47歳、独身ですが何か問題でも?【第三話】
※こちらの作品は、カクヨム・エブリスタで掲載したものをブラッシュアップしたものとなります。
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第三話
余命
本当に、三谷は余命一週間なのだろうか。
ふと時次は、高校時代を思い出す。三谷は、いつも都合の悪いことがあれば、嘘をついて逃げる癖がある。
それを実感したのは、三谷と時次が帰宅途中、不良に絡まれた時だ。喧嘩をふっかけてきた不良に対し、三谷は「父がこれから手術で……」と、ホラを吹いた。
「大変だな。親父によろしく言っとけ」
不良はそう言って、掴んでいた三谷の袖をそっと離す。不良が立ち去った後、三谷は「不良は、人情に弱いからね」と、ほくそ笑んだ。時次はゾッとした。
顔色ひとつ変えず、あの男は平気で嘘をつく。もしかしたら、今回も嘘じゃないだろうか。それに余命僅かなら、20数年会っていない自分に会うより、他にやることなんて、一杯あるはずだ。
戸惑いを隠せない時次に、三谷はこう言った。
「そういえばさ。トキちゃん。小夏に、きちんとあの時の思いは伝えたの?何も伝えないままだと、あとで後悔するよ」
「はぁ?この後に及んで何を言ってるんだよ。お前、自分のしたことわかってんのかよ」
時次は、強い口調で言い返す。ふざけるな。そもそも三谷は、小夏へ遊び半分で手を出したのだ。だから、自分はもう小夏のことを諦めるしかなかったというのに……。
いまだに時次は、その時のことをまだ恨んでいた。時次は、三谷をキッと睨みつける。
「おいおい。そんな怖い顔すんなよ。あの時は、俺が悪かったよ。あの頃、俺は本当にトキちゃんと、小夏の仲を取り持とうって思ってた。本当だよ。今となっては、信じて貰えないかもしれないけど……」
「嘘だ。絶対、嘘だ。俺は信じない」
頑なな時次に対し、三谷は落ち着いた口調で、さらに話を続ける。
「だって。トキちゃんなかなか自分から動かないからさぁ。俺が何とかしないと、どうにもならないって思った。それで、トキちゃんの職場へ用事を装って行ったのさ」
「そういうのを、余計なお世話っていうんだよ!」
「まぁ、落ち着いて聞いて」
時次が声を荒げると、三谷が諭そうとする。
「トキちゃんの職場に行くと、小夏から『お久しぶりね』って声かけられた。そこで、小夏から飲みにいかないって、誘われた……。
いや俺は帰りますって、断ったんだけど。強引に誘われたから、そのままフラフラついていってしまって。お酒で記憶が飛んで、気がつけばそうなっちゃってて……」
三谷の話によると、時次の会社へ訪問した際に、小夏から飲みへ誘われたらしい。小夏はおそらく、三谷のことが前から好きだったのかもしれない。事実であったとしても、正直そんな話は聞きたくないと、時次は思った。
「もういい、わかったからやめてくれ」
時次はそう言って、両耳を塞ぐ。しかし、三谷は話を止めようとしない。むしろ表情は、意気揚々としている。彼にとっては、武勇伝の一つに過ぎないのか。それとも……。
「小夏には、『ごめん。俺、小夏とはやっぱり深い仲になれない』って、あのあと断ったんだ。そしたら、うわぁぁって泣き出されたんだよ。
正直、どうしようと思ってすごく悩んだんだけど、昔からの幼馴染だし放っとけなくてさ。ちゃんと彼女のことは『ごめん悪かった。酒の勢いによる過ちだから、忘れて』って慰めたから、安心して!」
酒のせいにするなんて、あまりにも酷すぎる。三谷は本当に、人としてどうかしている。
「あれから、トキちゃんのことがずっと心配だった。自分のせいで、小夏と関係がギクシャクしたままだったら、どうしようって。
このままじゃ死にきれないから、勇気をだして、この前小夏に電話したんだ」
「三谷、そういうの余計なお世話っていうんだよ……」
「でも、ずっと心配していたんだ」
三谷は、うるうるした瞳で、時次の手をそっと握る。
「小夏には、トキちゃんのことも聞いた。トキちゃんは、まだ独身だって言ってた。小夏からトキちゃんが独身と聞いて、心配になった。独り身で、寂しくないかなぁって」
三谷は、時次の肩にそっと手を置く。時次は、「だからそういうの、いいって」と、困惑した表情で手を振り払った。
突然の訪問
