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新大陸、遥かなる桃源郷を求めて

 その内閣総理大臣は、辞任する前、京都を訪れていた。頂法寺(ちょうほうじ)という古寺がある。六角堂で有名だ。聖徳太子が開いたとされる。1201年、親鸞聖人が六角堂で百日間瞑想し、九十五日目、暁の夢中に、聖徳太子が現われたという言い伝えがある。
 総理大臣は、寺の住職に断って、六角堂で数日間、瞑想に入る事にした。
 座禅を組むと言っても、総理大臣の場合、やや変わっていた。一定時間、集中すると、左手だけ半合掌のポーズを取り、ゆっくりと反時計回しに動かすのである。これが一体何を意味するのか、彼自身、本当の処、分かっていない。自然に出て来た動作なのだ。
 だが総理大臣の外見が、実年齢よりも20歳若く見える原因でもあった。議員一年生は、アンチエイジングの秘法を知っていた。生命の泉に触れている。しかしその効果については、彼自身あまり自覚していなかったし、また別の作用がある事も知らなかった。
 ……ここが、夢殿に一番近い場所だ。親鸞聖人がすでに道を開いている。
 総理大臣は瞑想を続けた。時間の中をかき分けて進む。左手をゆっくりと反時計回しに動かし続ける。確信はなかったが、予感のようなものがあった。それを頼りに進む。
 ……やはり、短時間では無理か。親鸞聖人でも九十五日掛かった。だが俺には縁がある。
 その時、光が弾けた。みるみる視界が開けて行く。金雲たなびく黄金の世界だ。
 三人の人物が立っていた。中心には、金人たる聖徳太子。右手には親鸞聖人。そして左手には何とマグダラのマリアが立っていた。ちょっと意味が分からない。
 「ああ、ゴメンね。実は私、こういう役目もあるの!」
 マグダラのマリアがその場で、くるりと回転すると、観世音菩薩になった。勢ぞろいだ。
 「……ようやく会えたな。聖徳太子よ」
 総理大臣は、夢殿の中で語りかけた。思えば、1,400年以上経過している。
 「見事、約束を果たしましたね」
 聖徳太子は、総理大臣を見て言った。垂らした両手から黄金の光が零れる。
 「……一千年地獄にいた。ようやく出られたと思ったら、極東の島国に都落ちだ」
 総理大臣の背後に、地獄の門が開いて、過去の映像が流れた。高句麗遠征だ。
 「あなたに日本を守ってもらうとは……」
 「……それが転生の約束だ。この次は大陸に返り咲く」
 隋の煬帝の時は失敗した。だがこの次は必ず成功してみせる。
 「でもその大陸、なくなりそうだよ?」
 観世音菩薩が右手に、小窓を開いて、未来の映像を垣間見せた。大陸が沈んで行く。
 「……新大陸に渡りなさい。桃源郷はそこにある」
 金人たる聖徳太子は言った。夢殿の瞑想はそこで終わった。総理大臣は独り残った。

