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lesson 19  駐妻記の舞台裏

 「駐妻記」のいくつかの記事で「タイで心身の調子、バランスを崩した」と書きました。

 それが、果たしてどんなものでどんな程度だったのか?今現在のみらいはどんな状態なのか?

 克服したわけでも、治ったわけでもないのに偉そうに書くことではないな、と思いましたが、今後の為に書いておこうかなと思います。

 便宜上、克服というハッシュタグをつけましたが、実は「治す方法」でもなければ「私はこうして克服しました」みたいな話ではありません。そもそも、自己流だし完治はしないと思っているところがあります。

 ただのケース、事例です。こんな人もいるんだな、くらいの話です。

 毛ほども役に立たないかもしれません。読んで損した!と思うかもしれませんが、その時にはただ、スルーして流してくださればと思います。​

1.症状

 主に不安障害、強迫性障害。パニック的な症状もありましたが、パニック障害というほどまでではなく、不安からくる巻き込み(近しい人に過度に確認したり、同意を求めたりする)や感情の暴走といった感じでした。感情の揺れ幅が大きく、物事に過敏に反応し過ぎるのでニュースやドラマなどを見ることが苦痛でした。最初は更年期障害の疑いも持っていました。

2.経過

 病院に行かなかったのは「駐妻記」に書いたように外国で行く場所がなかったのに加え、眠ることができ、食べられる状態だったので受診レベルではない、と思っていたからです。症状にはムラがあり、普通に過ごせる時間も多くありました。外に出かけたり、外食したりもできていたので不安障害や強迫性障害は「軽度」だったと思います。

 婦人科には定期的に行くのですが、血液検査では更年期ではないと言う診断でした。外国の婦人科では嫌な思いもしました。

 一度プロに話を聞いてもらうことが必要だと思いましたが、症状については曖昧な訴えになるので、通常の医療機関では3分診療が実情だろうなと思いました。私は結局行きませんでしたが、帰国したら、決まった曜日にカウンセラーさんが来てくれるクリニックはいいかも知れない、と漠然と思っていました。

 カウンセラーさんを探していましたが、たまたま「占いをしている」という女性の噂を聞きました。占いというのは斜め上で考えていませんでしたが、紹介してくれた知人が言った「一方的なものだと思っていたら、話を聞いてくれる人だった」のひとことで心が動かされました。「行ってみようか」という気になりました。

3.対処

 訪ねた方は心理学を学んでいて、カウンセリングとして話を聞いてくれました。幸運にも、相性が良かったのだと思います。話をしっかり聞いてくれて、アドバイスをしてくれました。

 とにかく、話ができたことでほっとしました。アドバイスも、瞑想などで自分をコントロールする方法でした。実際、それは自分に合っていたようです。

 並行して暴露療法も試しました。これは本を読んで実践しました。

 暴露療法というのは認知行動学の方法のひとつで、「汚い」と感じるものをわざと触るなど、一種の「動機付け」訓練です。暴露する時間を少しずつ増やす、長くするなどで、だんだん慣れて行くことを目指します。食べ物などあらゆることに使えますが、自己流なので確実に成果が上がったというほどではありません。

4.現状

 状況はかなり改善しています。帰国してからは病院やカウンセラーさんを探すこともできるようになりましたが、症状が落ち着いてきたので、結局は行きませんでした。数年かけて、ようやく日常生活を感情に振り回されすぎずに、追い詰められるような瞬間を持たずに、淡々と暮らせるようになってきました。本も読めるようになり、こうやってnoteも書けるようになりました。

5.まとめ

 以前から精神医学や心理学の本が好きで色々読んでいたので、実際に自分に症状が出た時に、状況がなんとなく把握できました。それもあって多少なりとも改善方向に向かうことができたのかな、と思います。

 とにかく「食べられない」「眠れない」の症状があったら、迷わずに病院に行く、ということが大事だと思います。そこは医療の範疇だと思います。

 心が不安と恐怖に満たされた状態だと「受け入れる」こと、あるいは逆に「聞き流す」ということがとても難しくなります。

 辛い時に色々調べていると、例えば「不安は長続きしないので15分だけでも深呼吸などして落ち着くようにすると自然に解消する」など、こうすれば、ああすれば、と言うさまざまな方法に出会います。今はそれらも良い方法だと思えますが、渦中の時は「それができないから苦しいんだよね…」とよく思っていました。

 私たちには常に本やサイト、SNS、友人知人、テレビなどから様々な情報が入ってきます。精神的に辛い時は情報の取捨選択ができなくなり、いっぱいいっぱいになって、コップの水が表面張力になっているような状態になってしまいます。今にも溢れそうになっているときは、心が上滑りで何も入ってきません。水がこぼれて動揺するだけです。

 コップの水をいったん出さなければ、入る場所がありません。まずは、自分の心に「余地」をつくることが大事だと思います。

 私の場合は信頼できる第三者に話を聞いてもらうことで「余地」を作ることができましたが、ただ、こればかりは人を選ばないといけないと思います。良くない方向に引っ張るひとや、お金儲けの方もいますので。

 親族は話を聞いてくれましたし、聞いてもらえて本当に良かったと思います。でも実際のところは、巻き込むばかりでした。巻き込みに付き合ってくれた親族には感謝しかありません。話している自分でも「バカバカしい」と思うような、死ぬほどくだらない話を延々聞かされ続け、付き合わされるのですから、相当、煩わしく面倒だったでしょうし、辛かったと思います。

 実のところ、本当の心のうちは、近しい人にこそ言えない、話せないことがほとんどです。なぜならその近しい人々こそがそもそもの原因に繋がっている場合が多いからです。

 やはり、ある程度距離のある人で、できればプロの方に話を聞いてもらうのが良いと思います。

 今こうして振り返ると、症状が悪化していくのに数年、回復してくるのに数年かかっています。私の場合は、次のようなことが、回復を助けてくれているのかな、と思います。

プロに話すこと
静かな時間を持つこと
客観視すること
諦めないこと

 人と会うのすら、話すのすら辛い時もありましたが、苦しい状態が続くのも辛いです。

 瞑想も認知療法も、最初は何をしてもたいしてうまくいかず、素人がこんなことしても仕方がないのではと思うこともありましたが、ある時フッと楽になりました。自転車に乗れるようになると、乗れなかった時のことを忘れてしまうような感じです。そして、そんなことが徐々に増えていきました。

 そして今は、noteを書くこともリハビリの一環だろう、と思っています。

 まだまだ途上で、立ち止まる日も後退する日もあります。天秤や振り子、長縄跳びみたいにタイミングを見計らいつつ、無理はせずに、ゆっくり焦らず、時々勇気を出してみる。今はそんな感じで暮らしています。


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