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処女、官能小説家になる【第二話】

【第一話までのストーリー】
 咲子は小説家を目指して出版社に出向くと、編集部の佐藤から、元企画AV女優の月野マリアを紹介される。月野は、ストーリーを作ることに関しては天才だと、佐藤から説明を受ける。

 咲子は、編集部長の佐藤から「ストーリーを作る才能はないが、文章力がある」と評価を受けた。

 咲子はストーリーを作り上げる事に関しては天才だが、文章の書けない月野マリアとタッグを組むことを決意する。

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第二話

月野マリア

 咲子は月野に、そっと目をやる。

 月野の足元はふらふらで、おぼつかない様子だ。目は虚ろで、口は半開き。口からは涎をだらんと垂らしている。

 こんな幽霊みたいな女性と、一緒に仕事するのは嫌だ。佐藤にお願いができるなら、月野と距離を置いて仕事させて欲しい。

 咲子は、佐藤に恐る恐る「この人と同じ部屋は嫌です……」と尋ねた。

「作業は、同じ部屋じゃなくても大丈夫です」

 咲子は、ほっと胸を撫でおろす。

「伊藤様には、ひとつお願いがあります。

作品が売れたとしても、彼女のゴーストライターであることを、第三者へ絶対に言ってはいけません。

作品の著作権は、月野マリアにありますから。口止め料も含むので、報酬は割増で契約させてください」

 佐藤から提案され、咲子は「ひとつだけ、お願いがあります」と言い返す。

 咲子が欲しいのは、そもそも名誉やお金ではない。片桐との約束である「小説家デビュー」を叶えて、デートすることだ。

「佐藤さん。一人だけ、自分が作家になることを、伝えたい人がいるんです」

「それは、どうしてですか?」

 怪訝な表情で、佐藤は言い返す。申し訳なさそうな表情で、咲子は答えた。

「私には、片思い中の男性がいます。彼が『もし小説家デビューしたら、一回デートしてやる』って言ってくれたので、彼には伝えたいです」

 自分で提案しておきながら、恥ずかしさのあまり咲子は俯く。

 すると、隣で黙って聞いていた月野マリアが「あははは!」と高笑いする。

「うわ!バカ女じゃん!男なんて、本気で手に入れたいと思ったら、何が何でも頑張るわよ!

遠回しに、断られてるって、早く気づけよ!佐藤さん、こんなバカ女と何で私が、組まなきゃいけない訳?

私の創り上げる世界観、こんなロクに男と付き合った事もないような女に書けるかよ。

だってさぁ。見るからに顔が芋臭いし、官能小説なんで書けるの?

私の作品は、『元企画AV女優』が創り上げる官能小説というジャンルなんだけどぉー」

 月野の言葉に、咲子ははっと顔を上げる。官能小説?そんな話、佐藤から何も聞かされていない。

 この瞬間、咲子は「騙された」と思い、顔を真っ赤にした。頬を膨らませる咲子に対し、月野はケラケラと笑いながらこう答えた。

「あなたに、官能小説なんて書けるのかしら?」

「わからないです」

 咲子が答えると、ゲラゲラと月野が笑う。

「あなた、男性経験ある?」

「ないです」

「やっぱり。顔にそうやって書いてあるもん。体験していないことを作品にするって、読者への冒涜じゃないかしら。

ねえ、佐藤さぁん?人選、間違ってんじゃないですぅ?」

 そう言って、月野は私の方にフラフラ歩み寄るなり「ペッ」と頬に唾をつけてきた。唾からは、ヘドロのような異臭がする。

 この女、普段は何を食べているのだろうか。月野のスキッ歯から、苔緑のような口内が覗く。月野は、何らかの病気にかかっているのかもしれない。

 そもそも月野が電撃的にAV界を引退したのには、別の理由があるのでは……。実はストーリー作家になるというのも、単なる言い訳なのではないだろうか?

