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レタスを食べなさい

あれは30手前の、
恋に悩んでいた頃のお話。

当時の私は
やたらめったら仕事が忙しく、
彼氏からも放置されており、
「結婚」というものについて焦りと憧れと諦めの気持ちの中でモヤモヤしていた。
このまま仕事だけ頑張って、
恋愛ごとを忘れることができたらどんなに楽か。

わりと切実に悩んでいたところに、
同僚から
「よく当たる占い師がいるらしい」と情報が入った。
恋愛や仕事の悩みをかかえている時の占いほど、魅力的なものはない。

すがるような気持ちで、
早速私たちは、その「よく当たる占い師」のところへ行くことにした。

その占い師は、
山奥の小物ショップにいた。
そこに辿り着くまで車で2時間。
到着時には強い期待で胸がいっぱいになったのを覚えている。

店内には、
石とか、ブレスレットとか、
キラキラ光る魔除けの何かとか、
そういうものが売られていた。

私たちは4人で行って、
ジャンケンをして占ってもらう順番を決めた。

自分の順番がまわってくるまでの間、店内の小物を見てまわりながら時間をつぶした。
私の順番は4番目。
最後である。

狭い店内だ。
待っている私のところに占ってもらっている同僚たちの、
興奮した声が聞こえてくる。

今の彼氏はやめた方がよいだとか、
別れた場合の次の出会いの時期とか、
結婚の時期とか、
ありとあらゆる恋愛ごとのアドバイスに、
みんなキャーキャー言っている。

ドキドキしてきた。
私の番が迫っている。
聞きたいことはただ1つ。
「今の彼氏と結婚できますか?」
「できなかったら、次に誰かと出会うのはいつですか?」
「そもそも私、結婚できますか?」
あ、1つじゃなかった。
3つくらいある。

順番がまわってきた。
私の前に占ってもらっていた同僚が、
頬を紅潮させて私に小声で「頑張れ」と言いながらバトンタッチしてくれた。

恋愛のことを聞く気満々で、
願わくば前向きになるような占い結果を求めて占い師の前に立つ。

占い師は、
ペンデュラムという道具(先に石がついている)を
ブランブランさせながら何かぶつぶつ言っている。
それが急にグルグルグルグルと回りだしたのを見つめて、
衝撃の占い結果を口にした。



「レタスを食べなさい」


「………」

私には「レタスを食べなさい」と聞こえたが、それはさすがに気のせいだろうと思って、

「はい??」と聞き返した。

占い師が私を見つめる。
そして、今度は

「キャベツはもういい。レタスを食べなさい」
と言った。

最初は気のせいだと思った
「レタスを食べなさい」も、
「キャベツ」というワードが出てきたことにより、はっきりと「レタスを食べなさい」で間違ってなかったことがわかる。

この人はたしかに
「レタスを食べなさい。キャベツはもういい」と言った。

しかし…
しかし、だ。

これは何の占いをされているのだろう??

私の反応の悪さに、
「あなた、キャベツばっかり食べてるでしょう?」と早口で聞いてくる占い師。

何かおかしいなとは思いつつも、
キャベツが好きで、キャベツばかり食べてしまい、あまりレタスを食べないのは当たっている。

私もとっさに
「はい。キャベツが好きなんです。どうしてわかったんですか?」
と聞いてしまった。

「わかるんです」と言われた。

そうか、わかるのか。
さすがよく当たる占い師だな!

…いやいやいや、
私が聞きたいのはそこじゃない。

恋愛のことを聞きたいんだ!
誰が「おすすめ野菜」を聞いたというのだ。

「他に聞きたいことは?」

まず、野菜について聞いた覚えはない。
「他に聞きたいこと」ってなんだよ。

同僚たちのように結婚とか出会いの時期とかを教えてほしい。
なぜ、私だけレタスなのか。

「あの〜、私…結婚は?」

占い師はまたグルングルンさせながら私を見る。

「あなた、左が弱いから右ばかり使っているね」

「はぁ…まぁ、はい」

たしかに私は右利きで、左の力が弱いのでついつい右ばかり使っている。重心も多分、偏っていてバランスも悪いはずだ。

ただ、今そんなことは聞いていないのだ。
私は恋愛について聞きたい。
おすすめ野菜とか、左が弱いとか、
そんなことは聞いていないし、
何に戸惑っているかといえば、それが当たっているところだ。

「レタスを食べなさい」

もう一度言われた。

こんなにもレタスばかりを推されていると、
もう恋愛のことなんてどうでもよくなってきた。
もしかしたら、私が本当に聞きたかったのはおすすめ野菜だったのかもしれないし。
ほら、自覚してなかったけど、
「潜在的な欲求」みたいなやつかな。

それとも、
「キャベツばかりじゃなく、レタスを食べなさい」というのは、
「好きなタイプばかりではなく、他の苦手なタイプにも目を向けてみなさい」の遠回し表現??

私は占い師が持っているぶらんぶらんを見つめて、
ぼーっとなった。

結局その日はレタス情報と左情報しか得られず、困惑しっぱなしであったが、
たしかに「よく当たる占い師」だった。

帰りの車中で、
同僚から「ミーちゃんは何て言われた?」と聞かれた。
みんなが占ってもらっている時、待っている私に占い内容が丸聞こえだったのだから、
みんなにだって私の占いが聞こえていたはずである。
なぜ聞くのか。
まぁ、でも、
(レタスがどうとか言われてるけど、これは何の相談?ミーちゃんは何を言われてるの?)と思っていたのかもしれないな。

質問してきた同僚はその日の占いで、好きな人への気持ちは実る可能性が低いと言われたらしく、ひどく落ち込んでいた。
まぁ、いっか。
話してあげよう、私の占い結果を。

私が
「レタスを食べなさい、って言われた。キャベツばっかり食べてるって。あとは左が弱いって言われたかな」と話したら、
同僚はビックリしたような顔をしたあとに、
「何それー??」と言って笑った。
あまりに面白そうに笑ってくれるものだから、なんだか私も楽しくなってきて笑った。

恋愛については聞けなかったけど、
同僚が笑ってくれたので良かった。
同僚の心を癒やせたような…
なんだかお役にたてたような気がした。

きっとその時、普通に恋愛ごとを占ってもらっていたら、こんなにも記憶に残っていなかったと思う。
今でもたまに思い出し、
そのたびにちょっと笑ってしまう。
本当によく当たる占い師だった。


いまだに私は
レタスをあまり食べない。







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