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蒼色の月 #137 「アパート探し③」

悠真の大学のアパートについて、私は夫にメールをした。

「悠真の大学のアパート探しの件ですが、良い物件が見つかりました。1DK〇万円です。家具家電付きです。格安物件です。仮押さえできるので今のうちにしたいと思います。お返事ください。よろしくお願いします。 麗子」

しかし、返事は来なかった。
裁判所で、進学について私と連絡を取り合うと約束したのに。
やっぱりか。
あの人はこういう人。
和也くんのところは既に仮押さえしたという。
めったにない、安くていい物件で、尚且つ同じ高校から行く友達が入るであろうアパート。
おそらく、このまま黙って待っていたら夫から返事は来ることはないだろう。
私は夫の携帯に電話をした。
出ない。
忙しいのか。
設計事務所に電話をした。
社員が出た。

「お久しぶり、麗子です。みんな元気かな?所長に代ってもらいたいんだけど」

社員の手前出ないわけにはいかなかったのだろう、不機嫌な声で夫が出た。

「…なんだ?」

やはり怖い。自分から電話したくせに。

「メール読んだよね。書いたとおりだから。勝手にことを進めちゃいけないと思ってメールしました」

「お前さ、なに勝手なこと言ってんだよ。だれが金を出すと思ってるんだ?」

「だからこうやってちゃんと相談してるじゃない。とても条件が良いんだよ。それで他より安いんだから、あなたにとってもいいですよね?疑うならネットで調べてみて、そしたらあそこが良いってことがわかりますから」

「金を払うのは俺だ。だから決めるのも俺だ。お前や悠真じゃない」

「調べて早く決めてください。遅くなって結局高いアパートに入ることになったら、あなたも嫌ですよね」

「うるさい」

そう言って電話は切れた。
本当はもう一度かけて、話の続きをしたいところだが、仕事中に電話したのだからゆっくり話せないのはわかる。
私は、夫からの電話を待つことにした。

その夜悠真が言った。

「お母さん、和也ね、あのアパートの2階に仮押さえしてもらったんだって。うちはいつする?できたら俺も2階がいいな」

「うん…今ね。お父さんにもネットであの物件見てもらってるから。お父さんのOK出たらすぐにする」

「お父さんか…」

お父さんのOK…そう聞いた途端に悠真の顔が曇る。
そうだよね。
そんなこと聞いたら不安になるよね。
せっかく新生活に思いを馳せる楽しい時期なのにね…ごめん。

「悠真、絶対大丈夫だからだからあなたはなにも心配しないで受験勉強だけ頑張りなさい!明日にはお父さんからOK出るから」

私はとんだ嘘つき女に成り下がってしまった。
でも…あなたならこの時、悠真にどう言った?
本当のことを全部話した?
考えは人それぞれ。
大事なものの優先順位も人それぞれ。
私には子供以上に大事なものはない。
苦しめないためならば嘘もつく。
私はそういう人間だ。
後悔はないと言ったら嘘になる。
でも今はこの方法しか私にはない。

夜中まで夫の電話を待ったが、やはりかかってくることはなかった。
夫にはもう、普通のやり方は通用しなくなったのか。

mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!