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神様の望まれる千年王国・地上天国の実現のために活動していきます。RAPTさんのブログhttps://rapt-neo.com/をお薦めいたします。

最近の記事

エブス人とは古代日本からエルサレムへ移住し、再び日本へ帰還し藤原氏となったのか。

今回は、再度「胡禄(ころく)」について考えていきたいと思います。 胡禄とは、長崎県対馬市にある胡禄神社(ころくじんじゃ)から調べ始めた、矢を携行する時に用いる矢入れ具のことになります。 胡禄(ころく)の「胡」という字には、「えびす」という読み方もあります。 「えびす」とはエブス人のことではないか、と考えられます。エブス人については、こちらでも書いています。 「禄(ろく)」とは「六」であり、藤原氏のことを表しているのではないか、と以前の記事で書きました。 そうすると「

    • 磯良恵比須から導かれる、藤原氏とロスチャイルド家の「六」と「五」の意味とは。

      今回は、磯良恵比須(いそらえびす)について考えていきたいと思います。 長崎県対馬市にある和多都美神社(わたづみじんじゃ)では、磯良恵比須として阿曇磯良(あづみのいそら)のご神体と伝わる石が祀られています。 まずは、磯良恵比須の名を分解して見てみます。 磯とは藤原氏のことではないか、と以前の記事で考察しました。 磯良(いそら)の「ら」とは、「彼ら」のように、藤原氏が複数であることの意味でしょうか。 恵比須(えびす)とは、エブス人(秦氏)のことであると考えられます。

      • 蘇我氏と物部氏も、長髄彦の系譜に繋がるのか。スサノオの「八雲立つ 出雲」の歌の謎。

        今回は、須佐之男(スサノオ)が詠んだとされている、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」の歌の中の「妻籠みに」について考えていきたいと思います。 「籠」という字には、様々な意味が込められているのだと感じます。 妻を籠らせる(こもらせる)とは、何を意味しているのでしょうか。 須佐之男の妻とは、櫛名田比売(くしなだひめ)または稲田姫(いなだひめ)であるとされています。 上記のように、須佐之男(スサノオ)とは火明(ホアカリ)であり、饒速日(ニギハヤヒ)

        • 「八雲立つ 出雲」の謎。雲の数に隠されたスサノオと藤原氏の系譜とは。

          今回は、八雲(やくも)について考えていきたいと思います。 「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」という歌を、須佐之男(スサノオ)が詠んだとされています。 八雲について今回注目した点は、島根県出雲市にある出雲大社の八雲之図には雲の絵が七つ、島根県雲南市にある須我神社(すがじんじゃ)の神紋には雲が八つ、島根県松江市にある神魂神社(かもすじんじゃ)の端雲の絵には雲が九つ描かれている、という点です。 このように雲の数が七、八、九と並んでいることは、何か意図

        エブス人とは古代日本からエルサレムへ移住し、再び日本へ帰還し藤原氏となったのか。

        • 磯良恵比須から導かれる、藤原氏とロスチャイルド家の「六」と「五」の意味とは。

        • 蘇我氏と物部氏も、長髄彦の系譜に繋がるのか。スサノオの「八雲立つ 出雲」の歌の謎。

        • 「八雲立つ 出雲」の謎。雲の数に隠されたスサノオと藤原氏の系譜とは。

          「かごめ歌」の謎。鶴と亀とは、天皇家と藤原氏のことだったのか。

          今回は、改めて「かごめ歌」について考えていきたいと思います。 「かごめ歌」は、京都府宮津市にある籠神社(このじんじゃ)の歌だということですので、歌詞にある「かごめ」とは「籠目(六芒星)」であると考えます。 「鶴」で思い起こされるのが、島根県大田市にある物部神社です。 物部神社の神紋が、「ひおい鶴」という、真っ赤な太陽を背負った鶴であるからです。 物部神社の祭神である、宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)とは、鶴に乗って来た神ということです。 宇摩志麻遅命は物部氏の祖と

