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【町長×ミラツナ会議委員長×CDO座談会】なぜ、柳津町は“ミラツナ会議”に未来を託すのか? -後編-

「ミライツナガル会議」とは、若者世代の意見を取り入れ、町民参加のまちづくりを目指す福島県柳津町の取り組みです。
【前編】に続き今回は、柳津町長 小林功、ミライツナガル会議委員長 齋藤寛、柳津町CDO(最高デジタル責任者) 藤井靖史の三人で座談会の【後編】をお届けします。ミライツナガル会議のメンバーと組織について、企画立案を「自分事化」していく重要性、そして今後の展望について語り合いました!

■「思い」でつながる”ミラツナ”メンバー

左から柳津町CDO(最高デジタル責任者) 藤井靖史、柳津町長 小林功、ミライツナガル会議委員長 齋藤寛

―ミライツナガル会議(以下、ミラツナ会議)にはどのようなメンバーが集っていますか。

小林 ミラツナ会議のメンバーになってほしい人は、まちづくりを自分事で考えることができる人です。この町で一旗揚げたいと考えて、町に対して夢を描ける人に参画していただきたいと思っていました。

齋藤 集まったメンバーは、それぞれが別の仕事を持っていて、バックグラウンドも異なります。しかし、みんな柳津町に対して思いがある点は共通していました。

藤井 ミラツナ会議のメンバーのおもしろいのは、会議が終わった後などにSlackで「今日のこの話題、正直なところ、理解できていなかったんです。勉強したいと思ったので、どの本を読めばいいですか」といった質問をどんどん送ってくることです。こうしたことからも、全員が前向きにこの町を進化させていきたいと思っていることが伺えます。

小林 必要なのは、知識よりも思い。柳津町への思いでつながるメンバーになっていると感じますね。

齋藤 そうですね。情熱や「町をこうしていきたい」という思いが、メンバーの根底にはあります。これからは、この情熱を土台にしつつ、自信を持って発言したり企画立案できるようになったりするために、必要な知識も身につけていきたいと思っています。

■新しい組織のカタチをつくる

―ミラツナ会議はどのような組織だと思いますか。

齋藤 これまでになかったようなおもしろい組織になっていると思います。個人的な意見ではありますが、メンバー全員が同じような熱量を持っていて、同じ作業量をこなす必要はないと思っているんです。そこを要求すると、とてもしんどい組織になってしまいます。例えば、会議に出られなければSlackを読んでキャッチアップすればいいだけです。
 
 変にルールを決めてしまうと、自由度がなくなってしまうという思いもあります。良いという意見も悪いという意見でもあった方がいい。仲良しの集まりをしたいわけではないですからね。実際、ミラツナ会議の中では色々な意見が出ます。提案したことについて、様々な意見が出されて、ブラッシュアップしていくようなイメージです。たとえ自分と意見が食い違っても、調整ができる方々が集まっていますしね。

藤井 小さなことですが、組織に対して静かな影響を与えていることとして、Slackでトピックを投げ込んでそこでコミュニケーションが取れるという点があります。自分のタイミングで、カジュアルに意見を交換できることは、とても重要です。従来はExcelで全員分の予定を調整して、会議室を確保して、定期的に足を運ぶ……ととても大変でした。必然的にリアルで時間が取れる人だけが参画するような会議体にならざるを得なかったんです。

 個々の住民には、その生活スタイルによって「どうしてもこの時間は参加しにくい」ということが起こりえます。Slackやオンラインを駆使することで、参画するハードルを下げられたのではないかと思っています。

小林 できる人がやりたいことをやれるタイミングで関わる。きっとそれがが大事なことなのだと思います。

藤井 3.11の震災時にたくさんの団体ができて、地域や自治体をなんとかしようと立ち上がりました。それが現在、どれだけ残っているでしょうか。昭和的な会社の成功体験があるので、「全員が同じだけ頑張れ!」とタスクを割り振り、組織一丸となって進めていくという組織体が主でしたが、それはなかなか長続きしませんでした。多くの場合、メンバーがしんどくなって、解散していったのです。

 こうした中で残っていったのは、メンバー個々の熱量に合わせて、柔軟に動いていった組織でした。ミラツナ会議はまさにこちら側で、誰かが細かい指示をせずとも、メンバー一人一人が目的に向かって自律してアクションをしていく有機的な組織になっていると感じています。

