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BBAヲタと更年期

 会場に小走りで向かったのは、グッズ目当てではありません。

 「大丈夫? あとちょっとだから」
 ひとつ年上のヲタ友を励ましつつ、私は先を急ぎました。
 ヲタ友の額には、脂汗が浮いています。
 「ごめん……やっぱり、そこのトイレに寄ってっていい?」
 切迫詰まって申し出るヲタ友。
 開演時間は迫っており、今からなら会場のトイレを目指したほうが早そうです。
 そう説いてみましたが、ヲタ友は首を横に振りました。
 「これ以上動いたら、も、もれるかもしれないの……。もしだったら、先に行って?」
 「いや、チケット分配できないし、置いていけないよ」
 「ごめんね……」
 「いいって。じゃあそこのトイレを借りていこう」
 
 私たちは会場近くのホテルに駆け込み、ロビーのトイレに並びました。
 幸い、待ちは数人ほど。
 皆、目的地は同じようで流れは早く、思ったより巻きで用を足せました。
 しかしながら、会場に着いたのは開演ギリギリ。
 席に座ると同時に、客電が落ちました。

 この、長年のヲタ友から悩みを切り出されたのは昨冬のこと。
 一緒した東京ドームで、彼女がぽつりと言ったのです。

 「最近、尿モレがひどくってさ。あっ!と思うと、ああ~っ!てときがあるのよ……」
 切なげに語る彼女を見て、私はしんみりとうなずきました。
 「そうなのね……」
 
 彼女は以前、股関節変形症を患ってからめっきり下半身の筋力が弱まり、尿まわりのガードもダダ下がりしてしまったのだと言います。
 かくいう私も、今まで抑えきれていたリミットがどんどん短くなってきたと実感していたので、彼女の憂いは人ごとではありません。
 自分の筋力の弱まりに、日々苛立ちをおぼえています。
 たとえるなら、〝若いときはバンバンバク宙を決めていたアイドルが、経年とともに身体にやさしい振りを選ぶようになった〟みたいな変化を、わが身にもヒシヒシと感じるのです。

「まぁ、半世紀以上も使ってる身体なんだから、ガタもくるよね」

 自嘲ぎみに笑う彼女と見交わし、私は更年期の推し活というものに思いを馳せました。

 更年期、さらには更年期障害に目を向けて見ると、私には〝ザ!更年期障害〟みたいな症状はありませんでした。
 引き比べて前出のヲタ友は、更年期障害のレジェンド〝ホットフラッシュ〟などを早々に体験し、
「とにかく、いきなり汗がダラダラ出てきて、服がびっしょりになっちゃうの。だから、いつも着替えを持ってる」
といった話を聞いたこともあります。

 ホットフラッシュは、アイドルのパフォーマンスで言えば、華やかなフライングあたりに該当しそうです。
 さらに、のぼせやめまいなども、メジャーどころの症状としてこれに続きます。
 
 対する私の症状は、主に寒暖差アレルギーというレアな形で現れました。
 もともと花粉症、金属アレルギーなど、重篤ではないけれどアレルギー持ちゆえ、更年期もそこを攻めてきたのでしょう。
 寒暖差アレルギーは、季節の変わり目など日々の気温差が目立つ時期に顔を出します。
 どんな感じかというと、急にまぶたが腫れ、ときに痒みや鼻水を伴い、おまけに頭痛もついたワンパッケージで提供されるのがお決まりです。
 医師の診断を受けたところ、「お歳のせいだと思いますよ」とのコメントをいただきました。

 寒暖差アレルギーは、更年期障害界(界隈っていうべき?)では地味であり、アイドルのポジションに置き換えたら〝旗振りジュニア〟くらいな感じでしょうか。
 
 それでも十分に不快ですし、「お願い!今日だけは勘弁して!」と祈りたくなる参戦日に限って、ブワッと目が腫れたりするのです。
 顔の下半分ならマスクで隠せても、上半分はいかんともしがたく、「もう今日は天井席でいいですわ」とうそぶくも、うっかりアリーナ花道横を引く自分に舌打ちさえしたくなる。あげく、隣には若くて可愛いヲタがピカピカの肌をほてらせてやって来たりするから、果てしなくトホホな気分になるのです。

 マスクの上から遮光器土偶(おググりください)みたいな目をのぞかせ、それでも推しに熱い視線を送ろうとがんばる私のそばには、冷や汗をかきつつ尿モレと戦う友が、懸命に推し色のペンラを振っています。
 
 大人になっても元気に推し活!……しているのも本当ですが、こうした内なる苦労を抱えているのもまた、BBAヲタの真実、なのでした。
 


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