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【山形県小国町】「私が私でいれた一年」

3月16日(土)の活動報告会をもって1年間の任期を終えた30期10名の隊員たち。
任期を終えたばかりの彼らが、緑のふるさと協力隊としての1年間を振り返って、今思うことを紹介していきます。
今回は、山形県小国町で活動をした川添翔大さんです。



 月日が流れるのは早いもので、気が付いたら任期終了間近。
 事前研修を思い出すと、「一年はあっという間。一日一日を大事にしてください。」と言われていた。その言葉通りに一日一日を大事にして活動した。地域の方から「一年は短かったでしょ?」と言われるが、意外に短いとは感じない。春~秋にかけて農業が忙しくなり、ほぼ毎日どこかの農家さんで手伝いをしていた。その影響もあり、本当に多くの方々と早く知り合うことが出来たし、濃い一週間を何度も過ごした。この一年は短くも、長くもないが濃い一年だったと自覚している。

 特に初めて自分の住んでいる大宮地区を一人で挨拶回りした時が印象的。皆さん快く迎えてくださることにも驚きだが、ある家を周った際に「コーヒーでも飲んでいく?」と初対面の私を歓迎してくださろうとしたことに一番驚いた。優しい住民性だなと今でも印象に残っている。
 それからは散歩している人や、役場に教えていただいた方の家を突撃訪問の日々。少しずつ仕事が舞い込んできて嬉しかったのと、その方から次の方へと数珠つなぎで紹介してもらった。夏ごろには3週間先まで休みなしで予定が詰まっていることもよくあった。緑のふるさと協力隊をやる前なら「次の休みはいつかな?」と休みの事ばかり考えていたが、この活動中は一切考えたことがなかった。小国町で働くことは私にとって「労働」ではなく、「人と関わる」ことだったから楽しく、面白く活動できた。

 そう思えるのも小国町の「人を受け入れる力」「近くも遠くもない距離感」「人情を大切に思う気持ち」「自分たちの仕事にやりがいと信念を持っている」この地域性が私にとって新鮮であり、自分のやりたいことや何をしなくてはならないかを自ら進んで考える機会を与えてくれた。農業だけでなく、小国で関わった仕事は協力隊に参加していなかったら、人生で手伝う機会はなかったと思う。その仕事の大変さや苦労を知らずに過ごしていた。関わって、自分が仕事して初めて「その仕事のやりがいと苦労」を知れた。自分とは関りがなかったものは、全く関心を示さず相手の立場にもなろうとしていなかったと参加前を振り返って反省。この経験は「相手の立場」の視点で考えるきっかけや、先入観だけでなく自ら調べ、相手を知る行動をとる必要があるという、「相手を思う気持ち」を学べたと感じる。

 そんな生活を秋ごろまで続けると、買い物に行く度知り合いに会って会話する毎日。自分で何かDIYしたいや、~に行きたいと思えば、助けてくれる人・得意とする人達に自分だけで聴くことが出来るようになった。
 自分だからできることは何かと考え協力隊全体の認知度向上や小国町の再発見、地域の方々が交流する場を作りたいと思い様々な企画を主催した。皆さんに協力をお願いすると快く引き受けてもらえる。小国に来て思うが、人の行動や提案に対して決して否定する人がいなかった。みなさん肯定するし、二つ返事で助けてくれる。もし、その方との考え方に違いがあれば、否定するのではなく相手を尊重しつつ自分の思うことを提案してくれる。一緒により良いものを作ろうと関わってくださることに驚きだった。これまではそんな大人と関わる機会がなかったため、ちゃんと話を聞いてもらえ、ともに作り上げる機会をもらえて凄くうれしかった。小国町の年上・大人の方々の人間性は本当に学ぶことばかり。自分もそんな大人になりたいと思うきっかけだった。

 ここに書いたことはほんの一部でしかない。
書ききれない数多くの「出会い」・「別れ」があった。色々な考え方・過ごし方・生き方をみてきて自分が何をしたいのか?どうなりたいのか?を悩む機会を与えてくださった。やっぱり緑のふるさと協力隊みたいに「お金<助け合い」の人生を私は送りたい。人とのつながりはお金に換えられないし、簡単に増えるものでもない。だからこそ、この小国町とのつながりはこれからも大事にしていきたい。自分なりのやるべき道がこの一年を通してみえた。結果、小国町を離れることが最善の選択だと思い決意したが凄く寂しい気持ちになる。この話を地域の方々にすると、「川添君がいたからこの一年は楽しかった」「川添君の性格ならどこでも大丈夫だよ!」「また帰ってこい」嬉しい言葉ばかり。それでも寂しさは残るが、これから私と関わる方々や自分のため、何よりも小国町の方々をいつか支えるために次の生活を頑張っていきたい。

 たった一年。されど一年。

 こんなにも濃い一年を過ごさせてもらって幸せだった。「人のために働く」自分にとって大事な核を再認識したし、そう簡単に揺らがないような核を持てた。小国町に「感謝」の言葉だけでは足りないが、今は行動で返しきれないのでいつか今よりも「感謝を行動で」返せるようになりたい。

 この一年を「小国町で過ごせて」幸せでした。

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