■「自分事」だからこそ、主体性を持った企画立案に

―ミラツナ会議ではどのような議論がなされていますか。

齋藤 「町をこうしていきたい」「こんな企画を考えている」といった議論が行われています。今年度、私の中で一番大きかった挑戦がB&G財団への助成事業の申請でした。行政がすべきことでも、そのすべてを行政が担えるわけではありません。そこで、意見の集約や町民の合意形成などをミラツナ会議が務めました。

小林 B&G財団への助成事業に向けた計画策定はかなり大きなプロジェクトでした。金額でいえば10億円の計画で、かつ計画提出までに残された期間は3か月程度。正直にいうと、職員にも負荷がかかりますし、ミラツナ会議のメンバーへの負担も大きかったので、この挑戦がマイナスに働くこともあるのではないか……と不安でした。しかし、現場からは「やってみたい」という声が聞かれたので、「じゃあ、やろう!」と意思決定しました。

 残念ながら採択には至りませんでしたが、プロジェクトを実施したことで、問題点が浮き彫りになったこともありました。今では「やってよかった」という思いです。助成金は得られませんでしたが、計画自体はムダにはしません。修正しながら、可能な限り実現していけばよいのです。みんなで作り上げたものをカタチにしていくのが、私の責任であり、やるべきことです。

藤井 住民の意見を集約する際に、多くの自治体で見受けられるのはコンサルティング会社に依頼をして、民意を吸い上げて、レポートにしてもらうという方法です。

 そうすると、「これって誰がやるんでしたっけ?」という、当事者性がスコーンと抜けた計画書ができあがってしまいます。定型に沿っているので、議会も通りやすいですし、承認もされる。しかし、誰も主体性がないから、ワークしないまま廃れていくことが本当に多いんです。

 しかし、今回は柳津町の10年、20年を担う住民であるミラツナ会議のメンバーが策定に当たったので、「主体性の塊」のような計画ができあがりました。「これって誰がやるんでしたっけ?」問題に風穴をあけることができたのではないかと思います。

■「誰がやる?」ではなく、「自分たちがやる」

―主体性を感じるようなプロジェクトは実際に動き出していますか。

藤井 メンバーの企画への主体性は、「ナイト足湯」の企画・開催へとつながっていると思います。「企画だけ立てて、振興公社などに実行しもらいます」という建て付けではなく、「やることを決めて計画を立てたら自分達がやる」という雰囲気でずっと進んでいるんです。「ナイト足湯」もそうした土壌の中で生まれて、実現した企画です。

齋藤 企画した人が、その企画を動かしていくとういうスタイルが、ミラツナ会議に一番マッチしているのではないかと思っています。人任せの企画は誰でも提案できますが、「自分がやる」となれば、どうやったら成功するかを真剣に考えていきますしね。
 
 「いい企画を提案して終わり」ではなくて、それをいかに具現化していくか。さらにいえば、持続性や収益性をどのように考えていくかといった積み重ねが、町に根付いていくような組織体になっていくためには重要なことだと考えています。

小林 ミラツナ会議が、こうした企画と実行が一体化した組織であることを、役場の職員や町民が理解しているかというと、必ずしもそうではないと思います。もっと情報発信していくことも大事ですし、私のような立場の者が職員に話をしていくことも重要だと改めて感じました。

―自分事として事業を進めていくことが何よりも大事なポイントなのですね。

齋藤 若い世代が当事者性を持つということが大事なのだと思います。ただ、多くの地域で多かれ少なかれ「これからの若い人のために」といいながらも、当事者の意見が汲み上げられないまま議論がなされ、事業化されているといった事実があります。
 
 でも、若い人たちは若い人たちなりに、自分たちの未来を自分たちでつくっていきたいんだと思います。上の世代の人たちが「どうぞ」と差し出したものに乗っかるのではなく、自分たちでカタチにしていきたい。それは当然のことですよね。そもそも生きている時代も考え方も違いますし、差し出されたものに対しても違和感や居心地の悪さを覚えることもあるでしょう。
 
 次の世代が自分たちの未来をつくっていくようなチャレンジができる環境を提供していくことが重要だと考えています。ミラツナ会議が、そのきっかけになればいいと考えています。

藤井 地域には多様な組織が存在するのですが、多くの場合、高齢化してしまい「跡継ぎがいない」状態です。企業体でも同じく「後継がいない」問題が発生していますよね。そもそも若者の母数が少ないことや、時間的余裕がなくなっている方が増えている背景もあるでしょう。

