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いのりのはなし。



※暴力的な表現があります。ご留意下さい。

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お母さん 助けて


知らない人の足が 私の顔の上にあって
私の頭を踏み潰している

怖い 助けて 息ができない
胸が 胸が苦しい

岩のようにごつごつしたブーツの靴底が
ざりざりと私の顔を削る
痛い やめて
ここから 誰か 助けて 


重い力で押さえつけられた背中
わたしの指先はぶるぶると震えている
怖い 誰か
息が 苦しい
お母さん
痛い 痛いよ
だれか助けて 
お母さん 助けて


硬い地面と
私を押さえつけているおそろしくふとい腕は
冷え切っていていたい
おそろしく いたい
つめたい 
誰か助けて
お願い

届いて 届いて 
誰か 誰かだれか
助けて下さい
ぎゅうと踏まれた肘に
また別の力が加わってきた

一瞬生まれた隙に
思い切り息を吸い込む
ひゅう、と変な音がして
うまく息が吸い込めない
吸う
吸う
息を 息を すう

私の頬は濡れていた

知らぬうちに泣いていた

呼吸を求めもがく私を押さえつけている腕たちは

そんな事少しも気にならぬようだった


横を向いた隙にごとり、と膝が首に乗った
い きが
できない
おもい 

痛い いたいよ
だれか助けて わたしなにも
わたしなにも
ただ 買い物に
かいものに
来ただけ なのに

たすけて下さい

首のところにある膝はぐり、と喉を潰してくる
うまく いきが

えない


ああ もう

だめなのかもしれない

だめなのかもしれない

このひとは


この人は


わたしを


ころそうとしている




お母さん





お母さん





お母さん



くるしい 息ができ
いきが 
おかあ さん

たすけ
 

おかあ さん




いき が

















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8分間。命の灯が消える前の、呼吸を求めての8分間を想像してみた。ジョージ・フロイドという、アフリカ系アメリカ人男性が呼吸を求めて戦った8分間と、最後の言葉。私は当事者ではないが、自分のことに置き換えて想像してみただけでも、お腹のそこからぶるぶると震えながら湧き上がってくる感情がある。怒りなのか悲しみなのかわからないこの気持ちは、この2週間あまり大きく揺れるアメリカを覆い尽くしている感情にきっと似ている。そして、その大きな感情が何なのか説明するには、おそらくどんな言葉も足りないのだというのは分かる。

何世代にも渡って繰り返されてきた黒人差別の歴史と不当な暴力。

「あんた日本人だろ」と聞かれて「はいそうです」と答えたら、理不尽にボッコボコにされたり、身ぐるみ剥がされたり、命を奪われるのだ。何故? だって、あなた日本人だから。

そんな戦争時代みたいなことが、2020年(今年は色んな意味でレアケースだけれど)の今でも、「肌の色が黒い」というだけで経験しうるリアリティかと思うと、もう。もう。そんなことは終わらなければいけないし、終わってほしいと心から思う。

先日、こんな動画を観た。アフリカ系アメリカ人の親が、自分の子供に、警察から職務質問を受けた時にどう対処すべきか説明しているビデオだ。

小さな娘と一緒の父親が言う。

「ぼく達、家で練習してる台詞があるんだ。ほら、警察に何か聞かれたら、何て言うんだっけ?」

隣の椅子に座っている女の子は、両手を広げた降伏の姿勢で言う。

「私の名前はアリエル・スカイウィリアムズ、8歳です。武器は持ってないし、あなたに危害を加えるつもりはありません。」

何組かの家族がいて、それぞれの家庭でそれぞれの会話が繰り広げられる。

「もちろん素晴らしい警察官だっている。そういう人もいるけど、そうじゃない人もいる」

「私がもっとも恐れているのが、あなたがその悪い警官に捕まってしまうんじゃないかということ。」

「People of colorは今まで警察から標的にされてきた」

「(ポリスに止められて)車のハンドルに手を置くときは、手のひらを上に見せて置くこと。そうしたら武器を持ってないってわかるでしょう」

「どうにかして、絶対に私の元に帰ってきて」

ある家庭で、母親が娘に聞いている。

「何故、警察があなたが何か悪いことをしたと思い込むと思う?」

聞かれた娘は14−15歳ぐらいだろうか。眼鏡をかけた、素直そうな可愛らしい女の子だ。母親にそう聞かれた彼女は

「それは、、、多分、私の肌の色でだと思う。」

と、泣き出してしまう。

先程の8歳の女の子、アリエルの父親が、自分が何もしてないのに警察に尋問を受けて道に押し付けられ、唇を切って歯がかけてしまった、という話をしている。椅子にじっと座って話を聞いているアリエルの表情が、どんどんこわばっていくのがビデオ越しでも分かる。