しばらくすると、再び「ピンポーン」と、チャイムが鳴る。インターホンの画面に映る人物を見て、時次は震える。かつて恋焦がれた小夏の姿が、そこには映っていたのだ。
なぜ、小夏が俺のマンションに?三谷の表情を見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべている。もしかしたら、三谷が呼んだのかもしれない。時次は、小夏を部屋へ入れることにする。
小夏は、部屋に入るなり三谷のもとへ駆け寄った。
「三谷君。この前、連絡くれて嬉しかった。ここにいると思って、私着ちゃった。電話で繋がった時、凄く嬉しかったんだから」
そう言って、三谷にぎゅっと抱き着く小夏。過去に思いを寄せていた女性が、他の男に愛を訴えてる。それも、時次が一括で購入したマンションの一室で……。
——このマンションは、コツコツ株式投資と節約で、やっとの思いで買ったんだよ。いつか大切な人ができたら、その人と幸せに暮らすために先行投資として購入したマンションだというのに……。
「最悪だぁぁぁ!」
時次は、頭を抱えて叫んだ。
「小夏、そんな男はやめておけ。あと君は、もう既婚者だろう?何を考えているんだ……」
時次は、小夏にきっぱりと告げる。
「うるさい。あなたは黙っていて」
小夏からは、冷たくあしらわれた。小夏は三谷の前では女の顔をするのに、時次にはチベットスナギツネのような表情だ。それは小夏は、時次のことを男として一切見ていないからこそ。
——あんなに、親身になって恋愛相談に乗ったのに……。
ふと時次が三谷の姿を見ると、必死に笑いをこらえ、お腹を抱えてうずくまっていry。
「おい、体がしんどいのか?」
時次は、心配して声をかける。三谷は、目に涙を浮かべている。
「トキちゃん、かっ……かっこいいよ。でも、冷たくあしらわれすぎだって!腹痛い!痛いよ!おっ、面白すぎだよ、トキちゃん!」
どうやら、三谷は必死に笑いを堪えているようだ。どこまでも失礼な奴だ。時次はムッとする。三谷はしばらくすると、タバコをぷかぷかと吸い始める。
「おい!壁に、タバコのヤニがつく!匂いが残る!ベランダで吸え!」
時次が慌てると、小夏も隣でタバコを吸い始めたのである。
「小夏、お前タバコ吸う女だったのかー!職場では、タバコ吸わないじゃないか!清楚だと思っていたのに!」
「タバコ吸うから清楚じゃないって、男性のそういう考え嫌いです」
小夏はきっぱりと言った。
「ねぇ、君って……。そんな女だったの?」
目を丸くする時次に対し、小夏はこう言い放つ。
「タバコを職場で吸わないのは、そこが禁煙エリアだからです。勝手にタバコを吸わない女だなんて、決めつけないでくださーい!」
——俺の昔のマドンナが、こんな人だったなんて……。
三谷は、小夏に「セブンスター吸える?これも、美味しいよ?」といって、タバコを1本渡す。そしてライターに火を灯し、小夏のタバコに火をつけた。
「私、マルボロ派だけど……。まぁ、それでいいわ。ありがと」
小夏はそう呟いたのち、タバコの煙をぷかーっと吐き「うめぇぇ」と叫んだ。小夏の鼻の穴から、タバコの煙がブォーッと勢いよく流れてゆく。
時次は「いやぁぁぁ!俺の元マドンナがぁぁ!」と、絶叫する。
人の家で、タバコ吸うなよ!
「おい!お前、人の家でタバコ吸うな!三谷も、タバコを勝手に与えるなぁ!あー、なんて日だぁぁ!」
時次が叫んでも、誰も言うことを聞かない。すっかり舐めているのだ。その後も、三谷の我儘は止まらない。
「風呂入りたい」
「タバコ買ってきて」
「ゲームしたいけど、この家ゲームある?」
小夏も三谷につられて「お腹空いたから、白岩くん何か作って」と言い出す始末。結局時次は、彼らのために手料理を振る舞ってしまった。独り身生活が長いせいか、時次は料理の腕も一人前だ。
「卵炒飯作ったけど、食べる?」
手料理を振る舞うと、三谷と小夏は「うめぇぇぇ!」と叫びながらガツガツ食べ始めた。
三谷は調子に乗り、「酒持ってきて!」と、言い出す。その後、三谷と小夏は酒で酔っ払いながら、人の風呂に勝手に入り、キャッキャと楽しみだしたのである……。
「あいつら風呂、一緒に入りやがった……」
やがて風呂の方から、2人のキャッキャウフフといった楽しそうな声が響き渡る。このマンション、ラブホじゃないんだけどな……。
【続く】
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