 新大陸に向けて出発の日、空母信濃は攻撃を受けた。偵察総局の残党だ。最初はミサイル攻撃だった。記念式典は直ちに中止され、迎撃に移行する。陸上自衛隊が即応する。ドローン小型ヘリ・AI攻撃蜂が20mm機関砲を撃ってきた。飛行甲板に穴を開ける。
 「……出航を急がせろ!民間人を避難させろ!」
 前総理は艦橋に向かいながら、現場の指揮を執った。一般人の避難が最優先だ。
 エア・クッション型揚陸艇が、ミサイルを撃ちながら、何隻か接近して来る。AI多脚戦車を搭載している。幸いにして、飛んで来るミサイルは、歩兵が携行するような小型ミサイルで、対艦ミサイルのような大型ではない。信濃はこの程度では沈まない。
 大型輸送ヘリも現われた。空挺部隊が降下して来る。猿兵だ。前部甲板の上に積み上げられた物資を盾にして、陸自の隊員が迎え撃つ。だが文字通り、猿のように駆け回る攻撃に翻弄された。チンパンジーがマシンガンを持って、撃ってくるようなものだ。
 とにかく猿兵の動きは素早く、あっと言う間に、接近されて、撃たれる。人間には真似できないアクロバティックな動きだ。人間よりも体がやや小さい事も有利で、的として狙い難くかった。陸自の隊員は、民間人の盾になって、次々撃たれて、死んで逝った。
 猿兵は、人間に対する強い憎しみを持っていた。怒りと言ってもいい。何か罵りながら、撃ってくる。人間とサルの中間的な存在である事の怒りと悲しみだ。全体の印象としては猿だが、顔だけ人間のように見える。言葉を話すのだ。無論、北京語だ。
 「死日本人!」(死ね日本人!)
 その猿兵は、陸自の隊員を銃器で打ち倒すと、拳で顔面を殴った。それだけで絶命した。だがその後も殴り続け、数発で頭部が砕けて、スイカのようになった。ある隊員が叫びながら89式5.56mm小銃を撃ち続け、その猿兵に突撃した。猿兵は撃たれて死んだ。
 だがその後、その隊員も別の猿兵に襲われて、斃れた。ダメだ。勝てない。
 信濃に接触したエア・クッション型揚陸艇から、AI多脚戦車がクモのように這い上って来る。やはり20mmを装備している。AI攻撃蜂と合わせて、火力が高い。陸自の隊員は手榴弾などを投げて応戦したが、火力で敗けていた。小銃で戦える相手ではない。
 偵察総局が投入した最後の戦力は、殺人ドローンとクローン兵だった。人間がいない。この事が彼らの本質をよく表していた。そして指揮官である局長だけが、人間であった。彼は最後に信濃に乗り込んで来た。強化外骨格を装備した猿兵たちが守っている。
 「総理大臣在哪里?」(総理大臣はどこだ?)
 局長は、飛行甲板を見渡した。ファントムF-4EJ改が後部甲板に置いてある。あとは大きな艦橋が目に入った。前部甲板は制圧した。局長は号令した。
 「控制桥梁!」(艦橋を制圧せよ!)
 猿兵たちが艦橋に殺到する。陸自の隊員は後部甲板まで退避した。
 
 「ワシらの出番じゃな」
 仙人もとい左慈道士が、花咲爺とサンタクロースを伴って、艦橋に向かった。青と灰色の都市型迷彩服を着た猿兵たちが、自動小銃を撃ちながら、群がって来た。だが半透明化して、銃弾をすり抜けた。攻撃する瞬間だけ実体化して、杖で猿兵を叩き伏せる。
 「……せい!」
 小竹向原の剣豪は木刀で、猿兵を叩き伏せた。動きを完全に読んでいる。フォースの使い手であるフランス人ジャックも木刀で、猿兵を叩き伏せた。二人は互いを見た。
 そこにAI多脚戦車が現われた。杖や木刀でどうにかできる相手ではない。だが左慈道士がほいっと、動きを止めた。しかし相手は一体ではない。他もいる。手が足りない。
 「Master! Should the Force be with you!」(師匠!フォースはあなたと共にある!)
 ジ〇ダイの騎士である元スタントマンのジョンも念動で、AI多脚戦車の動きを止めた。フランス人ジャックも怪力乱心の旗を見た後、木刀を捨てて、念動に挑戦した。今、ここには、神秘を信じる力場ができていた。だから不可能も可能となる。念動は成功した!
 小竹向原の剣豪は、木刀に自らの気を乗せると、AI多脚戦車の光学装置を叩き割った。次々に無力化していく。だが空からAI攻撃蜂が20mmを浴びせてきた。危ない。
 「……空を飛ぶ奴らは厄介じゃな。ワシらに羽はない」
 左慈道士がそう言うと、全員艦橋に退避した。別の手が必要だった。

