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【ショートショート】区役所・人生充実課

「はい、幸福区役所〈人生充実課〉です」
「あの、区役所で恋人を探してくれるって聞いたんですけど…」
「区民の皆様の人生を充実させることに関して、いろいろお手伝いいたしております。恋人をお探しですね。それでは〈恋人が見つかることで、あなたの人生が充実する理由〉をご記入のうえ申請下さい。申請用紙は区役所のホームページからダウンロードできます。申請が通りましたらお手伝いを開始いたします」

 申請してひと月後、忘れた頃に郵便受けに区役所からの封書が入っていた。開封するとこう書かれていた。

 S様
◯月◯日〈人生充実課〉にご提出の申請を受理いたしました。

 これだけだった。ふむ、それでどうなるの?考えても仕方ないので、とりあえず封書を引き出しにしまおうとした時、インターフォンが鳴った。玄関に出ると若い女性が立っていた。

「Sさんですね。あなたの恋人のR子です」

 なんと!それから僕はR子とデートを重ねた。とんとん拍子に交際が進み、出会ってから3か月後、僕は彼女にプロポーズした。ところがR子は言った。
「結婚する前に、あなたが〈人生充実課〉に再申請する必要があるわ」
 何だかおかしいなと思いながらも、それでR子が結婚してくれるなら、と僕は〈結婚することで、人生が充実する理由〉を添付した申請書を提出した。ひと月後、申請が受理され、R子が僕のプロポーズを受けてくれた。めでたく結婚の運びとなった。

 3年ほどして、そろそろ子どもが欲しいなあ、と思ったので、R子に「どう思う?」と聞いた。するとまたしても〈人生充実課〉への申請が必要だと言う。さすがに僕は腹が立って、
「僕たちの子どもを作るのに、どうしてお役所にお伺いを立てなきゃならないんだ?」と怒鳴った。R子は顔色ひとつ変えずにこう言った。


「それはあなたが、最初に〈人生充実課〉に申請をした時から決まっていることなの。あなただけではなく、〈人生充実課〉に何かしらのお願いをした人は、その後の人生を全てコントロールされることになっているのよ。幸福区役所にではなく、政府によって。あなたのように恋人が欲しいと申請した人はそれはそれは大勢いて、みんな理想的な恋人を当てがわれて、最終的には子どもをたくさん作るように誘導されるの。国の人口減少を食い止めるためよ。あなたもたくさん子どもを持つことになるわ。遺伝子に問題がない限りね。その他に「転職してもっと充実した人生を送りたい」と申請する人や、「病気を治して元どおりの人生を過ごしたい」と申請する人もいるわ。でも「あなたの人生を充実させます」という誘い文句の裏にあるのは国民の〈コントロール〉。だから申請受理の基準はただひとつーー国家の繁栄よ。国にとって有益な人材はいかされ、そうでない者は…」


「R子、君はいったい… 君はいったい何者なの?」

「私はあなた向けに最適化された超生殖機能付きアンドロイド。何人でも子どもを産めるのよ」

 

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