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リンナとカンナ【第三話】

【第一~二話までのストーリー】
 環奈は、咄嗟の出来事から、母親を刺してしまう。その母親である「由香里」は、友人の紹介で「佐藤義男」と出会い、結婚・妊活をスタート。

 子どもに恵まれない2人は、AIロボットのサブスクリプションサービスで、赤ちゃんロボットをレンタルすることを思いつく。

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第三話

 ロボットの赤ちゃんは、AIサブスクリプションサービス「MENNTA」を経由して、佐藤家にレンタルされ、「長女の娘」として暮らし始める。


凛菜と夫婦

 義男と由香里は、AIサブスクリプションサービスを利用して、ロボットの赤ちゃんを我が子として迎えた。

 ロボットの製造先は、AIサブスクリプションサービスを展開する「MENNTA」だ。

 夫婦はAIロボットのレンタル時に、MENNTAのスタッフより、取扱方法について詳しい説明を受けた。


「こちらのロボットは、弊社商品の中でも各段に優秀なロボットとなります。なんでも、他のAIにはない感情を持っているロボットですから……」

「ロボットが感情を持っているなら、私たちもより愛着が持てそうですね」

 意気揚々とした口調で、義男はこう答えた。そんな義男に対し、スタッフは怪訝な顔をして、こう伝えた。

「ただ一点だけ、注意点がありまして……。それは、感情を持っているからこそ、トラブルを生む恐れがあります。

感情を持っているからこそ、AIがショートした時に、人間へ危害を加えるということもあるかもしれません」

「危害?大丈夫なんですか?」

由香里は青ざめた。

「大丈夫とは言えませんが、優秀な人工チップが組み込まれているので、まぁよっぽどのことがない限り、問題はないかと。

あと、こちらのロボットについて、もう一つ注意点が。こちらは、リサイクル商品から生まれたサスティナブル商品となり、本来の年齢は30歳となります。

なぜかというと、30歳までAIロボットを育てた方が、途中から『思ったように育たなかった』という理由で返却したからです。

そのため、ロボットに埋め込まれた人工知能チップには、『本来の年齢は30歳だが、0歳から少しずつ成長していく過程を演じるように』と、初期設定が施されています。

つまり姿が赤ん坊だったとしても、精神年齢は決して赤ん坊ではありません。」

「はぁ……。初期設定ですか……。」

 スタッフから話を受け、由香里は顔をしかめる。取り扱いにも気を遣いそうだし、難しそうだ。由香里は、レンタルを諦めることも考えた。

 渋い顔をする由香里に対し、「取り扱いに注意は必要ですが、それでもよっぽどのことがない限り、大丈夫ですから」と、スタッフはさらに話を続ける。

「お客様、ご安心ください。そもそも初期設定の必要性と、ロボットの精神年齢を30歳としている理由は、成長の過程でバグ(故障or不具合)を起こさないためです。

人工知能には、周囲に溢れる言葉や映像、画像を記憶して育っていく性質があります。

AIは最初からまっさらの状態だと、記憶する言葉、映像によっては凶暴化するなど、危険を生む恐れがあるのです。

だからこそ、初期設定をしっかり行うことで、環境に伴う悪影響を最小限にとどめることができるのです」

「じゃあ、大丈夫そうですね」

由香里は安堵した。スタッフは、にこりと微笑む。

「いざという時は、サポートも承っておりますのでご安心ください。

ただ、いくら初期設定をしても、数多くの凶暴な言葉、刺激を与えれば悪影響を受けて、悪い方向に人工知能が成長してしまう可能性も否めないのですが……。

そのような理由から、他のAIロボットが平均年間100万円以上のレンタル料金がかかるのに対し、こちらのロボットは格安の年間10万円で貸出を可能としているのです」

「それは、お得ですね。では、こちらのロボットを契約させてください」

 義男は、契約書にサインをした。スタッフの話によれば、MENNTAは人工知能、AIロボット業界で、国内シェア率ナンバーワンを狙っているメーカーだそうだ。

 義男も、もちろん何も調べずに契約した訳ではない。企業の資本金や経営状況などをリサーチし、その他にもインフルエンサーや著名人がこぞって利用しているのを確認した上で、安心して利用できると感じ、契約に進んだのである。

 その後、2人の元にかわいい赤ちゃんロボットが訪れることとなる。

 義男と由香里は、「凛とした美しい女性になれますように」という願いを込めて、ロボットに「凛菜」と名前をつけた。

「この子は赤ん坊のうちから、落ち着いた雰囲気をしているね。あまり泣かないから、育てやすいし。成長が楽しみだな」

 赤ん坊ロボット姿の私を見て、義男はこう答えた。

凛菜

 赤ちゃんロボットの凛菜は、佐藤義男と、由香里の間にレンタルされているAIロボットだ。

 凛菜は、自分の親である2人のことを心配していた。その理由は、ロボットを提供しているMENNTA側が、この夫婦に対して「人工知能がもたらす悪影響」に対し、注意喚起を十分に行っていなかったからに他ならない。

