Minako

30代後半、うお座。 現在、乳がん闘病中です。病気のこと、日常生活で感じたこと、家族と…

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30代後半、うお座。 現在、乳がん闘病中です。病気のこと、日常生活で感じたこと、家族との思い出を記録しています。

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  • 乳がん治療はじめました

    37歳で乳がんになった記録を綴っています。 2023年9月告知 右胸トリプルネガティブ、ステージⅡ

  • おつまみ文庫

    家族、思い出にまつわる哀愁マガジン。 気になる記事を気軽につまんでください。

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拝啓 はじめて記事を読むあなたへ

自己紹介します年齢30代後半、うお座。 日本有数の田舎町の出身 夫、娘、私の両親の5人暮らし <外見> 童顔ゆえ年齢より若く見られます。 飲み屋で会った見知らぬオジサンに「君は若い頃の阿木燿子に似ている」と言われ、握手を求められたことがあります。本当に似ているかは不明。 <性格> 人見知り、無口、内向的。 友人は多くないけど、情は人並みにあります。 一度仲良くなったら「桃太郎」の仲間の猿のように、どこまでもついていきます。 古いしきたりが嫌い、束縛されるのが嫌い、自

    • ガンの存在しない体になりたくて

      私の体にガンは残っているのか? 乳がん手術から3週間後、病理検査の結果が出た。 夫と私は午後の病院で医師から呼ばれる瞬間を待っていた。 午後2時。気怠い空気が停滞した待合室にいると、だんだん瞼が重くなってくる。昼寝がしたい。 だが今日は呑気に構えられる日ではない。先日手術で切除した乳房の病理検査の結果を聞きに来たのだ。 果たして、ガン細胞はどの程度残っているのだろう。 待合室にはテレビ体操が流れていた。ピンクのTシャツ、紺色の短パン、黒のスパッツを履いた女性二人がピ

      • 母の書斎

        私の母は小学校の教師をしていた。専攻は理科なので昆虫や植物にとても詳しい。 休日や夏休みになると、ときどき母は職場である学校に私を連れて行った。当時小学生だった私は母の仕事を手伝った。 理科室のビーカーを洗ったり、アヒルの飼育小屋を掃除したり、教室の机を拭いたりといったこと。 別に嫌々やっていたわけではない。どちらかと言うと、多忙な母と一緒に居られるのが嬉しかったし、人の役に立っている喜びすら感じていた。 だが、母を通じて学校の裏側を知っていたぶん、私は自分の学校では

        • 手術は無事に終わりました

          乳がん手術が終わった乳がんの手術は予定通り終わった。 私の右乳房と右腋窩リンパ節は無事に切除された。 麻酔から覚めて最初に思ったこと、 それは、 普通に痛い・・・(涙) だった。 右胸と右腋に鈍痛が走る。 鉛を提げているように腕が重い。 状態を起こす時に右上半身が悶えるほど痛い。 乳がん手術経験者のブログやらNoteを散々読んで心構えをしていたはずだったが、やはり痛いものは痛い。 考えてみれば、体に2か所メスを入れているのである。痛くて当然だ。 看護師をからもら

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          2本

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          故郷と私

          私の故郷はなかなかの田舎町である。 この田舎町は恐らく日本で一位か二位を争うほど知名度の低い県に属している。 スタバが最後から二番目に進出した県といえば、ご存じの方もいらっしゃるかもしれない。いや、知らないか。 話の都合上、仮名をA県B市としよう。 私は高校卒業後、故郷のA県B市から約400kmも離れたC県に進学した。 初めて会うクラスメイトたちにA県出身であることを告白すると、みな一瞬「どこそこ?」と言わんばかりの顔をして黙り込んだ。 会話はその後弾むわけでもな

          故郷と私

          もうすぐ右乳房とお別れします

          手術が近づいてきた手術の日にちが決まった。あと約2週間で手術を受けることになる。私の右乳房と腋窩リンパ節は全て摘出する予定となっている。 先日のMRI検査では、抗がん剤が奏功し腫瘍が大幅に縮小していることが分かった。でも、たとえMRIでほぼ消えたように見えても、細胞レベルで残っている可能性があると医者は言う。実際に取り除いた組織を検査してみなければ、どの程度がんが残っているかは分からないそうだ。 私の乳がんは悪性度が高く、最も予後の悪いトリプルネガティブ。なので、乳を残し

          もうすぐ右乳房とお別れします

          術前最後の抗がん剤

          本日、術前最後の抗がん剤を受けてくる。去年の秋から投与を始めて、記念すべき最後の投与。抗がん剤を始める前までは長い道のりだと思っていたけど、終わりが見えた今感じることは、始めれば終わるという、ごく当たり前の事実だ。 どんなに億劫な事でも、辛い事でも、やり始めたらいつかは終わる。これって、私のような治療中の人間にとっては、かなり心強いし、希望がわく言葉だ。抗がん剤の副作用で辛い時期もあったけど、いつか終わると信じてなんとか乗り越えることができた。 EC療法になってからの体調

          術前最後の抗がん剤

          カミングアウトしたいけど、したくない

          癌のカミングアウトって難しいという話。私は、自分が乳がんであることを周りにはほとんど言っていない。知っているのは、夫、娘、親、姉、友人2名のみ。 子供の幼稚園の先生やママ友も知らない。 交友関係がものすごく狭い世界で生きているので、今のところ何ら支障はなかった。 問題は、滅多に会わないけど、昔仲良くしていた友達。唯一、親友とも呼べる人。遠方に住んでいるため、たまにLINEで連絡とる程度なんだけど、 知らせるべきなのか、黙っておくべきか、迷っている。 なんだか言いたいよ

