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東京大深度地下政府

 「……その後、沖縄はどうなっている?弾道ミサイル着弾後の状況は?」
 その大会議室で、閣僚の一人が尋ねた。ここは東京の大深度地下だった。
 「連絡は付きます。被害は確認中。電波障害とサイバー攻撃は続いていますが……」
 制服組の一人が答えた。メインの大会議室はモニター経由で、複数のサブ会議室と繋がっている。そこには議員一年生もいた。政府首脳が集まっている。東京大深度地下政府だ。
 「台湾はどうなっている?戦闘が起きているのか?」
 マスコミ経由で、断片的な情報が伝わって来る。戦闘が起きているらしい。
 「……衛星からの画像、出ました」
 そのオペレーターが報告すると、モニターに台湾が映った。北部も南部も煙が上がっている。上空からの画像だが、すでに戦闘は始まっていた。大陸による台湾侵攻だ。南部に蝟集する船舶が見える。大陸からの上陸部隊か。すでに台湾は領土侵入を許している。
 「……交戦中の両艦隊です」
 別の画像が映った。衛星からの映像だが、台湾沖で戦闘をしている様子が映っている。大陸側と思われる艦隊が、多数煙を吹いている。健在な艦が少ない。すでに沈んだ艦もありそうだ。米海軍と思われる艦は多数存在し、健在ぶりを示している。特に煙も吹いていない。
 「合衆国は休業していない?」
 閣僚の一人が驚いて言った。愚問だった。別の閣僚も言った。
 「やはりアングロサクソンは寝ていて、死んだ振りでもしていたのか?」
 彼らにそんな兵法があるのか知らないが、今は台湾防衛のために、米海軍は戦っている。
 「すでに本格戦闘は始まっていたのか?米軍から連絡は?」
 閣僚の一人が尋ねると、別の閣僚が答えた。
 「……連絡は一切ない。これはこちらの衛星で独自に掴んだ情報だ」
 「一体いつ始まったのかね?」
 その太った内閣総理大臣は尋ねた。ハンカチで汗を拭いている。
 「恐らく尖閣の海保と連絡が付かなくなった時点でしょう」
 制服組が答えた。もう巡視船と連絡が途絶して、丸一日以上経つ。
 「……尖閣は取られた?」
 「この状況では、そう見るべきでしょうな」
 太った総理大臣は、何て事だと呟いた。尖閣も写されたが、見た目では分からない。
 「合衆国大統領とはまだ繋がらんのかね?」
 太った総理大臣は汗っていた。流れる汗の量が半端ない。
 「……は、ずっと移動中と繰り返すだけで」
 その外務省の担当者は困惑していた。列席する閣僚たちが議論する。
 「沖縄が弾道ミサイルで攻撃を受けたんだ。日米安保の発動ではないか?」
 「……だが合衆国側の了解がない」
 米海軍だけが動いていた。台湾を守ろうとしている。だが大陸も合衆国も何も言わない。
 「アメリカ第七艦隊はもう戦っているのだろう?安保発動だよ」
 戦闘前から台湾近海に遊弋しており、すぐに現場に急行した。アメリカ第五艦隊もいる。台湾防衛のために、合衆国は二個艦隊、四隻の空母を投入していた。大陸側の戦力は不明だ。今の処、大陸側から何も情報は出ておらず、台湾から発せられる情報が全てだった。
 台湾の総統は健在らしい。全世界に向けて、緊急声明を出している。国連も動いた。
 その時、オペレーターが報告した。
 「大規模電磁波障害発生!」
 画面がホワイトアウトした。中継が止まり、少し前の静止画像に切り替わる。
 「全ての反応がロスト」
 会議室の閣僚が何事かとモニターを見る。かなりの時間、中断があった。
 「……衛星からの画像、回します」
 そのオペレーターがモニターに空から見た海上の画像を映すと、どよめきが起きた。途轍もなく大きな水蒸気の柱が発生していた。海水が巻き上げられて、水しぶきを上げて落ちている。
 「これは一体何だ?」
 閣僚の一人が立ち上がった。これは米海軍がいた海域だ。艦隊の姿は見えない。
 ――これはやられたな。助かるまい。核か?それにしては少し妙だが……。
 議員一年生は席から立ち上がると、旧海軍の敬礼をした。何事かと周りから注目を浴びる。
 「……我々も、いや、自衛隊も現地に急行して、米軍と共に台湾を守るべきです」
 議員一年生は言った。会議室はメインもサブも深(しん)としていた。しわぶき一つない。
 「今ここで行かないで、いつ行くのです?」
 アメリカ第七艦隊は壊滅した。理由は分からない。だが台湾を守るべきという意見は変わらない。香港を失い、台湾を失い、沖縄を失う。次は九州だ。絶対に阻止しないといけない。
 「今、ここで行かなかったら、我々は二度と国際社会の前に立てない」
 議員一年生は力説した。道義の問題もあった。同盟国として恥を知らないといけない。何よりも、これは誰かを守るための戦いだ。台湾防衛には正義がある。日本も立つべきだ。
 「……勝算はあるのかね?」
 官房長官だった。目が合う。それは分からない。だが行かないと日本は守れない。
 
