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アメリカ女子のリベンジ魂

普段、小さな家具付きアパートを学生向けに貸している。夏季休暇の間は学生さんが実家へ戻るので、エアビーでバカンス貸しをする。ビーチからほど近い好立地なので、3カ月間も空けておくのはもったいないからだ。


〇〇〇


その予約が入ったのは到着の2週間前だった。「素敵なアパートですね!是非泊まらせてください!」とメッセージが入ったので受け入れを承諾した。

到着前日のやり取りでチェックインは午後2時ということになった。ただバカンスシーズン中の交通機関は遅延が発生しやすいので、遅れる場合は事前に連絡してもらうことにして、いつも通り、遅延を考慮して予定を開けて待っていた。

すると当日昼前、ピコッとアプリにメッセージ着信の知らせが届いた。本日ご到着のアメリカ女子からだ。

なんだろう?やはり遅延か?と思いつつ、すぐにメッセージを開いてみる。


電車に乗り遅れてしまった。次の電車も長距離バスも全て満席で予約が取れない。このままでは到着は深夜過ぎになりそうだ、と。


なぬ?


そもそもウチはエアビーを専門にやっているのではない。夏の間アパートを空けっぱなしにしたくないからバカンス貸しをしているのだ。ご近所さん達との関係もあるし、セキュリティーを考慮して鍵は必ず手渡しにしていて、実際にどんな人が泊まるのかを都度自分の目で確認している。

そしてアプリに掲載している説明・概要には、午後10時以降のチェックインはどんな理由があろうとできません、と明記してある。

予約を受ける時に再確認をして、了承も得ている。

電車に乗り遅れて慌てるアメリカ女子の立場を労いながらも、その旨を伝えるメッセージを、可能な限り丁寧に書いて返事をした。キャンセルしても構いませんよ、と付け足して。

するとどうだ!めっちゃ長文で罵詈雑言を並べ立てた返事が返ってきた。

私が今、こんなに困っているのにあなたには心がないのか!的なことがいっぱい書いてある。

ええええ?!何で逆ギレ?

そんなに責め立てられても、深夜過ぎでは鍵の受け渡しが出来ない。エアビーをやっているアパートはウチから少し離れた場所にあるのだ。

しかもその時点で電車もバスも予約不能って言ってるし。そんな調子では深夜に到着するかどうかも疑わしい。ってかそもそも今どこにいるの?って私には分からない事だらけだ。

久し振りに心がザワついたが、深呼吸をして平常心を保ちながらその罵詈雑言に対する返事を書いた。だって無視するわけにはいかない。


深夜を過ぎると公共交通はやっていません。駅や停留所からはどうやって来るのですか?予定が分かったらまた連絡ください。


少しくらいなら10時を過ぎても構いませんよ、と付け足したが、特別に10時以降のチェックインを受け付けますよ、とは書かなかった。

深夜過ぎの南仏の片田舎ではタクシーを調達するのも一苦労だろう。さあ、どうする?

こちらの事情は説明・概要に書いてあるし、メッセージでも伝えた。それをどう受け止めるかは本人次第だ。


その日はそれから何度も情緒不安定なメッセージが届き、必死にバスや電車を乗り継いだアメリカ女子2人組は、午後10時半過ぎに私の目の前に現れた。大きなスーツケースをゴロゴロと転がして夜の住宅街に響かせながら。

私は目一杯の笑顔で迎え入れ、チェックアウトは鍵を部屋の中に置いたまま自動ロックを確認して退室してください。そして何かあったらメッセージを送ってくださいね、と伝えて別れた。

その後何も言ってこなかったので、それ以降私が彼女たちに会うことはなかった。


数日が経ち、チェックアウト後に部屋を訪れると、台所の流し場には使い捨てされたように汚れたグラスやカップが山盛りでため込まれており、頼んでおいた冷蔵庫の中の食品の処理やごみの処分さえもされていなかった。

エアビーには評価を付けるシステムがあるのだけれど、どれだけ汚く使われたとしても、一度しか会ったことのない人の悪評を書くのは気が引ける。なので良かった時は高評価を書くけれど、良くない場合は何も書かないようにしている。

アメリカ女子たちの片づけ能力の低さに落胆していた私のアプリにまたピコッと通知が入った。アメリカ女子が評価を書き込んだらしい。

こんな状態で部屋を後にして、よくもまあいけしゃあしゃあと評価が書けるものだ。少しムカついたが、友達でも何でもない人に情緒を揺さぶられるのは精神衛生上よろしくないことなので、またひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

エアビーでは双方が評価を書き込まなければ一定期間、相手の書いた評価を閲覧することが出来ないシステムになっている。チェックイン前のおぞましい罵詈雑言から始まって、台所を汚れたまま放置した人にひとつでも星を付けるのは嫌だったから、私は書かなかった。

なのでアメリカ女子が書き込んだ評価を目にしたのはそれから2週間後、評価を書くことが出来る期限を過ぎてからのことだった。


そこには他では見たこともないくらいの長文が載っていた。

部屋の装飾が超ダサい、写真詐欺だ!という一文から始まり、掃除道具が出しっぱなしで衛生的じゃないとか、絨毯が汚れているとか、嘘を交えたありったけの悪口が書いてあった。

電球が切れていた、とも書いてあったのだが、だったら言ってくれれば取り換えに行ったのに。ってか、私が確認した時は点いていたから、彼女たちの滞在中に切れたのだ。LEDなのに。。。

頼んだのに取り換えてくれなかった、って言われたら悪評も納得だが、彼女は何も言ってこなかった。陰でコソコソと棚の上のホコリをチェックする鬼姑のようなやり口ではないか!

しかもチェックアウト前日に確認のメッセージを送って、「どうだった?」と聞いたら、「とても良かったわ!」と返事をしてきたのと同一人物が書いたとは思えないほど恨みのこもった文面だ。

土足生活を習慣とする学生が住んでるアパートなんだから、使い込んだ絨毯がくすんでいるのは当然だ。掃除道具だって、狭いアパートで道具入れを設置する場所がないから洗濯機と壁の間の狭いスペースに立て掛けているのだ。部屋を紹介する写真にもしっかりと写り込んでいる。「出しっぱなしで不衛生」と書かれると、部屋の真ん中や台所か寝室にでも置きっぱなしにされていたようではないか!


深夜のチェックインは出来ないと言っただけで、ここまで根に持ってキレられるなんて思ってもみなかった。

鍵を渡した時はニコニコと笑顔だったが、もしかしたら南仏に辿り着くまでに経験した様々な嫌な思いで腹の中は煮えたぎっていたのかもしれない。唯一評価が書き込める私に、溜まった恨みつらみをまとめてぶつけてきたのか?恐るべし!アメリカ女子のリベンジ魂。

電車に乗り遅れてから様々な交通機関を回って、散々な目にあったのは想像ができる。夏の暑い最中、フランス人が文句のひとつも言わずに働くとは思えないから、相当嫌な目にあったのだろう。

予定していた電車に乗り遅れたのはかわいそうだけど、それで私に八つ当たりされても、どうすりゃいいのか全く分からない。

しかもよくそこまであることないこと悪口が書けるものだ。

自己主張の激しい国の人は、深い闇さえ感じるほどに恐ろしい。

今まで何年か民泊をやってきたけど、こんな理不尽な悪口を書かれたのは初めてだ。

いやぁ~背筋が冷っとするほど恐ろしい。

執着する人間の念ほど怖いものはない。

くわばらくわばら。



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