何から逃げ出そうとしていたのだろう?
その『何か』がわからないまま逃げ出そうとしていた。
しかし『逃げてもいい』と自分に言い聞かせることができたら、身も心も軽くなれる気がした。
俺は過去に何度か現実から逃げ出した。
しかし逃げ出した先で自分でも予想もつかなかった出会いがあり、気がついたら想像もしていなかった未来が待っていた。
その挙げ句が今の素浪人のような状況なのだから、社会人としては褒められたものではないが、俺は逃げた結果、俺は俺でしかないという確固たる自己を獲得した。
『逃げる』と『自由』は隣あわせだが、どんな結果が出ても『自己責任』と受け止める度量も必要になる。
そんな半生を振り返っている。
前回からの続きです。
いつの間にかラーメン屋になっていた
24歳で湘南在住の友人のアパートに転がりこんだ。
どうにか彼のアパートに寄生してダラダラと暮らすために偽物の就職活動を始めた。
彼が求人情報誌に赤マルをつけた仕事のひとつか、
今人気の横浜家系ラーメン店
だった。
まず俺はこの
家系ラーメン
が読めなかった。
むしろこれを
いえけいらーめん
と読める方がおかしいだろう。
これはどう読んでも
カケイらーめん
だろう。
俺はこの求人情報誌を見てこう思った。
「ほぅほぅ。このラーメン店は家系図があるくらいに老舗なのだな。だったら俺みたいなチンピラ風情が落とされるのも当たり前だ。ここに行こう!」
俺は就職をしたかったのではなく、アパートに住まわさせてもらってる友人に対して
『僕も就職活動をして頑張ってますよ。でもなかなか受からないんですよ』
という自分を演じたかっただけだった。
だって…ほしたら彼のアパートに無償でおられると思ったんやもん…。
だから俺は
『俺を落としてくれ』
と言わんばかりの態度でその店へ向かった。
金髪のボサボサの短髪で、ボタンの取れたネルシャツを着て、穴の空いたジーンズで、コンバースの踵を踏んで、缶ビール片手にその店へと向かった。
当時の俺は完璧なまでのチンピラだった。
とりあえず店に入り、とりあえずビールを注文した。
ラーメンになどまるで興味もなく、それまで食事などガソリンの補給くらいにしか考えていなかった俺は、横浜家系ラーメンのシステムに驚いた。
なんせ、
麺の硬さ
味の濃さ
脂の量
をお客様の希望で選べるのだ。
今から20年以上も前のことだ。
当時の横浜家系ラーメンは横浜だけのトラディショナルフードだった。
そんなカルチャーがあることなんて俺が知る由もない。
俺は
「極端なん頼んだ方がインパクトに残るんちゃう?」
というわかりやすい理由で
「麺硬め、味濃いめ、脂多め」
と注文をする。
すると注文を受け取った未来の先輩にあたる店員さんが威勢よく厨房にオーダーを通した。
「オーダー入ります!並でマックスです!」
なんやねんマックスって。
限界か
X Japanの限界GIGか
ギリギリなんか
お前らは紅(くれない)か
と心の中でバカにしながらツッコミを入れていた。
ほどなくして俺の目の前にマックスなるラーメンが運ばれてくる。
スープを一口すする…
麺を一口すする…
…
…
…
わからん!!!
これが美味いのか不味いのかもわからん!!!
何せ俺は食事などガソリンの補給だと考えていた人間だ。
このラーメンが豚骨か鶏ガラかとかそんなことよりも、美味いか不味いかがわからん。
しかしコレは美味いのだろう…
なんせ…
だってやで…?
この店はやで…?
家系図があるねんもん
俺みたいなど素人がわかるはずもない。
むしろ俺にとって味なんてどうでも良かった。
単純に
『就職活動をしてるけど、落とされた』
という事実が欲しかっただけだ。
落としてくれ。
頼むから俺を落としてれ。
そう念じながら俺は未来の先輩に当たる店員さんに声をかける。
「すんませんけど、雇ってくれませんかね?」
もう絶対に断られると思われるくらいに舐めた態度でそう伝えた。
「…えっと、はい?んー、店長!マックスまくった(飲み干した、のスラング)客が雇ってくれって言ってます!」
よしきた、こんなアホな就職の応募をした人間なんか絶対に落とされる。
俺は心の中で確信のガッツポーズをした。
すると
「ん?」
と顔を覗かした機嫌の良さそうな店長が
「え?なに?働きたいの?いいよいいよ!こっちきなよ!」
と陽気に手招きをしている。
あれ?
おかしいぞ?
なんか歓迎されてるぞ?
俺はなぜか厨房を横切り店の奥のバックヤードへと通された。
やばい。
このままでは就職してしまう!!
次回を震えて待て!!
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