超短編小説【真似をする男】
【真似をする男】峯岸 よぞら
「あなた!今、この子が笑ったわ!」
「本当かい?生後二週目で笑えるのかい?」
「えぇ。本当よ!この子は将来偉大な子になるわね!」
「さすが、僕たちの子どもだ!」
我が子を愛している人は、何度か訪れたであろうこの瞬間。
僕はこうして優しく包んでくれる母と、情熱的で懐の深い父のもと、
愛情たっぷりに育っていった。
小さい頃は、両親のすることを真似していれば、沢山褒められた。
笑ったのもその一つだ。
ある時は、手を振ってみたり、パチパチしてみたり、
母が「ママ」と言っていたので「ママ」と言ってみた。
凄く喜んでくれる。僕もとても気持ちがいい。
幼稚園の時は、先生の歌や工作の真似をして、絶賛された。
小学校・中学校・高校では、授業の真似をしていたので、
テストはいつも百点だった。
授業の真似は、家に帰ってからすることにしている。
小学生の時、本人の前で真似をしたら、怒る先生もいたからだ。
この時は、ショックだった。
クラスの皆は笑ってくれていたのに、本人が怒るなんて…。
しかし、みんながみんな真似をして欲しいとは思わない事を学んだ。
でも、僕は真似を辞めない。
だって、もうここにはいない両親が、あんなに笑ってくれていたのだから。
小学五年生の時、母に「もう真似をするのは辞めなさい」と、
言われたことがある。何故なのかは分からなかった。
喜んでくれていたのは母と父じゃないか。
でも確かに、いくらテストで百点を取っても喜んではくれなかった。
その頃からか、母と父は喧嘩をするようになった。
この喧嘩を真似すれば、喧嘩を辞めて笑ってくれるかもしれない。
「お前の育て方が悪いからこうなったんだろ!」
「何で私だけのせいなのよ!あなたもこの子の父親でしょう!」
とにかく必死に真似をした。笑って欲しくて。
またあの時のように。
でも、それも叶わなかった。
こういった類は、真似をしてはいけなかったのだと、また真似から学んだ。
その後、すぐに叔母に引き取られた。
その時の両親の目は、どす黒い色をしていたのを記憶している。
そして、叔母も僕の事を異常だと責めるようになった。
最初のうちは良かったが、段々あの時の両親の目と、似たようなものを感じ取った。
中学一年生で、祖父母に引き取られた。
祖父母は、最初から腫物を扱うように僕に接していた。
だから祖父母の真似はしなかった。
それでも祖父母と、会話も食事もしたことがない。
この家に僕の居場所はないと、ずっと感じていた。
学校では居場所を作りたいと、クラスのみんなに声を掛けて回っていた。それでも友だちは作れなかった。
それを決定付けた出来事がある。
中学一年生の時、隣の席の子から質問された。
「なんでいつもテストの点数百点なの?しかも全教科」
それは凄いね!と、褒めるような喋り方ではなかった。
怪しいというような雰囲気だ。
「真似をしているだけだよ」
「は?意味が分からないんだけど…」
それ以降、この子と三年間口を利くことはなかった。
噂はたちまち広がり、誰も僕と話そうとする者はいなかった。
高校に入り、一人暮らしをする。
両親も叔母も祖父母からも遠いところへ引っ越した。
祖父母が、入学金などのお金を工面してくれた。
バイトをして返すと言ったが、「金輪際、関わりたくない」と、
断られてしまった。
もう誰にも頼れない。
バイトと学校を行き来して、生活をしていった。
僕はバイト先を転々とした。
真似をすると、最初はできる子だと称賛される。
しかし、段々気持ち悪がられてしまうのだ。
そこでも居場所を作れなかった。
でも、それでも良い。
また両親に笑ってもらいたいという気持ちで、やっているのだから。
そんな時、母から連絡が入った。
「お父さん、癌で亡くなったの。」
僕はもう一度、父を笑顔にするという願いを叶えることは、出来ないのか。
部屋で泣き崩れてしまった。
葬式には来て良いと言われた。
久しぶりに会う母は、生き生きとしている。
僕が今度は母を守り、そして笑顔にしていく番だと腹を括っていた。
しかし、それは非常に勝手なおせっかいだった。
葬儀や埋葬、全て終える。
母はこちらを一切見なかった。
僕が引き取られた後、すぐに父と離婚。
その後再婚を経て、新しい家族で幸せに暮らしているらしい。
母と叔母との会話で察した。
恐らく父は、あの泣いている女性と子ども二人と家族になっていたのだろう。
もう僕は邪魔者だ。
途方に暮れながら、四畳半の家に帰る。
電気を点けてみたが、何かをする気力は起きなかった。涙さえも流せない。雨のせいだろうか。部屋のカビの臭いが、いつもよりきつく感じた。
お金もない。
居場所もない。
家族もない。
もう僕は人生を終えよう。
そんな男の人生を、僕は真似をしていた。
<終>
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