 MENNTAは、国内シェアナンバーワンを目指している企業だった。

 悪い情報は排除して、少しでも「いい評判」といったポジティブな情報を流すことが、商品のイメージアップに繋がるというのが、MENNTAの考えである。

 そこでMENNTAは少しでも売り上げを伸ばすために、AIロボットをインフルエンサーにモニター利用させ、感想をTwitter、InstagramといったSNSへ積極的に拡散していた。

 フォロワーの多いインフルエンサーを宣伝へ多く起用したことにより、今や「#MENNTA」は連日トレンド入りを果たしている状況だ。もちろん、有名になれば悪い情報が出ることも避けられない。

 MENNTAのAIロボットは、開発ままならない状態でサービス提供を開始してしまったため悪い方向に進んでしまう、または「バグ(故障、不具合)」が起きるケースも日常茶飯事だった。

 なかには、レンタルロボットの知能が発達しすぎたせいで、爆弾を作成してテロ行為を起こしたという危険なニュースも少なくなかった。

 ところが「MENNTA」は、商品トラブルがあった場合も大きな問題になることもなく、順調に業績を伸ばしていった。

 その理由は、悪い情報が流れそうになったら、すぐに「新サービスのお知らせ」を提供することで、火消しを必死に行ってきたからだ。

 トラブルが起きても「火消し」に奔走してきた企業が作ったロボットである凛菜自身も、「いつ自分が壊れるのか」と怖くて仕方なかった。

 さらに身の危険を感じたのは、佐藤家が私をレンタルした1年後に、実の子ども「環奈」が誕生した時である。

 この「環奈」という妹は、佐藤夫婦の「本当の子」ではない。環奈の父親は、この家で暮らす父「義男」ではなく、母「由香里」が不妊治療で出会った別の父親との娘だ。そう、母の由香里は他の男と不倫をして、子どもを身ごもったのだ。

 そして不妊の原因も、自分ではなく「義男」にあることを、由香里はよく理解していた。

 不妊治療クリニックで、由香里は医師から父の精子に問題があることを指摘されることとなる。由香里がそのことを父に伝えても、「俺のせいじゃない」と一向に聞くことはなかった。

 由香里はその時、ふと思ったのだろう。他の男性となら、もしかしたら赤ちゃんが授かれるのではないかと。

 それにしても、不妊治療クリニックで出会った男と不倫関係に落ちるなんて、愚の骨頂だと凛奈は思う。

 由香里は、凛菜を連れて、その男とマメにデートを重ねていた。男の名前は、「澤部健」と言った。

 澤部は不妊治療クリニックで、虚ろな表情をしている由香里と出会う。

 2人は最初、お互いに会釈する程度の関係だったが、次第にお互いの治療における進捗状況について、話をする仲になった。

「澤部さん、今度私、採卵するんです。澤部さんの奥さんは、採卵日決まりましたか?」

「うちは以前、採卵で何度か失敗してて……。もう心が折れてるみたいで、今は少し休んでいるというか。

「すいません。そんな時に、私の話ばかりしてしまって。」

「ははは。いいんです。僕も、治療の待合でこうして話せる人がいるだけでも、心が楽になるので」

 最初は他愛ない会話を繰り広げていた2人だが、少しずつ距離が縮まり、不妊関係となった。こともあろうことか、なんと由香里は澤部との子どもを妊娠したのである。

 由香里はその時、孕った子どもが義男のものではないと理解していた。ただ、ここで事実を伝えて大事になるのを避け、タイミングで授かったと義男に嘘をついた。

 そして由香里は、妊娠の事実でさえ澤部に「妊活が成功した」と嘘をつき、そそくさとクリニックを後にした。

 由香里は子どもに、「環奈」と名前をつけた。環奈が生まれると、両親は凛菜そっちのけで環奈を可愛がるようになる。

 凛菜は、この夫婦の「子どもが欲しい」というエゴに振り回されているだけの存在であることに気づき、虚しさを覚えていた。

 凛菜は赤ちゃんの姿こそしているものの、リサイクル型のため、精神年齢は以前の「30才」のままだ。ただ、利口なロボットのため、夫婦の前では赤ちゃんのフリを懸命に演じていた。

 人間とはつくづく勝手な生き物だ……。便利な技術が生まれたら人の欲望を満たすために使い、お金に変えようとする人間のなんと多いことか……。私もどうせ、また消費されて捨てられるのだろう。

 凛菜は義男と由香里の態度を見るなり、ふぅとため息をついた。ただし、環奈が生まれてもなお、夫婦は「MENNTA」に凛菜を返却することはなかった。

 そもそもこの夫婦が「MENNTA」へ凛菜を返さないのは、世間体を気にしているからに他ならない。

 佐藤夫婦は、すでにAIロボットをレンタルした瞬間に「子どもができた」と、周囲に伝えている。世間の目がある限り、いくらレンタルしているからとはいえ、そう簡単にAIロボットを返却することはできなかったのである。

 仕方ない。夫婦の考えを考慮し、大人しくこの状況を見守るか……。やっとの思いでできた我が子と、幸せなひと時を過ごす夫婦のことを、温かい目で見守っていこうじゃないか。凛菜は、仕方なくこの状況を受け止めることとした。

 ところが、義男と由香里の風向きが変わったのは、環奈が生まれて3才になった頃だった。

第四話へ続く


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