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Don’t Sleep On Them! 2022年隠れ名盤紹介<ラップ編>

※この記事は無料です。
優れたアルバムと売れているアルバムは、イコールではない。
あたりまえのようで誤解されやすいこの事実が、よりくっきり出るのがヒップホップだと思っています。もちろん、売れていて優れているアルバムはあるし、資本主義である以上、売れていること自体が優れている、と判断基準をずらすことも可能。ただ、音楽が売れるには、多くの人を訴求する「わかりやすさ」が求められます。そして、語彙数が多いヒップホップにおいて、「わかりやすさ」は諸刃の剣になってしまう。90年代から「セルアウト」や「ウォーターダウン(水増し・薄める)」といった言葉が、バカ売れしたアルバムに投げつけられてきたのはそのせいでしょう。
 
ヒップホップの歴史とは、妥協(セルアウト/ウォーターダウン)しないで、いかに多く売るかの分岐点を探る歴史だったと言い換えてもいい。
 
年末の「ベスト・アルバム」で、チャートを賑わせた作品があまり上がらないのは、そこに理由があるように思います。たとえば、2022年であれば、リル・ベイビーの『イッツ・オンリー・ミー』。ここ数年、客演仕事が多かったせいもあり、新鮮味に欠ける作品でメディア、ファンの口コミともに評価は低めだったけれど、チャート・アクションは悪くなかった。逆に、評価が高かったJ.I.Dの『フォーエヴァー・ストーリー』はチャートでいいところまで行くかな、と期待していたのですが、そうでもなかったので「うーん」となりました。凝っているからかな。
 
ストリーミングで、アブストラクト・ヒップホップや、大資本に頼らないアンダーグラウンド・ヒップホップがたくさん聴けるようになり、少し状況が変わるかな、と思っていたのですが、その点は意外と変わらなかったですね。みんなが聴いている音楽を、一応、自分も聴いておこう、というバンドワゴン効果がより強まったのかもしれません。
 
では、ヒップホップでもしこれまだ聴いていなかったらぜひ、の3作品を。
 

1.Little Simz / No Thank You


2021年に超大作『サムタイム・アイ・マイト・ビー・イントロバート』を出したリトル・シムズが、1年3カ月という短いインターバルで5作目をドロップ。タイトルは「私はけっこうです」、もしくは「いらないってば」とでも訳したらいいでしょうか。昨年は、アワードや年間チャートで高い評価を得たにもかかわらず、USツアーを中止せざるを得なかったリトル・シムズ。インディペンデント・アーティストの大変さを物語るニュースでした。そのせいか、インフロが全面的にプロデュースした本作でも音楽業界への不信感と、いまの活動のしかた、姿勢を肯定するリリックが目立ちます。
 
『サムタイム・アイ・マイト・ビー・イントロバート』を対訳して驚いたのが、彼女の緻密な歌詞世界。まず、言葉数が多い。国境やジャンルを軽々と飛び越えながら、自分の話をしているようでいて視線がまっすぐ空へと舞い上がり、世相を俯瞰するようなコメントを放つ。言葉尻だけを捉えると、「抗議」や「怒り」のモードが強い印象を与えるかもしれません。でも、リトル・シムズ本人はユーモアがある、カラッとした人のような気がしています。仲間を大事にし、仲間に大事にされている人特有の、怖いものしらずの雰囲気もある。それを確認する絶好のチャンスだった、昨年の来日公演はなぜかいくつもの用事が重なる日で、どうしても行かれませんでした(号泣)。
 
俳優だけあり、映像の感覚も頭ひとつ抜けています。『ノー・サンキュー』もタイトル曲の11分弱のショート・フィルムを作っています。私自身、紹介するには咀嚼が足りないので、もう少し気軽に見られる「ポイント・アンド・キル(狙いを定めて、殺る)」を置いておきます。フィーチャーされているObongjayar(あいかわらず読み方がわからない。たぶん、オボンジャヤー)も初LP『サム・ナイツ・アイ・ドリーム・オブ・ドアーズ』をリリースしています。ナイジェリア系イギリス人。リトル・シムズ以上に自分の世界にグッと閉じこもりつつ、音楽的なDNAの豊かさがダダ漏れする怪作でした。もう少し消化に時間がかかるアルバムなので、そのうちどこかで。てか、まず名前を読めないと。

2. J.I.D / The Forever Story

“Some people say that I’m running third. They threw the bronze at me, behind Drake and Dot. Yeah, them nxxxis superstars to me,”「俺は3番手だと言われることもある。ドレイクとドット(ケンドリック・ラマー)の次だって、銅メダルを放り投げてくるんだ。まぁね、やつらは俺にとってもスーパースターだし。(「ヘヴンズ・EP」 J.コール)

ケンドリックとドレイクは強いから、J.コール大好き人間の私でさえ、「そんなことないよー」と慰めるのは白々しいかな、と思います。あ、でも、「私的にはJ.コールが1番!」とは言えますね。ただし! 2022年は彼が率いるドリームヴィルのアリ・レノックスとこのJ.I.Dのアルバムが、とっても、とーってもよかったので、アーティストの育成と、フレッシュなサウンドを作るレーベル運営にかけては、両巨頭より優れているかも(って本人はこだわっていないかも)。

