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詩の一行

第三詩集『約束』が、無事コールサック社から上梓されて、埼玉詩人賞と日本詩歌句随筆評論大賞詩部門の優秀賞が頂けた。その間に、H氏賞と日本詩人クラブ新人賞、それに歴程新鋭賞の候補にもこの詩集はなったので、いろいろな方から激励のお葉書が来ていたのだが、その中に鉛筆書きで、やさしい筆跡の葉書が一枚あった。童話屋の田中和雄さんからだった。私は少し緊張した。童話屋さんは、よく書店の棚に「ポケット詩集」という小さな版の名詩のアンソロジーなどを置いている、その版元さんだ。
私は、まだ第二詩集の『スパイラル』を出す前、絵本の『あおいねこ』を、画家の宮本光信さんの装画で出版した頃だったと思うが、谷川俊太郎さんの詩集が岩波文庫から出るので、その記念講演会が浦和のコミセンであります。という小さな貼り紙をみつけて、早速申し込んだ。整理券は確か7番だったので、相当前の方の席。谷川さんのほぼ真正面に座れた。
まず、岩波少年文庫の元編集長さんが、車椅子に座って谷川さんの詩のどこが素晴らしいか、というようなお話を一生懸命に時間をかけて話していたら、谷川さんはふいにいらいらしたようにマイクを、そのひとから奪い取ってこう叫んだ。「話が長いよ!年を取って、エゴイストになっちゃったんだね!」元編集長さんが「エ・・ゴ?」とつぶやくと、谷川さんははっきりとした口調で言った。「自己中心主義のことだよ!」
困ったように、岩波文庫の若い編集者さんは言った。「えー、この度岩波文庫から、生前の詩人として初めて、谷川俊太郎さんの詩集が出版される運びとなり、お父様の谷川徹三さんも草場の陰で誠にお喜びかと」すると谷川さんは再び大きな声で言った。「喜んでるよ!見栄っ張りだったからね!」
皆がしーんとしたところを見計らって、マイクを持った谷川さんは言った。「僕が司会しちゃダメかな?みんな、余計なことばっか言ってるからさ!」しかし、これには壇上の皆さんが沈黙している。
何とか、会が終わって、最後にサイン会になった。私は、谷川さんの詩集の『絵本』の復刻版にサインをお願いした後、恒例のようにうろうろとしていると、童話屋の田中さんが見つかって、そこで図々しく名刺交換をさせていただいたように記憶している。田中さんの葉書には、こうあった。
「詩集『約束』をお送りくださいましてありがとうございます。詩の一行が大きな変革になる歴史もあります。ご健筆をお祈りいたします」
私は嬉しかった。あまり泣いたりはしない方なのだが、この葉書には嗚咽した。ここまで頑張ってきて、本当によかったと思えた。若葉が萌えいづる季節のことだった。

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