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盗みでしか生きてゆけない人たちがいることを知るのは、旅の財産だ。

掲載画像は、盗みでしか雑誌を作れない編集者の仕事。
(左は京阪神エルマガジン社から2009年刊行のムック)
この業界で長らく旅してきたが、同じ関西、町内みたいな場所で白昼堂々。こんなセコい盗みを目の当たりにするとは思わんかったな。
日本は貧しくなっている。懐も心も。


バブル時代にはみんな頻繁に海外旅行をしていた。
みんなドヤ顔で土産話を披露したものだ。
スペインやイタリアなどの繁華街には、コソ泥が「コソ泥です」という顔をして、家族総出で旅行者の懐を狙っている。おとなしい日本人は格好のカモにされるのだが、「ジブシーのガキがまとわりついてきたから、俺は怒鳴ってやったんだ(弱腰の他の日本人とは違うんだ)」と武勇伝を披露する人がたまにいて、それは聞いてて気持ちよくないなあと思っていた。

辺境に旅をしていると、ありとあらゆる手口の詐欺のおもてなしを受ける。
身の危険を感じないレベルのものばかりだったので、多少のお金がなくなったことは「ダークツーリズム」代と思うようになった。実際、詐欺られることでその国の国民性や、貧しさの種類がわかってくることもある。

エチオピアのエレガントな詐欺体験

誇り高い国民性のエチオピアでの詐欺は、ちょっとエレガントだった。

ラリベラの街をぶらぶらしていると「少し僕と英語でお話ししてくださいませんか?」と学生風から声をかけられた。雑談をしているうちに、とても真面目でよい青年だと感じた。「英語をもっと学んで、大学に行きたいんですが、僕には辞書もありません」と恥ずかしそうに言う。「辞書?いくらするの? え?20ドル?お金あげるよ」と申し出ると、「とんでもありません!僕はお金を恵んで欲しいのではなくて、辞書で勉強がしたいのです」と言う。ちょっとホロっときた。
「買っていただけるなら、一緒に本屋に行っていただけますか?」というので、本屋に行き、私は本屋の親父に20ドル支払った。彼は辞書を胸に、満面の笑みで「勉強頑張ります!」という。ワタシも涙目になったがな。
なんと爽やかなシュガーマム体験か。ユニセフの徹子より偉いかもワタシ?

それが、こんどはゴンダールをぶらぶらしていると、また学生風に声をかけられた。朝早かったので「僕の家で朝食をいかがですか?」と誘われた。ついてゆくと、粗末な家で大家族がコーヒーを点て、インジュラの残り物でおかゆをつくり中。不思議なほど大歓迎され、ホテルでは食べられない素朴な朝ごはんをご一緒することができた。さらに、なんと食事中にアズマリ(吟遊詩人)が玄関に訪ねてきて大興奮した。若奥さんは、収穫したテフから砂を除く作業を見せてくれた。なかなかできる体験じゃない。
「お礼に」と少額のお金を出そうとすると「とんでもありません!ご招待したいといったのは私ですから」と受け取らない。そして「僕が勉強している部屋を見て欲しい」という。案内された場所は電気も机もない物置だ。こんなところで勉強するのはキツイだろうなあと思ってシュンとしてしまったところに「大学に行きたくて、参考書が欲しいんです。20ドルあったら、、、」と来た。

そこで、以前、ラリベラの兄ちゃんと行った本屋の親父が、何も言わないのに「ホイ」と辞書を出した、いやに手慣れた感じがフラッシュバックした。あとで親父に辞書を返して、返金してもらうんではないかと思う。

はー、手の込んだ20ドル詐欺だわ。(だいたい英語で観光客に話しかけてくる時点で、黄信号、と後になって学習した)

教育レベルが高くても失業率の高い国は多い。家族のテーブルに食べ物がないなら、生きるためにどんなシノギもしないといけない。彼らは貧しさから学業を断念したのか、あるいは学生っぽくふるまうことを詐欺師のテクニックとして身につけたのか、どっちかわからない。いずれにしても、兄ちゃんの稼ぐ小銭に家族の生活がかかっているだろうことは、切実に感じられた。

辺境を旅するたびに、盗みでしか生きて行けない人に接触する。日本のような金持ちの国から、わざわざ貧しい人のいる国に行く自分の動機はなんなのか、帰りの飛行機では、頭がモヤっとしつづける。答えは出ないから、また行くんだけれど。

民度とか道徳とかは、お腹がいっぱいになってからの話で、ワタシはたまたま「盗みをしなくても生きていける」という、大変に恵まれた環境にいる。そのことを確認するだけでも、旅の収穫はあるんだと思うようにしている。

雑誌業界は「盗みでしか生きてゆけない」ほど貧しくなったのか

冒頭の雑誌の話にうつる。
雑誌業界にはパクる方もパクられる方も確信犯で、「このタイトルお見事!いただきます」的なリスペクトパクリや、元ネタをあえてわかるようにツイストするような手法は常套だった。
とはいえ、他誌や他媒体のビジュアルや文体をコピペして盗むようなことは稀だったし、やったら、ちゃんと笑われた。

知り合いのデザイナーから、中堅の出版社の編集者からヒットした本を見本に見せられ「そっくり本」をつくれというオーダーがあり、断ったという話を聞いた。月給もらってる身分なんだから、食うに困ってやっているのではない。盗みの手段も、エチオピアの兄ちゃんの方が洗練されている。
みなさん、民度とか道徳とかが言えないくらい、お腹がすいているのだろうか? 
日本は貧しくなっている。懐も心も。

地味にいけずを書くわたしのような人はいても、ドヤ顔で怒鳴ってくる人がいなくて、よかったですね。


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