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47歳、独身ですが何か問題でも?【第四話】

※こちらの作品は、カクヨム・エブリスタで掲載したものをブラッシュアップしたものとなります。

【第三話までのストーリー】
 旧友が突然家に訪問し、好き勝手をするのに困り果てる時次。
 そんな中、昔好きだった女性である小夏が、急にマンションに訪れる。こともあろうことか、三谷と小夏は自分の家の風呂に、一緒に入り始めたのである……。

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第一話
第二話
第三話

第四話


ここはラブホテルではありません!

 時次は、2人が一緒に風呂に入るなり、絶句した。放心状態になりつつも、せっせと一人で後片付けを始める時次。

 風呂から出た2人は、スッキリした表情をしていた。その後、「そろそろ、寝るわ」と言い出し、2人は時次の寝室に入り、鍵をかけたのである。

「あのさ、寝室に鍵かけたら……。俺、今日寝る場所がないじゃないの」

 結局時次は、風呂場にあったなけなしのタオルを何枚も重ね合わせ、簡易布団を作った。リビングのソファーを敷布団代わりにして、寝ることにする。

 時次は、健康のために必ず22時には消灯している。しかしその日は、三谷と小夏の声が煩くて、気になって。結局、一睡も寝ることができない。

 ——これから先は、あの2人が楽しんだベッドで、毎日寝ないといけないのか。

 これからのことを思うと、時次は憂鬱になる。もしかすると、今後はベッドで寝るのが気持ち悪くて寝付けないかもしれない。ベッドごと捨てるべきか。時次は、ぐるぐると考えた。

 ふと、時次は思う。自分は、別に結婚しなくて良かったんじゃないかと。たとえ結婚したとしても、小夏だって他の男と遊んでいるじゃないか。必ずしも、結婚すれば幸せになれる訳でもなさそうだ。

 三谷だって、奥さんと会っていないという。それどころか今、他の女と同じベットで寝ているし。そう、2人とも人の家(時次の家)で……。

朝が来る

 朝が来た。結局、時次は2人のことが気がかりで一睡も眠れなかった。

 ふとソファーから起き上がると、三谷がピストルを時次に向けて、ニヤリと笑っている。隣には、それをあざ笑うかのように見つめる小夏の姿がある。

「えっ。なにこれ?もしかして、ドッキリ?」

 ぱちくりと瞬きをして驚く時次に対し、三谷はこう答えた。

「トキちゃん、ありがと。やっぱ、トキちゃんアホだよね。俺らの嘘、全然見抜けなかったんだよね?」

「えっ、嘘?」

 目を丸くする時次に、三谷はラムネの箱を渡す。ラムネの箱には、見覚えのある白いラムネの写真が掲載されている。

 ——この白いラムネ、もしかして……。

「気づいた?時ちゃん、遅いよ。俺が昨日飲んでた錠剤は、ラムネでしたーーーー!残念!僕は、余命僅かではありません」

 やっぱり、と時次は思った。三谷は、余命僅かであると、時次に嘘をついていたのだ。慌てて飲んでいた白い錠剤も、どうやらお菓子のラムネらしい。奴のことだ。体が弱っていると俺が知ったら、家をそう簡単に追い出さないと思ったのだろう。俺、なんだかんだで優しいからな……。

「俺、ロマンス詐欺疑惑で、今警察とマスコミに追われてるじゃない?困ったから、幼馴染の小夏に相談したの。そしたら、小夏が『一緒に、海外へ逃亡しようよ』って声かけてくれたのさ」

 どうやら三谷によると、小夏と海外へ一緒に雲隠れする計画を立てたらしい。しかし、海外へ逃亡するにしても、お金がない。女社長から貰った車、マンションは関係を解消した時に『全部返せ!』と脅され、既に返したそうだ。

 三谷がお金に困って小夏に相談すると、「白岩くん、貯金あるみたいよ」と答えたらしい。そこで、三谷は閃いたそうだ。時次の家に、ゆるーい感じで怪しまれないように入って、強盗をしてお金を奪おうと……。

 三谷は一連の説明をしたのち、ケラケラと笑いながら、時次の前に一通の通帳を差し出す。通帳は指でつまみ、ヒラヒラと時次の目の前で泳がせた。

 それは、時次の通帳だった。

「おい、何を考えてるんだ。やめろ!」

「トキちゃんが通帳隠す所、わかりやすいんだよね。昔から、エロ本を隠してる所と一緒だった。昔、トキちゃんの家へ遊びにいってた頃から、エロ本を物色してはパクッてたの、知らない?

