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パリジェンヌでお願いします

「じゃあ、パリジェンヌでお願いします」
私は照れのあまりニヤケ顔のまま、そう発した。
「かしこまりました。パリジェンヌですね」
コクッと頷くと、
彼女は私の目をしっかりと見つめ、頷き返した。

えらいことになった!
「パリジェンヌ」でお願いしてしまった!

自分で決断したというのに慌てる。
決断も何も本当はイマイチよくわかってないのに響きの面白さと、
それを発してみたいという欲に負けた。
自分のこの気質が情けない。


冒頭から「パリジェンヌ、パリジェンヌ」言っているが、本当にパリジェンヌになるのではない。
まつ毛の話である。

私はこの日「まつ毛パーマ」に来ていた。
お世話になっている美容師さんの奥さまが
「まつ毛パーマ店」を開店されたので、
そのお祝いにやってきたのだ。

私、46歳。
初めてのまつ毛パーマ。
今までの人生、まつ毛パーマには無縁であったが、まつ毛には興味があった。

興味というより憧れだ。
長くて多量のまつ毛に憧れていた。
私のまつ毛は短い。それも少量でまばら。
ビューラーで挟んで立ち上げようとしても、挟めているのかもわからないくらい、無い。
無いなら少しでも増やしたいのでマスカラを塗ろうとするが、不器用な私が短く少ないまつ毛に上手に塗れるはずもなく。
少し時間が経つとすぐにパンダだ。

それじゃあ、と「つけまつげ」にチャレンジしてみるものの、あれって慣れてないと結構難しいもので、接着剤もうまく塗れず、まつ毛の根元あたりにつけまつげを乗せたつもりが瞼に乗ってギャグみたいな顔になる。

つけまつげがダメなら「まつ毛エクステ」というのが良いんじゃないの?とは思ったが、
自まつげ1本に、人工まつげ1本を装着する技術で、専用の接着剤を使って人工まつげを装着していくのだと知り、なんだか途方にくれて辞めた。

それで今回のまつ毛パーマのお時間だ。

そもそも、自まつ毛にまったく自信のない私。短くて少ないまつ毛にパーマをかけたところで、どうにもなるまいと思っていたが、
説明を受ける途中で、
「ミーミーさんのまつ毛、これだけあれば綺麗に上がると思いますよ〜」と言ってくれる。
「こんなに短くて少ないのに!?」と驚いたが大丈夫らしい。
少しやる気が出てきた。

ここで、
「まつ毛パーマとはなんぞや」を聞いたり調べたりしたので説明したい。

まつ毛パーマとは…

まつ毛にパーマをかけてカールさせる施術。
専用の薬剤でまつ毛を根元から立ち上げ、毛先までパーマをかける。
施術方法にはロッド式とビューラー式があり、カールのデザインが豊富なロッド式の施術は、好みの雰囲気を演出できるのが特徴。

そして、
ここでようやく
「パリジェンヌ」が登場する。

パリジェンヌとは…

まつ毛パーマの一種。
パリジェンヌの正式名称は「パリジェンヌラッシュリフト」で、まつ毛を根元から立ち上げ、パリジェンヌのように美しく健康的な目元を演出することを意味する。
パリジェンヌは、専用のセッティング剤でまつ毛の根元だけを80度立ち上げる施術。日本人のまつ毛に適した角度とされ、自然な見た目で最大限にまつ毛を長く見せることができるのが特徴。

難しくてよくわからなかったが、まつ毛パーマの仲間に「パリジェンヌラッシュリフト」というものがあるらしいのだ。
ロッドがどうとか、
液がどうとか、
角度やカールがどうとか、
いろいろあって、その中から決めなければならないが、私はもう「パリジェンヌ」という名前に惚れてしまった。
言いたかった。
「パリジェンヌでお願いします」と。

パリジェンヌの施術中はモゾモゾした。
まぶたやまつ毛の付け根が痛くてモゾモゾしたのではない。私の体が勝手に緊張でモゾモゾしたのだ。
なんせ初めてのまつ毛パーマ。
仰向けに寝て目元にいろいろされることなんて、今までの人生になかった。