 少し前、アメリカ第七艦隊は戦っていた。台湾沖だ。相手は大陸の艦隊だ。だが米海軍は、相手の戦い方に首を傾げていた。とにかく魚雷を撃って来るのだ。最初は警戒したが、航空機発射の軽魚雷か、潜水艦発射の重魚雷で、海自の護衛隊群を沈めた例の魚雷ではない。
 彼らは、超極音速魚雷を持っていないというのが、今の米海軍の判断だ。だが隠し持っているかもしれないので、警戒は怠らない。だが有効な対策がある訳でもない。
 大陸側が魚雷を揃えて、一斉に撃って来た。その数は大小合わせて100本以上。しかも後ろから半円に撃って来た。米艦隊は分担して、海中にデコイとジャマーを展開する。今回、米海軍は念には念を入れて、新兵器シースパイダーも持ってきた。魚雷を迎撃する魚雷だ。だが基本的には、艦艇が動いて躱す。魚雷はイージス艦でも対抗手段が少ない。弱点と言ってもいい。
 重魚雷が12本、大きく外れたコースで、どこかを目指して走っていた。最初から外れている魚雷は無視する。当然の判断だ。だがこれが誤りだった。それは1mt(1000kt)の水爆を搭載した核魚雷だった。そして艦隊の外側で半円を囲む形で、一斉に起爆した。核の水中爆発だ。
 それは一種の魔方陣だったのかも知れない。核による水中衝撃波で、艦隊を効果的に破壊するために考案された陣形だ。大きな力が掛かって、海そのものが盛り上がり、アメリカ第七艦隊は、水蒸気と水しぶきの大柱の向こう側に、姿を消した。全滅だ。誰も助からない。無念。
 悪魔の戦術だった。核魚雷は確かに驚異だが、1本であれば、ここまで被害は出ない。複数用いても、この効果は得られない。だが計算して、効果的な陣形を考案し、一種の人工津波を発生させる。艦隊は押し流されて、水の力で破壊される。最大級の効果を狙った一撃だった。
 大陸側の作戦は当たった。この戦域では、米海軍は敗北した。だが全体として、大陸側の攻勢はここまでだった。まだアメリカ第五艦隊が健在で、台湾に上陸した部隊を叩きつつ、大陸からの増援を許さず、海峡を遮断している。上陸部隊は補給物資が届かず、枯死した。
 アメリカ第五艦隊は台湾海峡にいる。地形的な問題で、大陸側は同じ手が使えない。勝敗は決した。台湾防衛は成功した。米海軍は甚大な被害を出したが、台湾を守り抜いた。これは政治的には極めて大きな意味を持っていた。大陸の覇権は崩れるかもしれない。

 議員一年生の話は、必ずしも冷笑を以て、受け止められた訳ではなかった。特に制服組は、そんな事は言われるまでもないという雰囲気があった。だが手順を気にする閣僚たちの間で、意見が割れた。未だ合衆国の意図が不明であると。総理大臣の決断が求められた。
 「あー、君。今から現地に急行して、どれくらいで着くかね?」
 太った総理大臣は、制服組の一人に訊いた。海自のトップか。
 「護衛隊群を一個、向かわせます。1日半、いや、1日あれば着くかと」
 ちょっと遅かった。大きな戦闘は終了しているだろう。総理大臣は左右を見た。
 「……日米安保も、防衛出動も、発動していないが、遅れて現地入りはいいよな?」
 「良くはありません。国民に、議会に、何と説明するのですか?」
 官房長官だった。相変わらず暗い顔をしている。この人物はずっと留任している。
 「それは、その、何だ。米軍の支援活動という事でいいだろ。機雷とか片付ければいい」
 戦いが終わってから、機雷とか地雷を片付ける。いつもの奴だ。国際社会から感謝される?
 「……大陸の第二波攻撃も予想されます。現地はそんな生半可な状況ではありません」
 海自のトップは言った。まだ大きな戦闘は在り得るのか。いや、もうないだろう。
 「他国と戦争するのは不味い」
 太った総理大臣は言った。また議論が止まりそうだった。閣僚たちも動き始める。
 「……でもこれは米軍の支援活動では?」
 「戦闘が予想される。大陸との戦闘は、即戦争に繋がる」
 忽ち、否定的な見解で会議室は埋め尽くされて行く。このままではダメだ。
 「沖縄はどうされるのです?――」
 議員一年生は再び発言した。サブ会議室の座長である党幹事長も特に止めない。
 「――このまま米軍施政下に置き、戦闘も全て彼らに任せると?」
 「君、合衆国大統領と連絡が付かないのだよ」
 なぜか怒った閣僚の一人が、議員一年生の発言を遮った。
 「この場合、必要なのは相手の意志確認じゃない。我々の意志です。日本をどうするのか?」
 議員一年生は、そこで着席した。議論が再開される。
 「……台湾に行くのはいいとしても、政府の方針を決めて頂かないと」
 官房長官だった。一瞬だったが、目が合った。総理大臣は困っている。
 「とりあえず、行きながらどうするか考えよう。すぐに着く訳じゃない」
 閣僚の一人が言った。だが早くも制服組は動いていた。護衛隊群と連絡を取る。
 「あー、君たち、行くのかね。行くならなるべく戦闘は避けてくれよ。わしの首が飛ぶ」
 総理大臣だった。だがこれで台湾に向かう事は決まった。米軍にも連絡を取る。出港だ。
 
 その海上自衛隊の護衛隊群は急いでいた。途中、坊ノ岬沖を通過する。
 「何だ?アレは?」
 そのイージス艦の艦橋で、当直の海上監視員が指差した。
 「光の柱?」
 圧巻だった。天から雲を破って、光の帯が海を射し、虹も掛かっている。護衛隊群は、その光の柱と虹の下を通過した。なぜか隊員の気分が高揚し、やる気が出て来る。自然現象として、隊員たちは受け止めていた。海上で、こういう現象はある。だが意味と解釈はまた別だ。
 「……誰か花瓶を持って来い。献花するぞ」
 光の柱が、戦艦大和の沈没地点だと気が付いた者が言った。予定にない行動だが、手が空いている者が集まって、海に献花し、敬礼をした。英霊を悼む。これから戦場に向かう。
 
          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード79

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