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乳がんとわかって鹿島神宮へお参りに行く。 (#5)

乳がんがわかってすぐに夫がお休みをとった。
真っ先に思いついたのは、鹿島神宮へお参りすることだった。

鹿島神宮の神様が、なんのご利益があるとかそういうことはどうでもよかった。
実父がこの神社を信仰していたこともあり、子供の頃からよくお参りしていたので自然と足がむいた。

神社に向かう車の中、夫相手に頭に浮かぶ色々なことを取り留めもなく話す。

なんで私ががんになったのか?

例外なく私も「なんで私が?」と思い、私だけはがんにならないと心のどこかで思っていたのだ。全く笑える。

今までの暮らし方の何が悪かったのか?
どんな治療していくのか?
おっぱいの再建はどうする?
子供達には話すべきか?

漠然とした不安を夫にどんどんぶちまけていく。

がんになるとみんな一様にがんになった原因を探すらしい。

これが原因。
そんなものはないんだけれど、みんな誰しも「がん」なんていう認めたくないものをどうにか腹落ちさせたいのだと思う。

茨城県の湖を渡り、長い参道を通る。
参道では、「Pあり」と書いた大きな看板を持った地元の人が農作業用の布のついた麦わら帽子をかぶって駐車場の呼び込みをしている。
その畑仕事そっちのけで駐車場案内をしている欲深い姿にくすっと笑う。

到着して、威厳の大きさと同じくその大きな鳥居をくぐると「がん」があると知ってからずっとざわざわしていた心が自然と静まっていくのを感じる。

中宮でお参りして、鹿を横目に見ながら奥社まで森の中を歩いていく。
森で時々感じる深い緑の匂い、清浄な空気が気持ちも穏やかに変えてくれる。

静かに手を合わせ「がんが見つかったのでいい方向にお導きください」
とお願いをした。なぜだか「治してください」とは言えなかった。

お参りの後、海が見たいと思い鹿島灘の海岸へ行った。

薄曇りの空。
鹿島の海は波が荒い。気持ちいい潮風。
靴を脱いで砂の上を歩く。

振り返ると夫がスマホで動画を撮っていた。
動画を撮る夫がとても可哀想になった。

私を見て、悲しそうに力のない顔で微笑んだから。

どんな気持ちで動画を撮っていたのか。
死んじゃうとでも思ったのかな。そんな簡単に死ぬのかな。

パートナーの動画を撮るという普通の事すら、こんなに幸せで尊い瞬間だったんだと二人とも知った。

夫は怖がる私にこう言った。
「怖がらなくてもいい。がんがあることを知る前と後は何も変わっていないのだから。昨日と今日なんの体の変化もないんだよ。」

実態は何も変わっていない。
不安がることもない。
とにかく前を見るだけである。

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