アトランタを拠点に10年以上活動している、J.I.D。自らをジッドとジェイ・アイ・ディーの両方で呼ぶので、名前の発音の正解がわからないラッパーですが、2017年にドリームヴィルと契約してから知名度が上がりました。ここ2、3年は積極的に客演をしていたので、気になっていた人も多いのでは。俳優のレオナルド・ディカプリオのファンだから、という理由でミックステープ『ディカプリオ』を作っただけでなく、セカンドを『ディカプリオ2』と名づけたおもしろい人。サードの「永遠の物語(the Forever Story)」は、デビュー作「ありえない物語(the Never Story)」と対になっています。

アトランタといえば、トラップ勢を中心にドラッグ売買の光と影をラップするのがここ数年の主流。同じ場所の話をしながら、J.I.Dは話を華やかに飾ったり、銃の話で盛ったりせず、ひたすら現実的。姿勢としては、ヴィンス・ステイプルズに近いですが、彼ほどメランコリックではない。食べ物の引用も多いのがおもしろいです。アメリカン・フットボール選手として大学に入ったけれど、スライ・ストーンを好むなどさまざまな影響を受けている人。

参加した人たちのクレジットをつぶさにチェックすると、この3作目に込められた気合いに気がつきます。「ダンス・ナウ」はケニー・メイソンしかクレジットされていないけれど、最後のパトワの語りはレゲエのジェシ・ロイヤル。「Bruddanem」はリル・ダーク以外に、私の2021年を救ってくれたムスタファが控えめなスポークン・ワードを添えています。昨年、名盤ライナートークのマライア・キャリー回で話したジョンテ・オースティンは「ベター・デイズ」、最近、ジェイ・Zと共演したばかりのヤシーン・ベイはノットノットバッドグッドがプロデュースしている「スターズ」に登場。その昔、ヤシーンさんはモス・デフ時代にドラマ『カルメン』で共演したビヨンセと交際している? との噂が出たので(ブラック・スターのライヴに行ったらデスチャの面々が客席にいて私もびっくり)、ジェイ・Zとヤシーン・ベイ(とジェイ・エレクトロニカ)は少し「おおおっ!」となりました。

話が逸れた。J.I.Dの『フォーエバー・ストーリー』は、ほかにリル・ウェインや21サヴェージ、レーベル・メイトのアリ・レノックスも参加していて、聴きたえがあります。分析しがいのある作品なので、もっと聴き込んで語るか書くかしたいですね。子どもの声のコーラスが、それこそジェイ・Zがミュージカル『アニー』からサンプリングした「ハードノック・ライフ」を思い出す「マネー」のMVです。貧しいながら仲のいい兄弟の話かと思いきや、ラストでガツンとくるので、気をつけて見てください。

3. Smino / Luv 4 Rent

この「聴き逃さないでね」の歌もの編とラップ編を書いて、気づいたこと。私が今回、取り上げているUSのアーティストは仲がいい人同士が多い。このスミノは、レイヴン・レネーと同じゼロ・ファティギュに所属しているラッパー/シンガーソングライター/プロデューサー。ミズーリ州のセントルイスという、「どのあたりだっけ?」となる街の出身(中西部です)。イリノイ州の隣だからシカゴのアーティストと仲がいいのかー、と一瞬、納得しかけましたが、調べたら430キロも離れていました。ふつうに遠いですね。そして、スミノとJ.I.Dは、1月から3月にかけてダブル・ヘッダーで北米ツアーをするほどの仲よし(行きたい‥)。

スミノのバイオをひもといて仰け反ったのが「おじいちゃんが、マディ・ウォーターズと演奏したベーシスト」との一文。マディ・ウォーターズ! ローリング・ストーンズが敬愛する!!(という説明もどうかと思いますが)。「幼い頃から音楽が身近にあった」とよく目にする文章の意味合いがレベルちがい。お父さんもミュージシャンだそう。音のレイヤーやハーモニーを重視した独特のサウンドの土台が見えてきました。アウトキャストやボーン・サグスン・ハーモニーの影響を受けた、とのわかりやすい説明を加えておきましょうか。

モンティ・ブッカーが多くプロデュースし、レイヴンも参加しているので、ゼロ・ファティギュのカラーがわかってきた気もします。客演はJ.コール、リル・ウージー・ヴァート、ラッキー・デイなど。ほかに新しめのアーティストの名前も散見できます。意外な組み合わせのリル氏(りるうじ、と読みます。いま思いついた)は、たまたまスタジオが隣になって、「これ、君の名前が出てくるんだけど」と話しかけて、とりあえずファイルを渡して食事に出たところ、30分離れたレストランに着いたときにはもうレコーディングが終わっていたそう。リル氏、仕事が早いです。この「Pudgy」は二人以上のラッパーが参加しているように聴こえておもしろいです。スミノはフローの引き出しが深い。

最後にまたJ.コール推しを強調してしまった。まぁ、ヒット曲なのでいいでしょう。これを観る限り、スミノもアウトキャストというか、アンドレ3000からかなり影響を受けています。

今回はここまで。ビリー・ウッズも予定していたけれど、来日したのでそこそこ話題になったし、大丈夫かな、と。取り上げた3作に共通するのは、全員、歌えるので「これ、ヒップホップ?」と思う人がいそうな点。わかりやすい、とは思わないけれど、メロディが立っているので聴きやすい。2023年はまだ10日か経っていませんが、すでにグリセルダのウエストサイド・ガンが引退を仄めかしながら、あいかわらず強力な『10』をドロップしていたり、チャンス・ザ・ラッパーがどうやら元カニエ・ウエストをガーナのフェスに連れて行ったりと、いろいろな動きがあります。

2023もヒップホップを聴くぜぇ。 

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