見出し画像

蒼色の月 #129 「第三回離婚調停④」

つい勢いで「夫と対面でお願いします」と言ってしまった。
考えただけでも息が詰まる。
できれば、そんな恐ろしいことはしたくない。
不倫してからの夫は、暴言、無視、敬語、間接的暴力、兵糧攻め等々ありとあらゆるモラハラ、パワハラを私にした人だから。
でも、このまま別室での調停を続けて「返事は次回で」などと言われたらもう間に合わない。
今は一月半ば。
次調停があるとすれば2月半ばか3月頭。
仮に長男が大学に合格しても、入学手続き期限がが過ぎてから、お金を出すなんて言われても遅いのだ。
入学手続きに間に合わせるには、今日この場ではっきりとけりをつけないと間に合わない。

夫がお金を出すことを、法的に強制できないのであれば、あとは私が私の力でどうにかするしかない。
それには体面でやるしかない。
なんとかするしかない。
私はそう自分に言い聞かせた。

「麗子さん、もし万が一、麗子さんの具合が悪くなったりしたら、その場で止めることもできますから、ちょっとでも苦しくなったらすぐにおっしゃってくださいね」

結城弁護士は、私が一年以上安定剤を服用していることを知っている。

「はい…大丈夫です。私やります」と私。

「じゃあちょっと、調停委員に同席のこと話してきますね」

結城弁護士が、相手方待合室を出て行くと、私は急いでカバンから安定剤を取り出した。
そうだ、ここでは水がない。
水なんて言ってる場合じゃない。
きっとすぐに呼ばれる。
私は無理やりカラカラののどに、その白い粒を飲み込む。

絶対に負けられない…
今日だけは一歩も引き下がれない…

すぐに結城弁護士が戻ってきた。

「先方との対面が許可されました」

「先生、私、夫の前でうまく話せるでしょうか。さっきは夫がいなかったから、あんな風に話せただけだと思うんです…」

急に腰が引ける私。

「麗子さん、調停委員が聞いたことはちゃんと裁判官にも伝わります。あそこで麗子さんが、話したことは裁判官にも届きます。だから麗子さんが思うことを話してください。私なんかが代弁するより、麗子さんの場合はご自身の言葉で話された方がいい。大丈夫です。自信を持ってください」

「先生がそうおっしゃるなら、私頑張ります…」
と心とは真逆のことを言ってみる。

「大丈夫です。隣には私がいます。では麗子さん、行きましょうか」

「はい」

そう返事をしたものの、廊下を歩く私は顔面から血の気が引いていくのを感じた。調停室には夫がいる。
私を一年以上にわたって痛めつけた夫がいる。

夫と会うのは進学の相談をするために、夫を我が家に呼んだあの日以来だった。


mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!