ジーッとして施術を受けているだけでは永遠に終わらない気がしてくるので、
私は寝ることにした。
どうせ目を瞑っているのだ。
こんなにゆっくりできる機会を逃してはいけない。
「寝て起きたらパリジェンヌになってました!」を目指して寝ようとこころみる。

…が、
数を数えはじめて200を過ぎたあたりで気づいた。
やはり、初めてのまつ毛パーマだ。興奮で眠れない。
そして余計なことを考える。
(私、今、どんな状態かな。目は瞑っているつもりでいるけど、まつ毛の根元に液を塗ってる時に引っ張るから白目が見えて怖いことになってるんじゃないかな?)と。
そう思い始めると、
施術師さんに申し訳ないような気がしてきた。
(こんなまつ毛が少なくまばらな私でごめんなさい。上がりますか?「さっきは上がるって言っちゃったけど、本当は無理だわ、どうしよう!」と思ってませんか?しかも白目が怖いですよね、ごめんなさい。大体、パリジェンヌみたいになれるってどんなだろう。パラソルをさして、プードルを散歩させて優雅で颯爽としたイメージだけど、それで合っているだろうか。こんな私がパリジェンヌを選んじゃって、本当にごめんなさい)


……

目を閉じて、体のモゾモゾを必死におさえて、心の中で謝り続けていたら、いつのまにか60分経っていた。

「おつかれさまでした〜。見てくださーい。綺麗に立ち上がりましたよ〜」と、手鏡を渡される。

(本当に??)と思いながら、

おそるおそる手鏡の中の自分を覗き込んだ。

……

「え??これ、まつエクというやつをしました?」
「してません。ミーミーさんの自まつ毛だけです」
「いや、私のまつ毛はこんなに量も長さもないですよ?」
「あるんですよ。本当に全部、ご自分のまつ毛です」

ご自分のまつ毛…

ないと思っていた私のまつ毛が、
見た感じ倍量になって、

バッチーン!!!


と、上がっていた。
これが80°の角度か!!!
これが、パリジェンヌか!!!

嬉しくて、何度も鏡の中の自分の目元を確認する。

「まつ毛がパチっと上がっているので、アイシャドウとかアイライナーとかやりにくいかとは思うのですが…」

いやいやいや!!
アイシャドウもアイライナーもいらぬ!!
これだったらいらぬ!!

目元がパチッとして、
目が大きく見える!
心なしか、垂れていた瞼もスッキリしてる!
老眼が始まって何もかもぼやけて見えていたのに、視力も戻ったような気がする!(気のせい)

まつ毛をパチッと上げただけで、こんなに印象が変わるもの?
これ全部、自まつ毛って本当なのか?

あまりのことに興奮して震えながら
「これ、もう、目元の化粧いらないんじゃないですか?」
と、まつ毛パーマのまわし者みたいなことをひとりごちる。

「気に入っていただけて良かったです。ね、ご自分のまつ毛だけで綺麗に立ち上がるでしょう」

私はまた手鑑の中のパチパチした目元を覗き込んだ。


あの日からずっと幸せである。
話によると、まつ毛パーマは施術から1ヶ月くらいしかもたないらしい。段々と生え変わってくるので施術したものと新しく生えてきたものでまばらになっていくというのだ。

1ヶ月経てば、元の私。
まつ毛が短くて少なくて、瞼が重くて、しょぼしょぼした私に戻る。
でも、
また勇気を出して、
60分モゾモゾしながら寝ていれば、自まつ毛だけでこれだけパチっとできることを知ってしまった。

美容とか、
そんなのあんまり関係ない人生だと思っていた。
今回、お目目ぱっちり、まつ毛80°のパリジェンヌになったところで、誰に見せるわけでもない。

だけど、
綺麗になれるって楽しいと思った。
「自まつ毛がこんなにあって驚きましたよ」の気持ちと共に少しだけ自分に自信が持てた。

あきらめたり、
疑ったり、
「私なんて」と思ったり。
ただ響きに負けて「パリジェンヌ」と言ってみただけだったけど、
あの日の帰り道、私はたしかに、
優雅で颯爽としたパリジェンヌのようだった。




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