蒼色の月 #132 「離婚調停不成立②」
「はい…わかりました」
やった。
夫がやっと出すと言った。
この一言を聞くために、私はどれだけ気をもみながら長い時間待ったことだろう。これで悠真を、希望通りの大学に進学させてやれる。
それだけではない。
悠真に進学費用を出すということは、続く2人も何年後か進学の時、出してくれと主張しやすくなる。この件はその道を拓いたことになる。
やっとここまで来ることができたのだ。
しかし、私の役目はこれでは終わらないのだ。
「すみません。いいですか?」と私。
「はい、どうぞ」と調停委員。
「夫とは会う機会がありませんし、電話しても出てもらえない状態で、話し合える機会が全くないので、この場を借りて話したいことがあるんですがよろしいでしょうか。進学費用のことなんですが」
「どうぞ。どんなことでしょう」と調停委員。
「長男は、間もなく大学の2次試験です。それに合格したら、2ヶ月も経たないうちに東京に引っ越すことになります。なので夫に確認したいのです。進学費用とは、何を指してそう言っているのか。後から、これは出さない。これは進学費用に入らない。とか言われても困りますので」
「なるほど、続けてください」と調停委員。
私は事前に用意してきたメモを読み上げた。
「大学の入学金、授業料、その他、随時大学に支払うお金の全て。大学で使う教材費一式。大学在籍期間のアパート代。家財道具一式の準備金。在学中の電気代、水道代、ガス代、インターネット代その他食費等生活にかかる費用。これを進学費用とこちらでは、認識していますがそれでよろしいでしょうか」と私。
「……」
夫は腕を組んでなにも言わない。
「旦那さん、今の奥さんの申し出ですが、常識の範囲内であると思いますがそれでよろしいいですかね?」
と調停委員。
「あの…読み上げるだけではなんなんで、一応コピーもしてきましたのでお渡しします。この場で確認していただきたいのですが。夫側で腑に落ちない箇所などあれば、この場で指摘していただきたいのです」
私はそう言うと夫の弁護士にコピーを渡した。
「旦那さん、まずはじっくり見ていただいて、なにか異論がないならそれでよろしいですよね」
と調停委員。
「バ、バイトは、バイトはさせないのか?!」
このまま言いなりにはならないぞ、とばかりに夫が強い口調でそう言った。
「もちろん、バイトをすると本人も言っています。奨学金申請もしています。親のお金だけで悠々自適な大学生活を送らせようなどとは、私も鼻から思っていません」と私。
「そうですか。バイトするとおっしゃってるんですか」
と調停委員。
「はい。バイトして働く大変さも学びつつ、ベースの部分は夫と私がこのために貯金してきた資金があるのですから、そこから出してやるべきと私は思っています」と私。
「寮は?なんでアパートなんだ?寮のほうが安いだろ?」と夫。
「寮は同じ大学を受験するお子さんの親御さんと調べましたが、現在入れる寮はありませんでした」
「……」
「他には?」と私。
よし、言いたいことは一応言えた。夫の苦虫をかんだような顔。
調停委員が時計を見た。
「時間も過ぎましたので、進学費用の件は了解ということで、それでいいですね?旦那さん?」
「……」
「いいですね?」
また時計を見た調停委員が、夫の返事を促す。
夫は小さく頷いた。
「それでは」
と調停委員が言いかけた。
「それからなんですが」と私。
「まだなにか?」と調停委員。
「はい。進学にあたりこれから準備していくわけですが、それにはお金を出す夫に聞くこと連絡することが、必ず出てくると思うんです」と私。
「たとえば?」と調停委員。
「ここに売っているこれを買おうと思うのだけど買っていいかとか、値段のこともありますんで」
「なるほど」
「ですから夫にお願いしたいのは、私から連絡を取れるようにしてほしいということです」
「どんな?」と調停委員。
「はい。まずは私の電話に出てください」
「それはそうですね。そこはお二人で話し合うべきことが、出てくるでしょうからね」
「はい。買ってしまってから、そんなの買っていいとは言ってないとかごねられるのは困るんです」と私。
「旦那さん、それは対応していただけますね?」と調停委員。
「はい…」
ここまで…
ここまでが、私が今日やり遂げようと思って来た目標。
やった…やり遂げた。
私が?
そうだ。
あの小心者の私がだ。
夫にも義父母にも美加にも、やられてばかりだった私がだ。
mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!