 咲子は、月野から唾をかけられ、怒りと悔しさで胸がいっぱいになった。

「月野マリアさん。ぜひ、貴方と組ませて下さい。私は、確かにあなたと違って男性経験はありません。

正直、官能小説とは何かさえもよくわからないでいます。目的も、好きな男とデートしたいが為だけに小説家を志した、実に浅はかな女です。笑いたいなら、笑って下さい。

ただし。絶対に、貴方を唸らせるような仕事をします」

 もちろん、仕事に自信なんかない。そもそも、官能小説なんて書いたことないし。それでも、言われっぱなしで終わるのは嫌だ。

 きっぱりと咲子が言い切ると、月野は一瞬たじろいた。強気だけど、本当は臆病な人なのかもしれない。

 月野は狼狽えながらも「へえ。面白いじゃん。いいよ。やろうぜ」と言い、高らかに「あははは」と笑った。

 月野と咲子のやり取りを見るなり、佐藤は「交渉成立しましたね。私も、二人の天才を目の前に嬉しい限りでございます」と、満足げな笑みを浮かべた。

 月野へ怒りをあらわにする咲子に対し、佐藤はさらに話を続けた。

条件

「咲子さんの話、了承しました。その代わり、こちらからもひとつだけ条件があります。

この情報は、皆で共有しなければならない非常にデリケートなお話です。その男を、此処に連れてきて下さい。

大した仕事は振りません。ほんの少しだけ、彼にも仕事をさせて頂きます」

 そう言って、佐藤雪は不敵に笑った。何を言っても目の色変えずに淡々と答える佐藤に、咲子はゾッとした。

 佐藤との交渉に応じるなり、咲子はすぐさま片桐に電話する。電話をかけたのは、今回が初めてだ。

 そもそも電話番号だって、本人に直接聞いた訳ではない。お節介な親友のマリコが、「咲子のためだから」と言って、勝手に連絡先を聞いてきたのだ。

 手紙ばかり書いてないで、電話してみたらいいじゃないって。それなら、面と向かって話すより楽だよと、マリコはいう。

 あなたは軽く言うけどさ。電話をかけるのも怖いから、手紙を書いて渡してるんだけど……。

 彼の目も、声も。聞いた途端、たちまち緊張して何も言えなくなってしまう。だから、あえて古典的な手紙という手法を使っているというのに。

 そもそも、他人が聞いてきた人様の連絡先に、電話なんてできる訳ないでしょう。

「あ…あの…」

 携帯を持つ手が、プルプル震える。

「何か用?急いでるんだけど」

「今から、SHOW出版社に来れる?お願いしたい仕事が……」

 すると、片桐から軽快な声で「無理。今日予定あるから」と断られた。「やっぱり、私の誘いじゃ無理かな」と、咲子は諦めかけた。

 その途端、横から佐藤雪が咲子の携帯を奪い、まくし立てるように喋り出したのだ。

「あのー。私、SHOW出版社の佐藤と申します。片桐様、お休みの所に突然連絡してしまい誠に申し訳ございません。

実は、片桐様に折り入ってお話があるのです。実は、我が出版社で片桐様にしか出来ないバイトを用意しております。

それは、貴方の大切なお友達である、咲子さんのお手伝いをするだけです。報酬は、日払いで支払わせて頂きます」

 勝手に人の携帯を奪い、交渉を淡々と行う佐藤の非常識な行動に、咲子は引いた。

 受話器越しの片桐は「えっ、報酬出るんですか?いくらですか?今、お金に困っていて……」と返答する。

 その後、佐藤雪が「時給10万円のお仕事ですよ。」と言い放つと、片桐は「大丈夫です。今から行きます!」と快く応じた。

「交渉成立です。今から、伊藤様のお友達の片桐様が、こちらに向かっています」

 表情ひとつ変えずに、佐藤は話を続けた。佐藤の背後には、お腹をかかえて笑い頃げる、月野マリアの姿がある。

 しばらくすると、片桐が勢いよくドアを開ける。

「おいっ、咲子っ!」

 片桐はハアハアと息を切らし、髪はボサボサだ。

第三話へ続く

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