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薄暮のブランコ

まだ小学二年生だった幼い私とヒロコちゃんは本当はお習字を習いにいくところだったのだ。
でも田舎道を歩いているうちに、田んぼのメダカを取るのに夢中になってしまった。はっとしたらもうずいぶん遅くなってしまっていた。
お習字に行くのはやめよう、とヒロコちゃんがいう。
私はそんなこわいこと…いくはずだった習い事を勝手に行くのをやめることなんてとても出来ないと思ったが、薄暗くなってきた道を一人で書道教室まで歩く勇気もない。うん、とつぶやいてヒロコちゃんについていく。
どうせお習字に行かないのなら公園までいこう、とヒロコちゃんはいう。私はびっくりして行きたくないと思う。公園はちょっと遠くてあまり行ったことがない。そこに行くなら書道教室のほうが近いのではないだろうか。
でもどんどん歩いていくヒロコちゃんについていく。
たどりついた公園にはだれもいない。桜にかこまれているが、もう桜は散ってしまい、葉っぱがふさふさと出ている。小さなすべり台と、砂場、ブランコがだまりこんで、なんでこんな時間にきたの?みない顔だけどどこからきたの?よそもの?と公園のシンボルのパンダが冷たい顔で私たちを責めている。
「ここのブランコはくさりが長いからいっぱい空へむかうの」
ヒロコちゃんはそういうとブランコにのってこぎ始める。
きぃ、きぃ、きぃ、きぃ
立ってこぐヒロコちゃんはぐんぐん高くこいでいく。私はブランコだってこわいのだ。あんなふうに、からだが倒れてしまうような高さまでこぐことなんてできない。
あはは、あはは
ヒロコちゃんはわらいだした。
「だいじょうぶ?そんな高くこいでだいじょうぶ?」
私ははなれたところからヒロコちゃんに問いかけるがヒロコちゃんは
「なにいってるの。はやくいっしょにこがなくちゃ。間に合わないよ」
笑いながらこちらは見ずに前ばかり見ている。空ばかり見ている。
「何が間に合わないの?ねえ、ヒロコちゃん!」
あはは、あはは
ヒロコちゃんはもっともっとこいで、ぽーんと最後の夕日のかけらの中に飛んでいってしまった。
ヒロコちゃんがいなくなったブランコが、きぃきぃ揺れている。でもそのうちに揺れがおさまった。
私は泣きながら書道教室へ走っていった。もう終わるところだったのに先生は「あらあら」といって中に入れてくれて、ほうじ茶とおまんじゅうを出してくれた。私は顔をこすりながらお茶を飲んでおまんじゅうを食べた。
「一枚だけ書きましょうか。せっかく来たんだから。なんて書いてもいいのよ」
先生にそういわれて真っ白い半紙をみる。
私は「ぶらんこ」と書いた。
そして先生に送ってもらって家に帰ってお母さんに怒られた。となりの家のヒロコちゃんはすました顔でもう夕飯を食べていた。
私は思う。あれは本物のヒロコちゃんだろうか。
ヒロコちゃんは私を見ると笑った。
大人になった今ではヒロコちゃんがほんとうにいたのかさえ分からない。


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