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漂流(第四章③)

第四章

3.
「先生、有難う御座いました。」
セミナーが終わり、参加者が口々にお礼を告げて立ち去る。
「お疲れ様です。諦めず頑張りましょうね。」
聡子はそれぞれに激励の言葉を返す。
北海道N市に戻り、本格的に活動を再開した。犯罪被害者の会を立ち上げて久しいが、その活動もここ数年で実を結びつつあった。比較的犯罪の少ない此処北海道でも50人を越える会員数となった。聡子はその一人一人と向き合い、理不尽な日本の司法に真っ向から立ち向かった。それはまるで禊を祓うかの様だった。自らが行ってきた数々の許されぬ行いに対して……。

宮本と決別し、このN市に戻って数年が経った。嘗て自分が育ち、そして私が私を葬ったこの街でもう一度人生をやり直そうと思った。もう一度『早川聡子』に戻りたい。そうすれば……。自分でも整理出来ていない様々な思いを、一つ一つ手繰り寄せては確認する。それを繰り返し自らに回帰していく。そしていつか真っ新な自分に戻って……。そんなに上手くいくの?もう一人の聡子が囁く。今までを全て棚上げにして、見せ掛けのボランティア精神で、都合よく生まれ変わるなど虫が良すぎやしないか?そんな葛藤と随分と長い間戦っている。こんな時あの人がいれば……。改めて宮本の存在が如何に大きかったか、思い知らされた。

犯罪被害者の会に関する意見交換会が都心で行われる。聡子は久々に機上の人となった。全国から同じような会や法曹関係者などが集まり年に一度開催されているが、聡子はまだ出席した事がなかった。自分の活動にまだ確信が持てなかったからだ。今回それが払拭された訳ではないが、この会に出席する事で現状を打開する切欠になればと、思い切って参加する事を決めた。会場は聡子が以前勤めていた法律事務所、あの秋山の法律事務所だった場所に比較的近かった。開始の午前11時まで後30分となり、高層ビルの20階にあるイベント会場には大勢の人が集まっていた。昔、裁判所などで何度も見掛けたり、一緒に仕事をした人達が沢山いた。彼らに歩み寄り旧交を温め合う。暫し歓談を続けていると、会場内に思いもよらぬ人物を見つけた。どうして?何故ここに?疑問で頭の中が一杯になる。
「それではお時間になりましたので始めたいと思います!」
唐突に司会者のアナウンスが始まった。会場全体のざわつきが徐々に収まる。しかし聡子の動揺は収まらない。
「では、最初に今回の発起人よりご挨拶が御座います。」
そしてその原因となる人物が壇上に上がる。会場が静まり返った。
「只今ご紹介に与りました、私、北村光男と申します。」


第四章④に続く

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