 地域の組織への参加者が減っているので、若者たちが少しでもこうした活動に関心を示すと「若者だ!」と注目を浴びてしまい、大量の仕事が降ってくるような状況が発生しています。また、一旦活動に入ってしまうと抜けるのも難しくなります。人数が多かった時代の方針で動いているので、なかなか持続可能性が見出しにくい組織となってしまっているのです。

 ミラツナ会議では、これまでとは異なるプロセスで未来をつくっていこうとしています。こうした取り組みが全国に広がっていくといいですよね。

■エビデンスに基づいた計画立案を

―これからどのように計画を立てていきたいと考えていますか。

齋藤 これからの行政を運営していくうえでは、EBPM(証拠に基づく政策立案)を推進する必要があると考えています。現在、ミラツナ会議においても、Team Good Policy(EBPMの実証研究を行う団体。米国に留学中の若手官僚たちによって構成)と連携しつつ議論を深めており、アイデアレベルで終わらせず、きちんとした根拠をもとに方向性を示していくよう企画が進行しています。明確な根拠があることで、行政運営にも貢献できのではないでしょうか。
 
 また、事業の結果についても検証が行われるので、失敗しようが成功しようが、次のステージに進んでいくことができるわけです。この検証ができないと、なんで失敗したのか、なんで成功したのかがわからないままになってしまいます。

藤井 エビデンスに基づいて話をすることで、民間と行政のモノサシをそろえて議論ができるようになります。従来は、定性的な評価で議論をし、価値判断が異なるなどで紛糾するようなことが多くありました。全員が納得するような施策は世の中にはなく、何かを重視すれば、何かを削らなければいけません。それをどんな判断基準で進めるかは、EBPMがよい土台となると考えています。 

■これからの柳津町とミラツナ会議

―今後の展望を教えてください。

齋藤 現在は、町民にも「ミライツナガル会議って何をやっているの?」と思う方がいたり、会議の存在自体を知らない人もいたりすると思います。それをわかりやすく、見える化できたらいいと思っています。

 例えば、地域企業体の立ち上げや、売上を上げることでの地域循環を生むなど、見えるカタチで行政と一緒になってまちづくりを進めていくことができれば、参加したい人たちも増えていくでしょう。

―齋藤さんはどうしてこのような思いを抱くようになったのですか。

齋藤 就農するには、覚悟も必要ですし、ハードルも高いという状況があります。当初の設備投資だけでも、1000万円以上かかるケースもあるんです。資金については、補助金を使えばある程度軽減できるかもしれませんが、補助事業を利用するということは、収益が上がらないからといってやめられないということです。なぜなら、やめると補助金を返さなければなりませんし、とてもすぐに返せる額ではないからです。

 また、農業技術においても、短期間で習得できるわけではありません。収益を上げるにはある程度の面積をこなす必要があり、当然ながら面積が大きくなると作業量も増え、休日もなくなっていきます。それでも、一年中元気で働くことができれば問題はないのですが、実際のところはそうもいきません。病気で農作業ができなければ、その年の収入は大きく減少することになります。

 また、教科書どおりに行えば成功するというものでもありません。その土地やそのときの気候など様々な条件に合わせた栽培技術が求められるからです。つまり、就農そのものがとてもリスクが高いんです。

ー柳津町において、農業が抱えるそうした課題へどうアプローチできると考えていますか。

齋藤 柳津町は、農業従事者の高齢化や担い手不足により、現在の耕作地を維持することが今後困難になってきています。そのため、これからは、少人数で効率性の高い地域農業を展開していくこと求められます。

 例えば、水稲事業については、個人農家が各々で農業機械を所有する必要はなく、農地集積をすすめ、スケールメリットを生かした経営を行えばよいからです。そのためには、地域全体の営農を目的とした法人が必要ですし、この法人が農業者の社会保障や担い手の確保、農業技術・農業資産の継承を行っていくことで地域農業の継続が可能になるのではないでしょうか。

 また、このような法人をベースに、複数人でシフトを組めば、毎日畑にでなければいけないという負荷も減らすことができるでしょう。こうした仕組みがあれば、独立したい人はできますし、「みんなと一緒にやっていきたい」と思えば続けられる、「農業が合わない」と思えば転職もできる。将来のリスクを減らすことも、地域に移り住み、農業に参入するための重要な部分だと考えています。