          「かごめ歌」の謎。鶴と亀とは、天皇家と藤原氏のことだったのか。

          竹取神事の謎。伊佐波登美命とは、井光のことだったのか。籠神社の籠から竹を取ると、龍が現れる。

          今回は、磯部の御神田(いそべのおみた)について考えていきたいと思います。 磯部の御神田とは、三重県志摩市磯部町にある伊雑宮(いざわのみや)の御田植祭のことになります。 この祭り次第の中の、竹取神事の謎を解明したいと思います。 まず伊雑宮の所在が磯部であるのですが、この「磯」とは藤原氏を表すのではないか、と前回の記事で考察しました。 では、伊雑宮の祭神とは誰でしょうか。 伊雑宮の祭神は天照大神とされていますが、中世末以降には伊佐波登美命と玉柱命(または玉柱屋姫命)の2

          竹取神事の謎。伊佐波登美命とは、井光のことだったのか。籠神社の籠から竹を取ると、龍が現れる。

          聖徳太子の墓である磯長墓とは、藤原氏の墓という意味だったのか。

          今回は、聖徳太子について考えていきたいと思います。 Wikipediaによりますと、聖徳太子は、上宮厩戸豊聡耳太子(うえのみやのうまやととよとみみのひつぎのみこ)と呼ばれたそうです。 この名の中にある、「とよ」と「とみ」に注目します。 「とみ」とは、登美能那賀須泥毘古(とみのながすねびこ)と呼ばれた、長髄彦に繋がる「とみ」であると考えます。 次に、「とよ」と聞いてすぐに思い起こされるのは、豊受大神(とようけのおおかみ)です。 豊受大神は、京都府にある籠神社(このじん

          聖徳太子の墓である磯長墓とは、藤原氏の墓という意味だったのか。

          藤原氏の謎。長髄彦から、麻生太郎とロスチャイルドに繋がる。

          今回は、藤原氏について考えていきたいと思います。 藤原氏とは中臣鎌足が祖とされていますが、それでは中臣氏のルーツとはどこにあるのでしょうか。 中臣(なかとみ)という音を改めて見てみると、「なか」と「とみ」から形成されています。 ここで思い起こされるのが、登美能那賀須泥毘古(とみのながすねびこ)との名を持つ、長髄彦(ながすねひこ)です。 登美能那賀須泥毘古(とみのながすねびこ)には、「とみ」と「なが」という音が含まれており、中臣(なかとみ)という音と酷似しています。

          藤原氏の謎。長髄彦から、麻生太郎とロスチャイルドに繋がる。

          麻生太郎とは、サカ・スキタイの「タウロイ」の子孫だったのか。

          今回は、スキタイと日本の支配者について考えていきたいと思います。 以前の記事で、徐福や天皇家とは隼人とスキタイと繋がっているのではないか、と考察しました。 上記で注目すべき点は、『アッシリアの記録では、サカ・スキタイは「アスカ人」とも書かれていました。』という点です。 サカ・スキタイが「アスカ人」であったということから、蘇我氏と大国主命とは、サカ・スキタイ人であったという可能性がでてきます。 前回の記事では、蘇我氏と大国主命とは、奈良県明日香村(アスカ)で誕生したので

          麻生太郎とは、サカ・スキタイの「タウロイ」の子孫だったのか。

          富雄丸山古墳の殉葬者とは。須佐之男と櫛名田比売の子とは、蘇我氏だったのか。

          今回は、八岐大蛇(やまたのおろち)退治神話と富雄丸山古墳について考えていきたいと思います。 上記でまず注目すべき点は、須佐之男命(スサノオ)が出雲国に降り立ち、「箸」が流れてきた川を上ると、櫛名田比売(くしなだひめ)という名の娘を間に老夫婦が泣いていた、という点です。 櫛名田比売(くしなだひめ)とは、「箸(はし)」で表される「ペルシャ」に出自を持つことが示されているのではないか、ということに気が付きました。 次に、夫婦の娘は8人いたが、年に一度、高志から八岐大蛇がやって

          富雄丸山古墳の殉葬者とは。須佐之男と櫛名田比売の子とは、蘇我氏だったのか。

          千年王国と地上天国とは、どんな世界なのかをはっきりと分かって実現していく。

          今回は、千年王国と地上天国について考えていきたいと思います。 誰もがこの地球と自然の美しさ素晴らしさに、感嘆し感動したことがあると思います。 その地球や自然を一から創りなさいと言われて、創ることができる人がいるでしょうか。 温かい血の通う心と身体、高い知能を持った人類の創り方が分かる人がいるでしょうか。 この地球も人類も、神様が創ってくださいました。 このことだけでも、神様の知能の高さが私たち人類の想像を絶していることが分かります。 神様はこの美しい世界を、私たち

