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男性が描く女性と子供たちの物語 久松静児監督『月夜の傘』

男性が描く女性と子供たちの物語 久松静児監督『月夜の傘』

冒頭で子供たちがシューベルト作曲『野中の薔薇』を歌っているが、向田邦子は「のなか」を「よなか」、つまり『夜中の薔薇』だとずっと思っていた、というエピソードがある。『月夜の傘』も、月夜に傘は要らないのであって、なにか「夜中の薔薇」みたいな勘違いか、言葉遊びのようなものを考えていたら、見つけたのが「月夜の蟹」。月夜に捕れる蟹は身がやせていて美味しくないことから、「見掛け倒し」を意味することわざだそうで

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プロの仕事が響き合う 蛭川伊勢夫監督『東京の空の下には』

プロの仕事が響き合う 蛭川伊勢夫監督『東京の空の下には』

易者である藤川(宇野重吉)の人生の一幕。その顧客や家族、仕事仲間、近隣の人々に悩まされ、翻弄されながらも、人情や真理に背中を押され、新しい道を見つけていく。

この頃、映画を観るときに気になるのは、「誰を」「どのように」描いているか、ということだ。強者なのか、弱者なのか。弱者はどうしてそのような境遇にあるのか。その行動の背景には何があるのか。人は何に潰され、何に救われているのか。ストーリーもわかり

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周辺によって浮き上がる存在 レミ・シャイエ監督『カラミティ』

周辺によって浮き上がる存在 レミ・シャイエ監督『カラミティ』

アメリカの西武開拓時代。新天地を求めて厳しい旅をする一団。その中にいた少女、マーサ・ジェーンの成長ストーリーであり、フランスおよびデンマークのアニメーション映画。実在した、初の女性ガンマン、カラミティ・ジェーンと言われる女性の子供時代である。

「信念を曲げない」「男まさり」「自分らしく」…公式サイトのコメントなどに見られる、当然に生じうる感想を見るにつけ、どうにも違和感を感じてしまっていた。確か

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慈悲こそ公正ーデスティン・ダニエル・クレットン監督映画『Just Mercy』

慈悲こそ公正ーデスティン・ダニエル・クレットン監督映画『Just Mercy』

最初に主張したい。この映画の邦題はミスリーディングだと。邦題である『黒い司法 0%からの奇跡』からイメージされるのは、「司法制度の闇」である。だが少なくともこの物語において、人を救ったのは司法制度だった。黒人の問題だから「黒い」という言葉を使い、裁判のストーリーだから「司法」という言葉を持ってきたのならあまりに安直で不適切だと思う。

また、言うまでもないが、ジャズも黒人の悲しみから生まれた音楽で

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渾身のプロテスト映画 大島渚監督『戦場のメリークリスマス』

渾身のプロテスト映画 大島渚監督『戦場のメリークリスマス』

「デヴィッド・ボウイの美しさ」「坂本龍一、ビートたけし、内田裕也など、当時役者でなかったキャストによる新たな魅力」としての映画レビューが多く見られる。そういった映画の要素は手段に過ぎない。この映画の目的たるメッセージは、4Kデジタルリマスター版のポスターにあるように「戦争の闇」である。兵士にもたらされる傷は戦闘によるものだけではなく、かつそれは日本人によってもたらされたものだった。

「戦闘シーン

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キャベツ、そして市川準監督『トキワ荘の青春』

キャベツ、そして市川準監督『トキワ荘の青春』

キャベツというのはつくづく損な役回りだと思う。あらゆる場面になくてはならないものとして登場するのに、単体では主役になれない。枝豆なら茹でて塩をふるだけで他の材料がなくても人気者になれるし、玉ねぎでも水にさらして鰹節、醤油をたらせばファンが生まれる。言うなれば、大抵の野菜はワンマンライヴができるのに、キャベツは常にスターの前座という立ち位置なのだ。

『トキワ荘の青春』とは市川準監督の1995年制作

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フランク・キャプラ監督『群衆』

フランク・キャプラ監督『群衆』

作品との出逢いはたまたまだった。ゴールデンウィーク中に、映画を1本観たいなと思い、自宅にあるDVDから未見のものを選んだ、というに過ぎなかった。「あまりよくできた作品じゃないな」と思ったままに、フィルマークスに感想を公開したことを今となっては後悔している。その後何日か、本作への違和感に悩まされることになった。そして英語版のウィキペディアを見てみて、その違和感が邦題に原因があることに気づいた次第であ

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庵野秀明監督『シン・エヴァンゲリオン劇場版』

庵野秀明監督『シン・エヴァンゲリオン劇場版』

『新世紀エヴァンゲリオン』はウィキペディアによると1995年から1996年に放送されたテレビアニメ作品である。当時の影響はすさまじく、黒や赤の画面に、縦横無尽にメッセージが散りばめられた表現の衝撃はよく覚えている(蛇足だが、同時期に同じく人気を博したNHKドキュメンタリー番組『映像の世紀』のオープニングにも似た手法が使われていて、そちらも格好良くて好きだった)。テレビシリーズ終了後も、映画作品とし

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イグナシオ・フェレーラス監督『しわ』

イグナシオ・フェレーラス監督『しわ』

Amazon.com・アプリ「映画ランド」でも投稿した映画レビューを、「Filmarks」でも投稿しました。

(以下、見やすさを鑑み、本文を追記します)

(2020/8/16付「アマゾンレビュー」、及び「映画ランド」に掲載のレビューと同じ内容です)

スペインといえば私の大好きなフラメンコの故郷。自分とは歴史が違う、骨格が違う、発想が違う。そんな人々の舞踊やカンテ(唄)を見聞きするたびに、彼ら

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アーサー・ジョーンズ監督『フィールズ・グッド・マン』

アーサー・ジョーンズ監督『フィールズ・グッド・マン』

なぜか新聞社からのレヴューに「寓話」というワードがあるが、寓話ではなく実話である。なおかつ「自分のキャラクターが無断利用されているのを放置したときに考えられる(とは言っても超悲観的な弁護士すら想定しないであろう)、最悪のシナリオが現実化したケース」と言っていい。本件映画はそのキャラクターの作者に降りかかった悲劇を追ったドキュメンタリーである。

問題となったキャラクターは"ペペ(Pepe)"という

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