「アリエル、大丈夫?」と声をかけられた彼女も、また泣き出してしまう。

泣き出した瞬間の彼女達の表情に胸がぎゅう、と苦しくなる。

自分の子供達に、あなたの肌の色はあなたを危険に晒す可能性がある、警察には充分に気をつけて、と言わなければいけない親の気持ち。

幼い頃からそれを聞いて育った子供達は、自分の親から言われた事を吸収し、大きくなっていく。こんな小さな時から、自分の肌の色が理由で理不尽な暴力に晒される可能性があると知って生きる彼、彼女達。どんな世界を見てるんだ。もうなんといっていいかわからない。ただただやるせなくて泣けてくる。

そうやって、何世代にも渡って繰り返され、積み重ねあげられていくストーリーたち。

何度も何度も何度も何度も繰り返される物語を、もう塗り変えなければと人々は声を上げる。

ご存知のように、フロイド氏が亡くなった後、アメリカのいたるところで抗議デモ、そして暴動が起きた。ここロサンゼルスもそうで、暴動が激化していた何日間かは、街全体に夜間外出禁止令が出るほどだった。現在も、差別問題や警察による過度な暴力行為に対する抗議活動で、人種、年齢を問わず老若男女が参加し、街のいたるところでデモが平和的に行われている。

暴動で街が燃やされ店が破壊され、ロサンゼルスが荒れに荒れた次の日、私の友人は街を綺麗にしようとゴミ拾いに出かけた。朝10時のサンタモニカの街にはゴミひとつ落ちておらず、すでに近所の住民が一丸となって街を掃除していた後だったそうで、感動したそうだ。

略奪や破壊行為を繰り返す映像ばかりが多くニュースで流されていたようだが、そういった事はあまり報道されない。

また、今回の暴動に関しても、抗議デモには全く関係ない、 他州からきた雇われの扇動者達が、破壊・略奪行為を繰り返し、プロテスターと警察などの対立を激化させ、権利・平等のために声をあげる抗議デモの正当性を意図的に捻じ曲げる工作をしているという声も多くある。

メディアやネット上では、色んな情報が交錯し、瞬時に色んな声が入ってくる。何がほんとうなのか、見きわめるのはむずかしい。自分がどうしたいのか、どうすべきなのかを問いかけながら、ひとつひとつを選んでいきたいなと思う。

この記事を書き上げるのに、色んな思いが浮かんでは消え、手が何度も止まってしまった。当事者ではない自分に何がわかるのか、とも思ったが、いやでもやっぱり書きたい、と思い、書いた。何かもしできるのならば、私も物語を書き換える手伝いがしたい。

別に誰かの襟元を正そうとしているのではなく、「ここに私は立っていたい」という、自分への意思表明のようなものなので、そう思って読んで頂ければ有り難い。そして、願わくばこれを読んでくださっている、私と同じように感じる人に届けばいいなとも思う。

先程のビデオ、もし興味がある方がいればと思い、リンクを貼っておきます。

長さは5分半程、英語ですが、もしよければぜひ観てみて下さい。

何ができるかは分からないが、私なりにできる事をやっていきたいと思う。そしてこんな風に思う人間がまた1人、2人と増えていけば、微かなさざなみのような動きも、いつかは大きなうねりになって世界を変えるのかもしれない。

そんな祈りを持ってこれを書いている。

そうしたらいつかは、自分の肌の色が自分をおびやかす世界に涙する、アリエルのような子達はいなくなるのかもしれない。

私はそんな世界を見てみたい。




えっ、、、、神様ですか?