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『20年後のゴーストワールド』第1章・私のシーモア(4)年齢は記号

おじさんとの焼き鳥はまだ敢行されていない。
おじさんは猛暑の真っ只中、コロナに感染していた。39℃を記録した体温計がおじさんのインスタに投稿されていた。

「大丈夫ですか?いや、大丈夫じゃないですよね、お大事になさってください」

「君だけだよ、そう言ってくれるの(笑)みんなただ大丈夫かきいてくるの、大丈夫なわけないのに、君はさすが好感がもてる(笑)」

おじさんに好感を持たれても、すでに嬉しくなかった。それなのに、おじさんが言って欲しそうな言葉を私はあえて言った。それぞれさみしく生きているのだから無駄に傷つけ合うことはない、大人だし……と。私はこの時好きな人がいたのだが、まるで相手にしてもらえてなかった。行動を起こさないと何も変わらないけど、起こしたらただ離れてしまうのが目に見えていて、夢物語のようにぼんやりと好きだった。しかしこのぼんやりと好きな気持ちに生かされていて、自分が思う以上に依存していた。周りは既婚、彼女持ちの人ばかりで空いてる椅子が本当になかった。同年代のシングルの人も狙うは年下……延々と椅子取りゲームの椅子そのものすら見つけられずに、ただ走り回っていた。もう足が棒だった。早々におじさんに違和感を感じてはいたが、おじさんを振り切るほど私は選り好みできる立場にないと思った。市場価値がもう無い人間。パートナーが欲しければ、青汁を飲む気持ちでぐっと何かを飲み込まないとならないと思った。もう最初から整備された椅子なんて私の前には現れない。将来このままでは孤独死のさみしいもの同士、困った時は助け合うのも悪くないだろうと思う反面、意地悪くもこのなかなかお目にかかれないノリについていったらどうなるのだろう……という気持ちもあった。

「あっそういえば、ずっと聞くの忘れてたけど、失礼かもしれないけど君歳いくつだっけ(笑)」

おじさんをはじめてライブハウスの現場で観た時はまだ私は20代前半だった。おじさんの界隈にいるバンドのファンの中では、当時私は一番若かった。それでも月日は流れてアラフォー、40歳が見えてきていた。宮沢賢治ならもう死んでて、太宰治ならもうすぐ死ぬ歳だ。雨宮まみも死んでしまう。椅子に座れないままぼんやり生きていたら、いつしかコンビニ人間の歳を超えてしまった。

「早いもので、もう38です」

「そうか一回りくらい違うのか(笑)」

おじさんとは今まで面と向かって話したことはなかったけど、一応旧知の仲、完全に向こうがだいぶ歳上ということですんなり自分の歳を教えたけれど、私は新しく知り合った人には本当の自分の歳を言えなくなっていた。色々あっておじさんの関わるバンド界隈からずいぶん前に私は姿を消した。ひょんなつながりから浅井のバンドはまた観ることになるが、それまでずっと違う畑へ行ってそこで生きていた。違う畑で新たに好きなものと出会って、知り合いも増えたが、おじさんの畑の人たちよりみんな自分より若い人が多かった。自分より若くて素敵で聡明で面白いことをやっている人を前に、年齢相応に生きてこなかった何もないこどもおばさんな自分は周囲に歳を言えなくなってしまった。私は仕事はアパレルの販売員をしているので、職業柄年齢より見た目が若くみえる(と言われる)ので、余計に実年齢を言うのが躊躇われた。せっかく仲良くなって近い歳に感じてくれてる人が、真実を言ったら引いてしまうのではないかという、自意識過剰な思いがあった。さらに椅子も見つけられないと思った。でもそこでサバを読んでも何もならない。私はあまりに年齢を明かさず、それでいて昔の音楽の話についていってる様子に周囲の年長の人から「実は曽我部恵一を曽我部くんと呼べる歳なのでは」と揶揄され、曽我部さんの一つ年上の年齢設定キャラ(※曽我部さんは1971年生まれ)にされても頑なに言わなかった。