あー、やっぱ。いくつになっても。おんなじ所隠してんだなーって思った!ありがとね。これで、俺たち海外に逃亡出来るわ」

 そういって、三谷はケラケラと笑う。陶器のように白い歯が、キラリと覗く。

「トキちゃん。人生は、いつ何処で何があるかわからないよ。 お金ばっかり貯めてても、有効に使えないまま死んだら、ただの紙切れと同じ。俺が、トキちゃんのお金を有効に使ってあげるよ。ありがたく思いな!」

 本当にこいつは正真正銘のクズだなと、時次は思った。人の家を散々掻き乱したあげく、今度は旧友の家に強盗へ入り、あげくの果てに銃殺しようとするなんて。

「三谷、やめろ!君の娘は、有名人だ。ただでさえ顔が全国に知れてるというのに、君が殺人事件を起こしたら、あの子はこれからどうやって生きていけばいいんだよ……」

震える声で、時次は三谷にこう伝えた。そんな時次に対し、小夏は指をさし、猛烈に怒鳴り始める。

「三谷君、こんな奴、早く殺しちゃえよ!前から、ずーっと思ってたんだって!白岩君って、ニヤニヤといつも私のことじーっと見てきて、本当に気持ち悪かったんだから!

まー、恋愛相談には乗ってくれるけど。いつも上から目線で、余計腹立つだけだったし」

「そんなに嫌いなら、最初から恋愛相談とかしなきゃいいじゃん……」

時次がそう言うと、「うるせー!他に話を聞いてくれる人がいないから、相談してやったんだよ!」と、小夏は逆ギレをし始める。

 人にさんざん相談させておきながら、この女には感謝の気持ちとか無いのだろうかと、時次は呆れた。

 ふと時次は、ショックのあまり身体のバランスを崩す。尻餅をついて、たまたまその尻が、テレビの電源スイッチをポチっと押す。

 偶然の流れで、テレビの画面が映る。テレビでは、三谷キララが記者会見を開いている。それは、三谷キララの女優引退の記者会見だった。三谷キララは、目にいっぱいの涙を浮かべている。

三谷キララ

 三谷キララは、記者会見にて涙を浮かべながらこう答えた。

「皆様。この度は、父が起こした不祥事により、各方位にて多大なるご迷惑をおかけしました。本当に、申し訳ありません。

幼き頃から、父は沢山のチャンスを私に与えて下さりました。父がいたから私も成功できたので、感謝しています。しかし、父が犯した大きな罪は、世間への私のイメージを大きく覆す事になりました。

数々の関係者の方々に、大きな迷惑をかけてしまいました。ここに、深くお詫び申し上げます。三谷キララは、本日を持ちまして女優業を引退します」

 テレビには、記者達からの厳しい質問にも真摯に受け答え続ける、三谷キララの姿がそこにあった。

 キララの姿を見て、時次はふと思う。自分も、三谷も、もしかしたら辛い現実を目のあたりにしては、言い訳や逃げ道ばかり考えていたのかもしれないと。

 だけど、物事から逃げれば逃げるほど、どんどんそれは大きくなっていく。三谷キララは、目の前の問題から、決して逃げようとしなかった。辛い事実を受け止めて、真摯な姿勢で戦おうとしている。

 スッピン姿の三谷キララは、凛としていてとても美しかった。美しい三谷キララの姿に、時次はすっかり見入ってしまう。

「キララ……」

 三谷の拳銃を持つ手が、止まった。娘の記者会見を見て、動揺している様子だ。三谷の腕が、ガタガタと震え始める。そんな三谷に、小夏は突然説教をし始めたのである。

「何やってんのよ!家族は、あなたを捨てたんでしょう?家族が憎いって、私にあんなに話していたじゃない!家族の為に、身を削って頑張ってやってきたのに、なぜ自分は捨てられないといけないのかって。