 偵察総局は全くしつこい。こんな処まで追いかけて来た。その頭に花が咲いた女、天花娘娘はプンプンしながら、混乱の中、アマビエを探していた。いた。あんな処にいる。
 「え?アマビエちゃん、ファイタージェッツに乗りたいの?」
 そのアマビエは、ファントムF-4EJ改の脚元でぴょんぴょん飛び跳ねていた。天花娘娘は、前部甲板にひしめく殺人機械や猿兵を見た。いい事を考えた。よし。実行しよう。
 「……危険です!離れて下さい。この機体は爆装しています!」
 空自のメカニックが、乗り込もうとした天花娘娘に声をかけた。だが彼女は慣れた動作で、コクピットに入り込み、後席にアマビエを置いた。やった!シュミレーター通りだ。
 「発進するよ!下がって!下がって!」
 天花娘娘は、左手でスタートエンジンにイグニッションを掛けながら、右手でパネル・スイッチをパチパチ立ち上げた。パイロットスーツがない。だが娘娘だから大丈夫だ。
 「毕竟老机甲最好! 手册万岁!」(やっぱオールド・メカは最高!マニュアル万歳!)
 天花娘娘は空を飛ぶのが好きだったので、よくフライト・シュミレーションをやっていた。だから、航空機の発進の手順を心得ていた。リアルでは初めてだが、問題ない。
 「……ああ、もう!」
 空自のメカニックが、機体の脚から、止めを外し、発進を支援した。
 「ちょっと行って来るね?」
 天花娘娘が額に手をかざして、ピッと敬礼すると、メカニックがGoサインを出した。
 目の前には、前部甲板があり、異形のものどもがひしめいている。だが天花娘娘は、サイドワインダーを発射して、目の前の障害物を吹き飛ばした。次に機体の20mm機関砲を撃ちながら、飛行甲板上の残敵を掃討し、信濃から発進した。この空母はデカイ。
 「別了!侦察总局!」(さよなら!偵察総局!)
 敵の大半は海に落ちた。空母信濃の上空を飛行し、大型輸送ヘリを狙った。簡単に撃ち落せる。だが先にパイロットたちが落下傘を開いて逃げた。機体は放棄されて、落ちて行く。後はAI攻撃蜂たちだ。これは細かい敵なので、戦闘機では狙い難い。
 だが体当たりするぐらい近づいて、20mmで攻撃すると、ハチたちは逃げて行った。
 「哦,这不容易」(ああ、簡単じゃないの)
 その後、天花娘娘は空母の上空で、二回宙返りして、ハートマークの軌跡を描いた。

 「为什么? 为什么我输了?」(なぜだ?なぜ私は敗けた?)
 偵察総局局長はたった一人になっていた。強化外骨格を装備した猿兵も、左慈道士たちに倒されていた。生き残った猿兵は、装備を捨てて、海に飛び込んで逃げた。
 「……お前たち唯物論者、無神論者は、神の庭で遊び過ぎた。だから天罰が下る」
 前総理は、艦橋から降りて来た。局長はがっくりと両膝を突いている。
 「神の庭だと?」
 局長は日本語を発した。彼は母親が日本人だった。大陸の代理で日本支配を試みた。
 「……そうだ。この世界は神の箱庭だよ。真実の世界だ。だから天変地異も起こる」
 「他の奴らの運命など知らん。だからせめてお前だけでも!」
 局長は拳銃を抜いた。早撃ちガンマンのような動作だった。前総理は対応できない。
 「……危ない!お父さん!」
 魔法少女がファンシーステッキから、咄嗟に光弾を撃って、拳銃を弾き飛ばした。
 「魔法少女め。忌々しい。だがこれが、戦いに敗れるという事だ!覚えておけ!」
 局長はくるりと背を向けると、手榴弾のピンを抜いて、海に落ちた。爆散する。
 「……哀れな男だな。どこで道を間違えたのやら」
 左慈道士がそう言うと、前総理は娘と手を取り合った。唯一の家族だ。最後の家族だ。
 「人は役割だ。道を間違えたかどうかはその物語次第だろう」
 その日、空母信濃は、新大陸、遥かなる桃源郷を求めて出航した。空は高かった。

         『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード120

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