わたし

こんにちは、はなびです。
今日は、最近のわたしについてお話をしようと思います。

わたしは最近、とても深い谷に落ちているというお話をしたのですが(詳しくは「変化」に書いてあります)、この上がるための道を探すのに思ったよりも時間がかかっています。この闇がもうしばらく続くかもしれないと考えるとなんとも言えない気持ちになりますね。最近のわたしについてもう少し言葉にしてみると、この谷を乗り越えるために少しだけ気持ちの整理がつくかもしれないので、ここに記させてください。

どうしようもなく前が見えないけれど、少し動けるようになってくると、「元気で明るいわたし」を作り出して、自分で何も考えられない状況をつくります。例えば、とにかく予定を詰め込んだり、突然たくさん走ったりいろいろな運動をしたり、無駄に楽しいふりをしたり。

これって側から見るとものすごく普通か、それ以上に見えるんですよね。実際、生き生きしているのかもしれません。何も考えなくて良くて楽になるからです。実際は、全くそんなことありません。元気なわけではなく、逃げているだけなので、自分が無理しすぎていると気づくことができないんです。もし気付けたとしても、やめられない。やめると、考える時間ができてしまうから。また考え始めて、自分の谷底がどんどん深くなっていってしまう気がするんですよね。

谷が深いなと実感する時、それはなんでもない時にふと思い出してしまうことです。きっかけがあってもなくても、目の前に浮かんでくる。しかもそれは大抵は嫌な記憶ではないので、昔に浸る引き金となります。そして思い出が美化されるのです。わたしの場合、夢にまで出てくるときもしばしば。毎日、なんらかの形でふと浮かんできます。

このフラッシュバックがあるたびに、「元気で明るいわたし」が暴走します。それと同時に全てから元気と言うか、なんというか、自分じゃない自分が暮らしているような気持ちになります。「元気で明るいわたし」が生活していて、その後ろに谷に落ちている本当のわたしが眠っているような感じだなあと思います。

取り止めのない話をしてしまいましたが、わたしのこのような谷を理解できるのはわたししかいませんし、全てを理解して受け止めてほしいなどというのは、ただの傲慢なんだろうなと思います。でもまだ、この気持ちを少しでも受け止めて、せめて言葉であらわすことで形にしたいのです。心の中を打ち明けるのはここだけにしよう、そう決めて、ここに書いています。

毎日数えきれないほどの人と接する社会の中で、「元気で明るいわたし」を盾に生きるのはみなさんも同じだと思います。その後ろに「闇を抱えるわたし」がいることも。
人と人との関わりの中ではそれはごく普通のことで、逆にいうと人前では「元気で明るいわたし」でないと、「闇を抱えたわたし」を前面に出すことなんて絶対にできません。

それでも本当は大丈夫なんかじゃない、ほんとは元気でも明るくもない、起きるのもつらい。毎日そんな本音を朝起きると丸めて毛布の下に押し込んで、家に閉じ込めて外へ出ます。闇が薄れていくのを待ちながら。

明日も「元気で明るいわたし」でがんばります。
みなさんも、無理しすぎないようにしてくださいね。
休むのも大事です、本当に。休む選択は勇気がいることだし不安もあります。でも、休むことは周り道でも無駄なことでもなく、結局そこが近道になることの方が多いです。
わたしもいろいろ落ち着いたら、少し休んでみようかな、とも思っています。勇気を出さないとね。

では、また。

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