そんな家族なんて、捨てちゃいなよ!今は、私を選んでくれたんだよね?」

 小夏は、三谷の両肩を持ち、ガタガタと揺らし始める。小夏が屑な女だったと知り、さらに時次はショックを受けた。

「うるさい。ちょっとお前黙れよ……。テレビの音が、聞こえねぇだろうが……」

 三谷の声が、震えている。ふと見ると、三谷の目には涙が浮かんでいる。鬼の目にも、涙ってやつか。

「ちっ。命だけでも、助かって良かったと思え!」

三谷は捨て台詞を吐きながら、時次の預金通帳をひゅっと投げる。通帳はぱさりと音を立てて、時次の足元に落ちた。

「お金、いいの?困っているんじゃなかったっけ?」

「通帳と一緒に入ってた、現金10万円だけ貰っとくわ」

 三谷は札束をポケットから差し出し、ウインクする。その10万円は、いざと言う時のために下ろしておいた、時次のへそくりだった。

「あばよ!トキちゃん!」

 三谷はそう言い残し、小夏の手を引いて足早にその場を去った。去り行く時の三谷は、とても爽やかな笑顔だった。

 その後、警察が「ここに、三谷年也が訪れたと目撃情報があったのですが。事情をお聞かせ願えませんか?」と、調査に訪れる。時次は「何も知りません」とだけ答え、警察を追い返した。

 その理由は、時次が記者会見を見て、三谷キララのファンになったからだ。


 三谷キララは、記者会見の真摯な姿が評判となり、かえって人気が出た。本人は引退を宣言したが、世間の人気によって女優業を続行する運びとなる。

 いつの頃からだろうか。三谷キララの父親が起こしたとされるロマンス詐欺疑惑も、時の流れとともに風化されていった。その一方、三谷と噂のあった女社長が、今度は横領や投資詐欺などの事件を起こしていたことが話題となる。

 ワイドショーの話題は、今や女社長の横領、詐欺疑惑問題で持ちきりだ。

 あの出来事以降、三谷と小夏が何処に行ったのかは、時次もわからない。そもそも本当に、あの二人は海外へ逃亡したのだろうか。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。今の時次の楽しみは、三谷キララへファンレターを書くことと、ファンクラブ会報が自宅に届くこと。そして、イベント会場へ出向き、グッズに投資して、推し活をすることだ。

 あの記者会見から、人気が爆発的となった三谷キララは、有名な音楽プロデューサーによって歌手デビューすることとなる。

 三谷キララのデビュー曲は、激しい振り付けもあった。時次は慣れない手つきで、懸命に振りを覚えた。そう、三谷キララのライブで、彼女に想いをアピールするために。

 三谷キララの追っかけをしていた頃、時次はイベント会場で45歳の女性と仲良くなった。

 彼女の名前は、吉川多恵さん。45歳。2歳年下だ。2人の出会いは、三谷キララの歌手デビューイベント。時次がライブ会場で懸命に踊っている姿を見て、多恵さんは感動のあまり、声をかけたことがキッカケだ。

「振り難しいのに、完璧ですね……」

 吉川多恵に声をかけられ、時次は思わず照れ笑いをする。吉川多恵は、バツイチ子持ちの女性だった。10歳の娘が、三谷キララのファンらしい。

 娘と一緒に三谷キララを追いかけていくうちに、多恵も彼女のファンになったそうだ。今では、親子で一緒に推し活しているとのこと。時次は今、吉川多恵とその娘と、3人で一緒に三谷キララの推し活を楽しんでいる。

 人生は、いつ何処で何が起きるかわからない。健康に気を使っていても、ある日突然ピストルを向けられ、殺されることだってあるのかもしれない。時次は思う。

 時次は今、48歳。人生の折り返し地点と人は言うが、まだまだ自分の人生は、これからだと、時次は思う。

「俺はこれから思い切り、人生楽しんでやる。三谷、見てろよ!」

 時次は片手に吉川多恵の手、片手にキララの推し活グッズを持ち、颯爽と歩き続けた。

【終わり】


ご愛読、ありがとうございました。

※公開後、他話のリンクを貼る予定です。


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