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No.121 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(7)ヴェルサイユ宮殿&ノートルダム寺院

No.121 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(7)ヴェルサイユ宮殿&ノートルダム寺院

No.120 の続きです・最初の3段落はNo.120の再掲載です)

電車の速度が徐々に落ちてきた。もうすぐ到着のようだ。由理くんに告げた「もうすぐみたいだね。ヴェルサイユに行くのに電車は人気がないようだね、我々だけだものね、この2階席にいるのは」「ホンマやね。静かでよかったわ〜」

電車がゆっくりと止まった。「さあ、行こうか」。1階に降りた。由理くんも僕も小さめの鞄一つだけの荷物だった。うん、ホントに我々だけだな。電車が止まったのにドアが開かない。タクシーのドアが自動で開くのは日本だけだ。電車もそうだったかな?えっ、外には誰もいないよ?ドアも開かないよ。どうなっているの。これ?

待ち始めて1分、2分・・・時間が長く感じ始めた。それでもドアは開かない。誰もいない。ドアの上を見ると、非常用にドアを開けるためのボタンらしきものがある。これ、使ったら大きな音が出そうな・・・。使ってもいいものなのか・・・。さすがに焦ってきた。あまり心配していなさそうな由理くんの声が背後から聞こえた。「待ってても開かんとちゃうの?」

戸惑いはしたが、上部のボタンを押すと手動でドアを開けられた。幼い時に非常ボタンを押したい衝動に駆られたが、我慢したことがあった。まさか、パリの何処だかはっきりしない地で、禁断の悪戯心を満たせるとは思っても見なかったが、喜ぶ心の余裕もなかった。

由理くんと二人、外に出るとそこは誰もいない駅のホームだった。意識していなかったが、我々の乗った車両は後ろの方だった。列車の前方に目を向けると、列車の半分ほどは屋根のある倉庫らしきところに入っている。状況が想像できた。おそらく、ここは車両基地とか車庫と呼ばれる電車を留め置く場所だろう。

電車の前方から、制服姿の若い男性がけげんな表情を浮かべ、そう見えた、こちらに向かって歩いてくる。英語で挨拶してみる。「Hi. Wehere are we? こんにちは。ここはどこですか?」英語が通じたようだったが、的外れな質問だったのか、男性はゲラゲラと笑い出した。ヴェルサイユに行こうとして電車に乗ったことを伝えると、制服姿のこの電車の運転手さんは、英語で説明を始めてくれた。フランス語であれば由理くんの出番だったのだが、ここはちょっとお休みしてもらった。

「ヴェルサイユに行こうとして、この路線に乗車する(アホな)奴が一年に何人かいるって聞いていたが、いや〜俺は初めてだよ。ここは車庫だよ」これだけ聞いても事情がまだ把握できていなかったので、ノートと筆記用具を出して、僕の得意技、筆記英会話の始まりだった。

自分たちの出発点パリ、サンセザール駅を書き、15cmほど離してヴェルサイユと発音しながら適当に「Vなんたら」と書く。さあ、アホな日本人にお付き合いしてください、優しきフランス人運転手くん。英語でもフランス語でも、日本語ならもっといいのだが。

「サンセザール駅からヴェルサイユ方面に向かう電車は二つあり、一つはもちろんヴェルサイユに近いxxxx駅(聞き取れなかったし、読めなかった)に着く。こちらは乗客は多いよ、もちろん。この電車は途中から別な方向に向かったのさ。俺が運転してきたこの電車は車庫に入ってしまう。あと20分ほどで来る電車は、折り返してパリ方面に戻るから、それに乗って15分ほどのxxxx駅(これも聞き取れなかったが、駅名を書いてくれた)で電車を乗り換えろ。ヴェルサイユ近くのxxxx駅で降りるといい。沢山の観光客が降りるから、それにくっ付いて行けばヴェルサイユ宮殿に行けるよ。そうだな、全部で1時間くらいかな。戻る電車の運転手に話しておくよ。方向音痴な日本人二人の面倒をみてくれって。ははは、ああ面白い」

もちろん、上のセリフはフランス人運転手くんの言葉の意訳である。由理くんも、運転手くんの説明を聞きながら「そりゃ、電車空いてるの当たり前やわ〜」「二人でアホ丸出しの会話しとったんやね〜。ええ思い出できたことにしとこか、しんくん。ひっひひ」由理くんは、「ひっひひ」に近い笑い声だったのだ。運転手くんも、由理くんが笑っていたので、つられていた可能性もあった。

ともかく、なんとか1時間ほどでヴェルサイユ宮殿の入り口に着いた。この日は日曜日だったのだが、意外と空いていた。おそらく到着までのトラブルで閉館近くの時間になっていたせいだったと思う。まっ「怪我の功名」と言ったところだ。ただ、由理くんと二人「ヴェルサイユ宮殿」の感想は「好みでない」で一致した。好みの方もいらっしゃると思うので、ここでは内装などの描写は避けておく。

取り敢えずはヴェルサイユ宮殿の観光は済ませた。間違った電車に乗った方が、ヴェルサイユ観光より面白かったねと、二人勝手な印象を話し合っていた。時間もあったので、地下鉄でノートルダム寺院に向かった。パリ市内に戻ると、太陽は西の空に低く、昨日と同じように柔らかい陽がパリの街に射していた。ノートルダム寺院に着くと、ちょうど日曜日の夕方の典礼の最中だった。

薄暗い寺院の中を支配するのは観光客を無視した荘厳な雰囲気であった。微かな蝋燭の燃える匂い、長い時が生んだ木の香り、穏やかにこだまする神父様の声、聖堂の中、見上げるとそれら全てが天に向かって行くようであった。

寺院を出ると、夕闇が迫りつつあった。「ノートルダム寺院の方がずっと好みやったわ。しんくんもそうやろね、きっと」「うん、当たりだね」多くを語るとノートルダム寺院から受けた、荘厳な匂いと香りが、すぐに飛んでいってしまいそうな気がした。僕は、短く続けた。「ホテルに戻ろうか」。「うん」由理くんも短く答えた。

・・・続く

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