          千年王国と地上天国とは、どんな世界なのかをはっきりと分かって実現していく。

          この世界の歴史と真理を知るために必要なのは、聖書とRAPTさんのブログ。

          ここ最近は、スキタイについて調べていましたが、まだまだ分からないことがあります。 そこで聖書に書かれていることから、もっと分かることがあるのではないか、という考えが浮かんできました。 ノアの息子であるヤフェト(ヤフェテ)の子孫が、黒海とカスピ海あたりからトルコ、ギリシャ、ヨーロッパ南部に広がったことが、聖書に書かれているというのです。 聖書には、スキタイの祖がノアの息子のヤフェトであることも書かれていたのです。 聖書に書かれている、ヤフェトの子孫がどこの地域に住んでい

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          富雄丸山古墳の被葬者とは、八岐大蛇と呼ばれた長髄彦だったのか。

          今回は、奈良県奈良市の富雄丸山古墳(とみおまるやまこふん)について考えていきたいと思います。 古事記に登場する、登美能那賀須泥毘古(とみのながすねびこ)の「登美」とは、この奈良市の富雄のことだとされています。 登美能那賀須泥毘古は、日本書紀では長髄彦(ながすねひこ)と書かれています。 その長髄彦本拠の碑が、富雄に程近い生駒市白庭台にあります。 それでは、富雄丸山古墳の被葬者と長髄彦との繋がりを見つけることができるでしょうか。 島根県出雲市には「富」という字を書いて「

          富雄丸山古墳の被葬者とは、八岐大蛇と呼ばれた長髄彦だったのか。

          隼人に出自を持つ神武天皇とは、人肉食信仰を持つスキタイ人だったのか。

          今回も、スキタイについて考えていきたいと思います。 次の写真をご覧になってみてください。 これを見て、私は「吉野ヶ里遺跡」の写真ではないか、と思いました。 しかしこれは、英語版ウィキペディアの「スキタイ」のページに掲載されている写真なのです。 紀元前339年の、スキタイの防衛線の復元とのことですが、吉野ヶ里遺跡の復元物見櫓や城柵にそっくりだと感じます。 それでは、スキタイと吉野ヶ里遺跡との繋がりを見つけることができるでしょうか。 上の地図を見ますと、スキタイやマッ

          隼人に出自を持つ神武天皇とは、人肉食信仰を持つスキタイ人だったのか。

          千利休とは、人肉食信仰「クロ宗」を信じていた「ヤジロウ」だったのか。

          今回は、サカ族について考えていきたいと思います。 上記により、サカという民族とは、スキタイであるという前提で進めていきます。 そして注目すべき点は、サカとはペルシャ側の呼び方で、古代ギリシャでは「サカイ」と呼んだという点です。 「サカイ」と聞いてすぐに思い起こされるのが、大阪(おおさか)の堺(さかい)市です。 ではスキタイである「サカイ」と、日本の「さかい」とは繋がるのでしょうか。 上記で注目すべき点は、スキタイ王の葬送の際に、王に仕えた者50人と馬50頭を殺して内

          千利休とは、人肉食信仰「クロ宗」を信じていた「ヤジロウ」だったのか。

          田の神の謎。田という字から、五芒星とバフォメットと国常立尊が立ち現れる。

          今回は、田の神について考えていきたいと思います。 田の神の、「田」という漢字のつくりにヒントがあるのではないか、と考えました。 そこで発見したのが、ケルトに由来する「ブリギッドの十字架」と呼ばれるものです。 そしてこの十字の形の中央にある、ひし形が重要なのではないかと感じました。 ひし形という言葉とは、「回転するもの」を意味する古代ギリシャ語に由来するそうです。 さらに「クインカンクス」というものに、ヒントが隠されているのではないかと感じました。 クインカンクスと

          田の神の謎。田という字から、五芒星とバフォメットと国常立尊が立ち現れる。