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閏年の王様👑【シロクマ文芸部】

閏年の閏って漢字が急にすごく気にかかった。
門の中に王様がいる!
すぐにスマホでググった。
「常の月の一日には宗廟にいる王が、閏月には門の中にいるという、古代の儀礼による字という」(と角川『新字源』に書いてあるらしい)
やっぱり王様が門に…王様…王様…私だ…

1月に家でガレットデロワを食べたとき、私が食べた一切れの中にフェーヴが入っていた。小さな王様のフェーヴだった。
ガレットデロワは流行りもの好きのママが、パリで修業したお姉さんが開いた近くのパティスリーで買ってきた。
嫌な顔をして口から王様を吐き出した私に、ママは嬉し気に金色の紙でできた王冠を被せた。パパも拍手した。
「まあルウちゃん!当たったわね!あなた王様よ」
私はママのそんなところが嫌いだった。でもそういう気持ちは絶対に顔に出さずに生きてきたのでその時もにっこりして見せることが出来た。
「ママ、ありがとう」
ママは満足そうにほほえんで、
「王様だからパパやママになんでも命令していいのよ」
と言った。パパもママの横でにこにこしていた。
なんでも?
…じゃあ消えてよ!私、こんなわざとらしいおしゃれな暮らしなんて大嫌い!
心の中で小さく押しつぶした本当の私が鋭く叫ぶのを、おしゃれな水色のワンピースを着た私はぐいぐい押さえつけて黙らせた。でも間に合わなかった。間に合わなかったのだ。

パパとママはいなくなった。
パパの海外赴任にママが付いて行ったのだ。
私は同じ市内に一人で住んでいるおばあちゃんの家で暮らすことになった。
おばあちゃんの家は昭和に建てた築40年以上の古い家で、小さな庭があって、猫もいる。おじいちゃんは何年か前に亡くなった。
私は昔ママが住んでいた部屋を自分の部屋にした。砂壁がぼろぼろするし、天井の板にはシミがある。雨戸の開け閉めががたがたうるさい。
おばあちゃんの台所はちょっと散らかっている。使っていない部屋は物でいっぱい。おばあちゃんの部屋もちょっと散らかっている。ちょっと、ね。
「ルウちゃん、いくらそういう事情でも」
とガレットデロアの話を聞き終えた親友のアキちゃんが言う。
「絶対にもとのマンションのほうが良かったじゃない?」
私は首を振る。
「嫌。今の方が全然良いの。私にはね」
今度はアキちゃんが首を振る。
「そうかなあ。私はルウちゃんちのおしゃれなマンションうらやましかったのになあ。ここはうらやましくないよ、うちとおんなじだもん」
私は笑って、おばあちゃんが出してくれたカルピスを飲む。
「落ち着くもん。部屋だって自分の自由があるの。おしゃれに暮らさなくて良い自由」
私は壁に貼った大きな推しのポスターを目で指す。
「まあそれはね」
同じキャラを押しているアキちゃんはうなずくとカルピスを飲み、横にやってきた猫のシロを片手でなでた。
私の机の上から小さなフェーブの王様が私たちを見てにっこりしていた。
(閏年のフェーヴには強い力があるのですよ)
そんな王様の声は、畳の上で猫とごろごろ転がっている私たちの耳には入らなかった。

(了)


小牧幸助さんの企画に参加します




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