを調べれば、失われた票の現物を見つけることができるでしょう。

 以上をもって、ぼくはこの件に関する役目を果たしたと思います。


 さて、ここまでは共産党の選挙について論じるというよりも、ゼロ票の問題をトピックとして、党内分配率の導入をすることがほとんどとなってしまいました。与野党の攻防や、今後の選挙をどう闘うかといったことよりは狭い話にはなりますが、今後しばらく、この特集のPART2では各候補者の個人票について、絶対得票率と党内分配率を取り上げていこうと思います。

 党内分配率は、もともとは地域ごとの党の強弱の影響を排除して、党の内部の性質をさぐる指標として作ったものでした。各政党には、それぞれ政治的に色合いの異なる候補が所属しています。たとえば原始的なやりかたですが、マスコミが実施する候補者アンケートをもとに、外交、防衛、憲法などの考えを点数化して、ある基準よりも強硬な立場をとる自民党の候補の党内分配率を合計するとどうなるかといった評価をすることが可能です。

 また各党の候補には特定の支持基盤を持つ場合があり、立憲民主党や国民民主党なら連合の産別、自民党の場合なら日本医師会や神道政治連盟などの勢力分布とその推移を知ることができます。こうしたことは、政党の質がどうであり、どう変化しつつあるのかということにかかわる情報です。もっとも現時点では、それは資料のような面が強くなってしまい、うまく議論に活かすにはもう1ステップ必要になるかもしれません。需要があるかどうかは探りながらやっていきますが、少なくとも全政党、全候補者の票の分布は必ず示していくつもりです。衆院解散があったときは、その対応と事後的な分析、各党がどう大局的に闘うかといったようなことを優先したいと思います。

 今回はまず、2013年以降、共産党がどのように票の分配を行ってきたかを振り返るのとともに、第26回参院選(2022年)で共産党から擁立された全ての候補者の個人票の分布を収録しています。

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