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ちょいちょい書くかもしれない日記(木の器)

新型コロナウイルス感染症の後遺症で、腕に筋炎が起こると、ちょいと重い物を持つのがしんどくなる。
いつもは好きなイッタラのシンプルな器は、実はとても重いのだな、とそういうときに実感する。
母がよく、「器が重くて手がしんどい」と言っていたのはこれか。
そのくせ母は、食後の洗い物は自分がやるのだと言ってきかなかったので、やむなくコレールの軽くて薄くて割れにくい、三つに仕切られたランチプレートを買ってきて、10年ほどもそれで凌いでいただろうか。
私自身はいろんな食器を使いたいほうなので、もうあのランチプレート時代には戻りたくない。
でも、重い食器がつらいとき用に、軽い食器も用意しておきたい。
ふと、実家から持ち帰った荷物の中から、大ぶりな塗りの夫婦椀を見つけ出して使ってみたら、これがすこぶるよかった。
軽いし、熱くないし、縁の口あたりが優しいし、なんとも言えない温かみがある。
偶然、ざっかけない作風のものを使ったのもよかったのだろう。
取り扱いも、思っていたより簡単だった。
食後、柔らかいスポンジで洗って、すぐに拭くことだけ心がけていれば、特に難しいことはない。
なるほど、木の器もいいものだなあと、その後、2つほど違うサイズのものを手に入れた。
普段の汁物用に、ぽってりした繭型のもの。
ひとり鍋をしたとき、たっぷり取り分けて冷ましておくのにいいような、とても平べったいもの。
作家ものではあるけれど、あくまでも日常使いを前提にした素朴な器たち。
どちらも、使って拭くうちに、どんどんツヤが出てきた。
器は道楽だとよく聞くが、本当かもしれない。
といっても、祖父母の家や実家から渡ってきた食器があれこれたくさんあるので、順番に使いながら、相性のいいものを選りすぐっていかなくては。

そんなことを言いながら、機内食を再現できる食器一式をうっかり買ってしまった。
拙著「祖母姫、ロンドンへ行く!」を読んでくださった方はご存じだと思うが、私はエコノミー席のあのちまちました機内食が大好きなのだ。
猫がいるので、機内食を食べるような長旅には出られそうにない。
ゆえに、自宅でそれっぽいものを作って楽しみたいという誘惑に勝てなかった。
道楽、間違いない。

こんなご時世なのでお気遣いなく、気楽に楽しんでいってください。でも、もしいただけてしまった場合は、猫と私のおやつが増えます。