 このように、個人が地域農業の一端を担い、地域農業全体が個人を支える仕組みがあれば、気軽に農業に参加できるのではないでしょうか。

―農業を例にとって説明いただきましたが、他の産業においても同様のことがいえるのでしょうか。

齋藤 そうですね。商工観光業も柳津町にはなくてはならないもので、同様のことがいえると思います。全国的にも、旅館経営においての跡継ぎ問題や大型旅館の廃墟化の問題がクローズアップされていますよね。農業の問題と似ている部分として、例えば、次は誰がやるのか、設備投資のタイミングはどうするか、法人化するのか、スケールメリットを生かした経営統合を検討するのかなどは、持続可能な経営を考える上では避けては通れないものだと思います。

 これからを担う経営者を育てていくことが、どの産業においても重要ですし、地域循環を生むには必要不可欠なことだと考えています。

 このような仕組みがうまく回りだせば、柳津町に興味を持った人を呼び込んでいくことにもつながっていくと思います。

藤井 バズワードとして「DX」が叫ばれていますが、デジタルの「D」以上に、トランスフォーメーションの「X」の方がすごく大事です。課題があるままデジタル化して、結局何の解決にもならないということがとても多いんです。例えば、齋藤さんがお話しした全旅館を一法人にするという発想も、根底にどういう考えがあって一本化をしようとしているかを周知されていなければ、効果は発揮しにくいでしょう。ただ単にデジタルでシフト管理をしたところで機能しにくいです。

小林 柳津町の農家や旅館の経営形態が持続可能な状態にあるかというと、必ずしもそうだとはいえません。齋藤さんと藤井さんがおっしゃる通り、現在のあり方を見直して、地域商社のような組織の設立も企図していく必要があるように感じています。そこにミラツナ会議も参画や連携していくような構造としていけるとよいですよね。

 ミラツナ会議の組織は、人が成長する条件が整っていると感じます。将来的に、柳津町の経済や政治を引っ張っていける人材が必ず出てくるでしょう。ミラツナ会議を行なっていく中で、どのような化学反応が起きるか非常に楽しみにしています。私は昭和ど真ん中なので、なるべく中には入らずに、脇から見ているようにしますね(笑)

齋藤 でも、町長が会議に出ている時は、「あ、町長きているね!」とメンバーが湧き立つ雰囲気はありますよ(笑)

藤井 何か始める時に人材育成から入ることは非常に重要だと考えています。どうしても長期で考えないといけないことですからね。実際に、経営的視点を持った人材が増えない限りは、町を維持、成長させていくことは難しいでしょう。ミラツナ会議に参加していると、経営的な知見を養い、視点も磨かれていくと感じます。それが次の町のエンジンになっていくのだろうと思っています。

 町長の「昭和発言」がありましたが(笑)、経営のベースは昭和から脈々と受け継がれているフレームワークだったりもしますし、いろいろな商売をしている方の知恵も必要だったりします。ただ、事業の立ち上げの部分はこれまでと背景があまりに異なるので若い世代が担うことが重要だと思います。それに、我々は我々できちんと未来を作っていきたいし、失敗するんであっても自分たちで経験したいんです。一旦走り始めた経営に関しては多様な人々の知恵を借りながら進めていくことが効果的だと思います。

齋藤 今後、働き手がいなくなるということは、町に人を呼び込むことが求められます。となると、働く場所をつくることが必要になります。しかし、売上が上がらなければ、生活することができないので、柳津町の商工観光、農業、行政が一体となって、「働く場所」をつくり、「人」を集め、さらに 持続可能なまちづくりを進めていくことが重要だと考えています。

 それは課題でもありますが、「どんなまちにしていくか」という楽しみでもあると思っています。

藤井 かっちり決まりきった状態の地域や組織に入るのではなく、やわらかな状態で、でも未来をつくるための上昇気流が起きているところに加わりたい人が来てくださるといいですよね。

齋藤 「一緒に町をつくろう」を楽しめる人に合っていますね。そんな人が飛び込める町を、これからも僕らはつくっていきます!



▶︎▶︎「【町長×ミラツナ会議委員長×CDO座談会】なぜ、柳津町は“ミラツナ会議”に未来を託すのか? -前編- 」はこちら


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