仕事がアパレル業なので、ファッション誌をチェックするのが仕事の一つであるのにも関わらず、歳を重ねるにつれ、自分の年頃のファッション雑誌を見るのが怖くなった。必ずと言って良いほど、服のコーディネートのページとは別に読者層にあったライフスタイルの特集がある。そこにはキャリアアップ、旦那や子供がいること前提の家庭のあれこれといった記事が載っているからだ。自分にはまるで手の届かない未知の領域になっていた。働いてはいても、キャリアアップを目指して転職したらうまくいかず、しばらくのニート生活を経てまた元の会社に出戻りの薄給。カツカツの一人暮らしの生活……。昔、ZipperとかCUTiEとかガチャガチャして楽しいファッション誌を読むのが好きだった若い頃には想像もできなかったことだ。まさかファッション雑誌を読むのが苦痛になる日がくるとは。服を売ることは得意なのに、自分は値下げシールを貼っても、ワゴンセールをしてもずっと売れ残っていた。安売りをすればするほどうまくいかなくなっていた。年相応の悩みとは程遠い、私も充分「異星人」だった。

「私は年相応でない自分が情けなくて、周りに歳を言えなくなってしまいました」

おじさんから間髪入れず返信がくる。返信はいつも早い。
「年齢なんて記号みたいなもんだからね(笑)」

この時も文字がスローモーションに見えた。
頭でサイレンが鳴った。
夏木マリか、お前は。
発熱で頭沸いてるのか、救いにも呪いにもなる言葉をあっけなく言ってくる。発熱のせいであってほしいが、たぶん何も考えていない。

私が返信に困っていると
「気にしなくていいんじゃない?俺君ぐらいの歳の時に20コ歳下の子と付き合ってたこともあるし、君は同い年みたいなもんだよ(笑)」

「はっ何?キモっ!」
と思うのが正常だろうが、一応おじさんも発熱している病人として気を遣ったというか、たぶん言ってほしい言葉はこれだなと言って、ぐっとこらえてあえてこう返信した。

「やりますね〜」

私の振る舞いもいけなかった。
優しくみせかけて、優しくない、寛容とも違う、自分も他人も大事にできていない人がやることだ。
そこで違和感を感じながらも、無理矢理同調してみせた私も同類で同罪だったのだ。でもおじさんの周りで、付き合いが続いている人は本意ではないけれど、どうやら今もこのノリがデフォルトらしい。悪しきことかもしれないが、少し前の時代まで年長者、特に仕事がらみの人を立てなければならない付き合い方といえばそうだ。私もまだ仕事上の付き合いだったら、仕方ないと思ったかもしれない。

とりあえず今からでも「はっ?キモ!犯罪!アウト!」って言った方が良いだろうし、一回り上のおじさんに同い年な振る舞いもされたくないし(皮肉にも、ネタにされた曽我部さんより一つ年上の年齢設定キャラの私ならだいたいおじさんと同い年だけど……)焼き鳥は何がなんでもキャンセルした方がよかった。黒髭危機一髪のナイフ、どこを刺しても飛ぶおじさん、こんな人なかなかいない。こんなに呆れて絶句、したことなかなかない。恋をすると、イリュージョンがかかって「こんな素敵な人はなかなかいない(ハート)」と思って好きになるけれど、逆にこんなやばい人は本当になかなかいないだろうとドン引きして低体温症になりそうだった。まだおじさんとの距離感が謎のLINEのやり取りでここまで思えるのもなかなかだった。

とりあえず夏木マリに一回ぶたれたほうがいい。

脳内BGM
3markets[ ]/人生詰んだ

落ち込んだ時にはスリマを聴いて心の中で泣いています。
絵心ないけど、表紙のイメージを落書きした図。

この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

12月に出す予定のZINEの製作に使わせていただきます。