          カミングアウトしたいけど、したくない

          死に向き合うと見えるもの

          文字通り死にそうだった今回の入院は辛かった。体調的に絶不調で、このまま死んでもおかしくないと本能的に感じた。 ぐぁんぐぁんと不吉なビートを刻む頭痛と、意味不明なタイミングで襲ってくる吐き気に、ただ横たわって耐えるだけの一日。 アリ地獄に足元を掬われて、もがけばもがくほど、ズブズブと奥に吸い込まれていくような恐怖と闘っていた。 とてつもなく辛くて、孤独で、生きた心地がしなかった。 実際、私の好中球は「2」しかない致死的な状態だったから(健康な人は1500以上)、もし強力

          死に向き合うと見えるもの

          元気な私に戻れるだろうか

          退院したけどまた入院 深夜、悪寒がして何度も目が覚めた。朝、体温を測ると37.4°だった。なんだか気持ち悪くて嘔吐と下痢もした。嫌な予感がしたのですぐに病院に電話した。 病院で血液検査をしたところ、白血球が200くらいしかなく、好中球は一桁台。先週からの抗がん剤の副作用で、免疫力が急速に落ちていた。ばい菌、細菌、なんでもウェルカム状態である。発熱性好中球減少症と診断され、即入院となった。 先週、退院したばかりなのに、また入院か。抗がん剤の副作用も落ち着いてきたと思ってい

          元気な私に戻れるだろうか

          私が眠れなかった意外な理由とは

          物音で眠れない私の実家は築20年。木造の二階建て。一階には私の両親、二階には私と夫と娘の居住スペースがある。 実家に暮らし始めてから一年。最大の悩みは、夜の騒音問題だった。 夜になると、カサカサ、ゴトゴトと不穏な物音が天上から聞こえるのだ。明らかに何らかの動物が動いている様子。 害獣の気配と対策うるさくて夜中に目が覚めるし、気になって眠れない。だから害獣駆除サービスを利用して、屋根裏に獣が入らないように、対策をしてもらった。 家の穴を塞ぐ(10円玉くらいの穴でも入るら

          私が眠れなかった意外な理由とは

          入院して新しい薬を投与した

          抗がん剤EC療法1クール目 EC療法の1回目。いつものキートルーダに加えて、新たにエピルビシン+エンドキサンを投与した。重篤な副反応がないか確認するために、一泊二日の入院をすることになった。 エピルビシンは色が血液みたいに真っ赤な色をしていた。その異様な色にビビったけど、これはトマトジュースなんだと思い込むことにした。 新しい薬を身体に入れるときはドキドキする。投与時間は今までよりは短かかったし、アルコールが含まれてないせいか寝落ちすることもなかった。若干頭が痛い程度で済

          入院して新しい薬を投与した

          近況と「無人島のふたり」の感想

          まずは近況先日の胸のエコーでは、腫瘍がかなり小さくなったことが分かった。胸のシコリも、脇のシコリも。抗がん剤が良く効いている証拠。嬉しい! 無人島のふたりを読んで病院の待ち時間に山本文緒さんの「無人島でふたり」を読んだ。学生時代から山本さんの小説が好きでよく読んでいたし、好きな作家のひとりだ。 山本さんは2021年に膵臓がんで亡くなられた。この本は、彼女が膵臓がんのステージⅣで余命宣告を受けてから、亡くなる直前まで書いていた日記である。 山本さんの日記には、今日食べたも

          近況と「無人島のふたり」の感想

          ママの乳がん、子供にどうやって伝える?

          子供にどうやって病気を伝える? うちには、4歳の娘がいる。がんが発覚してから、いつか子供に伝えねばと思っていたが、どうやって伝えたらよいか分からなかった。 ストレートに「がん」という言葉を用いて説明したほうがいいのか、体に「カバトン」がいてね~、と子供が好きなプリキュアの悪役に例えて説明したほうがよいのか。はたまた、まったく何も言わないほうがいいのか。。 でも、これから私が入院して自宅にいない日もあるだろうし、体調が悪くて一緒に遊べない日も出てくるだろう。それに、最近病

          ママの乳がん、子供にどうやって伝える?

          地味につらい3つの副作用

          昨日、抗がん剤の6回目を投与した。これで12回のうちの半分が終わった。良く頑張った、自分! 以下は、今までの振り返り。 抗がん剤に酔っ払う私は、抗がん剤を投与されると、我慢できないくらいの眠気に襲われる。投与後数時間はフラフラして動けない。頭痛もする。 一連のことを看護師さんに相談したら、 「それは酔っ払っているんだよ。頭痛は二日酔いの症状だね」 とサラリと言われた。 衝撃的だった。 どうやら、私の抗がん剤(パクリタキセル)にはアルコール成分が入っているそうな。普段

          地味につらい3つの副作用

          がんの教え:せっかちな性格を改めよ

          せっかちな私がんになる前の私はせっかちだった。いつも、仕事・育児・家事に追われていた。いかに効率的に手際よく日常の雑務を処理するかが、私の最重要事項だった。 テレビはゆっくりと情報が流れるからイライラして見られなかった。料理はいかに短時間で人間が食べられるものを準備できるかしか念頭になかった。他人や家族に対しても厳しかった。マイペースでなかなか朝の支度をしたがらない娘をよく叱った。 人生の正体は時間 こんなにせっかちな女になってしまったのは理由がある。以前、ある起業家

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