「自己啓発をやめて哲学をはじめよう」

自分に期待しないことが、哲学のはじめの一歩

仕事に活かせる哲学関連の本を物色してて、図書館で手にとった一冊。著者も存じ上げず、タイトルが自己啓発本ぽかったのであまり期待していなかったけど、いろんな意味で刺激的な本だった。図書館で借りた本だったが手元に置いときたいと思いAmazonでもポチる。

この本で使われる「自己啓発」という言葉には「自らの意思で勉強する」という本来の意味では使われておらず、「自己啓発ビジネス」や科学に立脚しない怪しいものを総じて「自己啓発」と言っており、「哲学」との対比として使われている。

自己啓発とはとどのつまりインチキであり、効果がないことが科学的にはもちろんのこと、実は仕掛ける側も自己啓発を受ける側も潜在的にはわかっており、救いを見出そうとする逃避を狙った貧困ビジネスである、と。

このようなビジネスが蔓延るのは、私たちの人生は悲しいことが起こるから、だそうな。そうした悲しいことはあとから振り返ると、人生にとって大事な別れ道になっていることが多く、これらを哲学で乗り越え、克服すると、私たちは成長、心的外傷後成長(PTG)が与えられるとのこと。

しかし、この悲しい状況を自己啓発によって克服しようとするとき、狂気の世界から抜け出せなくなり、あるものはアカシック・レコードに取り憑かれ、あるものは瞑想セミナーに通い詰める。悲しさから抜け出したい人の、この藁にも縋りたい気持ちにつけ込み藁を売りつけるのが自己啓発である。

この自己啓発と哲学は、内側と外側という言い方をしており、答えを内側に求める人が藁をつかみ、答えを自分の外側に求める人は哲学という救済の可能性があると、著者は続けている。そして、「哲学の第一歩は、自分に期待しないことに尽きる」と"はじめに"を結んでいる。

枚挙に暇がない「不都合な真実」

この本の主題はこのあと自己啓発の無意味性、神の存在や西洋・東洋の哲学の違いやそれぞれの特色、古典哲学の俯瞰的な解説が続く。通して、私たちが自己の内面に向かって自身の存在意義を求めたり、それどころか既存概念や他者を超えた何か求める本能を様々な角度から否定し続けることで、哲学をはじめるスタート地点の状態を具体的に示すことに終止している。

それはそれで非常にわかりやすく、文体も読みやすいので読後は自分の救済は哲学にしかない、という強い思念にとらわれてしまい、自己啓発に陥いってしまっている自分にはたと気づくなど、パラドックスを見事に示してくれる本著なのだが、私がこの本を読んで書き留めておきたかったのは、著者が現世に対する様々な「諦め」と「割り切り」である。それらをいくつか書き留めておこうと思う。

日本終了のお知らせ

日本は衰退の一途を辿ることに、なんの疑いもなく言い切っている。そこには回避の可能性や希望といった類の余地は寸分なく、確実に訪れる近未来として、絶望や諦観は過ぎ去った日常として語られている。
"AIによって雇用は加速度的に失われる。きっぷを切る改札は自動改札になったが、近年レジもタクシーも無人化し自動化され、無人化の波は2030年までに730万人の雇用が奪う"
"2050年までに日本の人口は5000万人になる。出生率をあげようにも、人工ボリュームの多かった団塊ジュニア世代(1971年〜1974年生まれの世代)が、生物学的に出産できる年齢を越えてしまった。出生率の向上をいくばくか頑張ったところで逆流させることは不可能"
"日本の社会福祉は人口が増加していくこと前提で設計されているため、すでにこの仕組は機能していない"
"これからの日本はどんどん人口がヘリ、社会福祉の後退とともに急激に沈没していく"

知っても仕方ない資産形成に成功する条件

資産形成に成功している富裕層の特徴は社会学的に以下のような特徴が判明している。
1. 英語力を持っていること
2. 学術書をたくさん読んでいること
3. 親が富裕層であること

市場が国内に限定的だとそもそもマーケット規模が小さい、読書量と年収には相関が指摘されており、年収が低くなるほど自己啓発や漫画を読んでいる。富裕層は著書名で読む本を選ぶが、貧困層は本のタイトルで選んでいる。最後に、親が富裕層なのは言わずもがなだが、根本的な原因は労働が生み出す資本などたかが知れており、投資から得られるリターンのほうが事実大きいから。

自分の親が富裕層じゃなくても、英語と読書をがんばれば富裕層になれるかと言えば、限りなくNoに近い。そもそも英語も学術書も努力してこなす状況では富は得られず、ベースとなっている状態が前提となるため、当たり前にない状況からある状況にもっていくプロセス自体がハイコストであり、生まれた時からもともとそうであった富裕層の人間と同じようにはなれない。

「本棚に学術書が一冊も存在しない家に生まれ育った場合と、学術書で溢れている家に生まれ育った場合で差が出るのは当たり前」である

収入は遺伝子で決まる

私たちの収入の42%は遺伝で決まっているという調査結果がある。また、これに生まれ育った家庭(共有環境)の影響である8%を足せば、収入の50%は自己責任とは言えなくなる。つまり、年収の半分は努力ではどうにもならない。

なりたい自分になることは基本的に不可能

性格や行動の多くは遺伝子で決まっており、それらに影響を及ぼすのは環境であることはほとんど証明されている。人間は自分で選択しているようで、本当に自分で選択しているものなどひとつもない。計画的にキャリア開発して成功している人は存在せず、「なりたい自分になる」ということは基本的に不可能である、と、これは著者があとがきで自身の執筆の経緯の延長で述べている。そしてここでも「とにかく日本がダメになるので、確率的には、他の人と同じように、私もこれから大変な経験をするはずだ」と真剣に述べている。

ご時世的にリアル

コロナ以前、私は毎日都心に電車で出社し、目に見えている社会だけを実感し、私にとって政治や日本経済はその日常風景の先の見えないやや距離があるところで行われているものだった。
コロナでリモートになってからは、外に出ない分、入ってくる情報のすべてが私の属する社会や世界となり、ネットやテレビの距離が日常の内側で突然リアリティを持ち始め、TVの国会中継と you tube と Twitter が同列で私を焦らせる。スポンサーを持たない各メディアでは口を揃えて日本の衰退を叫び、この本でいうところの自己啓発の波が世を席巻している。

破滅を前提にした人生設計

私がこの本で得たことのひとつは、哲学の重要性以前に、自分の人生の両足を乗せているこの国はこれから基本的に破滅にむかっていくのであり、その過程での何かしらの救済を求めることを含め、破滅そのものはほぼ不可避であることだ。
そして破滅を前提とした人生の中で哲学をうまく活用すること、ありもしない個性豊かな自己の内面に期待をよせることではなく、普遍的、古典的な知識を求めることが、物質的精神的いずれの救済に有効であることを学ぶのだった。

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