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[書評] フルフォード氏の近著

フルフォード氏の近著(2024)

2024年3月時点の地政学的分析

毎週フルフォード氏の英文による地政学レポート(Weekly Geo-Political News and Analysis)を読んでいる人でも、世界各地の個別事象の背後にある事情や日本との関りなどについては、足をとめてじっくり考える時間がないかもしれない。本書はそういう人のためにも、考察の糧を与える書といえる。

個々の事象を扱う週刊レポートでは、詳しい説明や根拠を挙げたサイトのURL、また(明かせる範囲で)情報源が明記され、〈百聞は一見にしかず〉の画像の類がふんだんに用いられる。忙しい現代人が世界情勢を素早く吸収するにはその形態が向いている。それに対し、本書は文章のみによって静かに語るので、一見、地味だ。

しかし、思索や想像力に訴えかけるインパクトの強さは、本書において圧倒的である。いわゆる〈もしトラ〉のテーマについて、表面的に、目立つ話題や演説等を取上げた本なら別にあるが、じっくり考えさせるだけのものを提供してくれる本書のような本は中々ない。

こういうアプローチが可能になったのは、著者のジャーナリストとしての取材経験の長さや思索家としての体験の豊かさによるのだろう。人脈の広さ、使用言語の多さもプラスに働く。日本在住で、日本をとりまく東アジアの情勢にも明るい。何より、情報源の吟味や評価の仕方がプロフェショナルで、安心して読める。

章立てをざっと挙げておこう。

序章 世界はなぜ「もしトラ」に突き進むのか
第1章「もしトラ」最大の衝撃は“アメリカの消滅”
第2章「もしトラ」で“激変”する世界情勢
第3章「もしトラ」で完全“復活”する日本[195-202頁に日本の希望を示唆する内容が含まれる]
第4章「もしトラ」で完全“駆逐”される旧支配者たち
終章 「もしトラ」後の世界と希望の未来

すべての章に「もしトラ」の語があり、日本では際物あつかいされるタームだが、世界ではそうではない。例えば、Time誌2024年5月27日号はトランプ特集「If He Wins」である(下、写真 Philip Montgomery)。宮崎正弘氏はこれについて、〈アメリカを動かしているのはバイデンではなく、トランプである、とでも言いたげな、まるで元首扱い〉と述べる(「宮崎正弘の国際情勢解題」2024年5月3日、通巻第8238号)。

キャメロン英外相は2024年4月9日、訪米してトランプのフロリダ州にある私邸で「私的な夕食」をした。〈夕食中には、ロシアの侵攻が続くウクライナやパレスチナ自治区ガザ、北大西洋条約機構(NATO)の将来など「地政学的な問題を話し合った」(キャメロン氏)〉と時事通信は伝える(2024年4月10日)。〈私的〉に会食するにしては、2019年の〈回顧録で、16年大統領選に出馬していたトランプ氏を「外国人嫌い」「女性蔑視的」と評するなど同氏への嫌悪を鮮明にしていた〉キャメロン氏が親しみを感じている相手には見えないが(産経新聞、2024年4月10日)。話題が現下の〈地政学的な問題〉ということは、個人的な〈嫌悪〉を超えて、バイデンを差し置いてまで外務大臣として会わねばならなかったと見るほうが自然だろう。

このようなサインは他の国にもある(ハンガリーなど)。

ともあれ、上のような章の構成で、〈トランプ後〉の世界について、冷静に著者は述べてゆく。その穏やかな調子は、終章直前の221頁まで続く。

が、その後の「エプスタイン事件で暴かれた狂信カルトの児童虐殺」(222頁)からの十数頁には、心臓の弱い人は読まないほうがよいかもしれない内容が含まれる。この情報のうちのある動画を見たニューヨーク市警の12人のうち9人が怪死したというほどの内容で、著者はそれを見ている。

この部分を除けば、本書は世界情勢の落着いた分析を述べた書として、多くの人に推奨できる。

だが、この部分がなければ、終章で著者がディープ・ステートを〈影の政府〉というような曖昧な表現でなく〈悪魔崇拝を信奉する欧米エリート〉と断言することはできなかっただろう(234頁)。

本書のような全体像は中にいる人には視えない。外から観ないと全体像は視えない。その意味で、外から中の人に接触しつつ取材するフルフォード氏の仕事は貴重である。

フルフォード氏の著作の中では、『一神教の終わり』(2021年)に優るとも劣らない名著である。

#書評 #フルフォード #トランプ

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