彼の名前はキム・ソクジン ⑥

-- ソクジン 2年前 春 --

春から、新しいプロジェクトが始動する。
そして、そのプロジェクトマネージャーを彼女がやる。

彼女の席が、島から離れ上座になる。

女のくせに。
上の人とできてたりして。

全ての人がそうではない。
ごく一部の人が言っているだけだが、ソクジンの耳に嫌な言葉が入ってくる。

今時、そんなこと言うのはナンセンスですよ。

ソクジンは、怒りを抑えつつ、笑顔で告げる。
罰が悪そうにそそくさと散る人達。

そんな頃、ソクジンがそのプロジェクトチームに配属になる事を知らされる。しかも、彼女が自分を推してくれたと。

僕は、彼女の盾になれるだろうか。
彼女の笑顔を減らす全てのものから、彼女を守れるだろうか。
自分を推してくれたことに、精一杯応えたい。

長い片想いだな…

ソクジンが自分の中の気持ちに、確信を持ったのも、その頃だった。

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-- 現在 --

周りが、煌びやかな照明で明るくなる。

辿り着いたのは、郊外の高台にある有名なホテルだった。
VIPレベルの人達が利用する場所。
私たちが仕事帰りに行くようなところではない。

確かここは、うちの親会社である財閥の傘下にあるホテルだ。

ドアボーイが助手席のドアを開けた。
助手席側へ回ってきたソクジンが、手を差し伸べる。


  はい、お姫様


私はその手を払い、立ち上がった。


  ソクジンさん、これは何?
  壮大なドッキリか何か?
  私担がれてるの?
  かっこうだって仕事用のスーツだし
  不釣り合いだわ!


私を嗜める様に、深く瞬きをしながら優しく微笑む。


  やー。大丈夫!
  ヌナはいつでも綺麗です。
  さ、行きましょう


両肩にソクジンの両手が乗った。
そのまま押されるように、エントランスをくぐった。

煌びやかなロビー。
仕事で疲れたハイヒールが、コツコツと場所に不似合いな音を立てる。

場違いだわ。
お酒を飲むにしても、ここじゃ桁が違いすぎる。

そんな心配をよそに、ソクジンは私の顔の横から腕を伸ばし、エレベーターのボタンを押した。

彼の顎が私の髪に触れる。何個目かのガラス玉が、また胸の奥で弾けた。

  待って!
  ちょっとちゃんと説明して!


振り返るとちょうど目の前にソクジンの胸があった。
慌てて後ずさる。

  
  ねぇ、全く掴めないんだけど?
  今日は祝杯をあげるのよね?
  ここって、そんな雰囲気じゃないよね?
  どういう事?


完全に冷静さは欠いていた。
エレベーターホールに響き渡る自分の声。


   やーやー
   ヌナ、落ち着いてください
   やー、困ったな
   なんでそんなに怒るんですか?


チンッ
エレベーターの到着した音が聞こえた。
ソクジンは軽く私の背を押し中へと押し込む。


  やー…
  やっぱり、何か間違ってましたか?
  彼女とか出来たことないんで
  よく分からないです。
  喜んでもらえると思ったのに
  やー…
   
  
エレベーターが最上階に着いた。
ソクジンは1人、おーやーぶつぶつ言っている。


  どうするの?
  このまま下まで降りる気?


何故だか無性にいじめたくなってきた。

職場では見せない顔。
ぷるぷるとした唇をとがらせて、困った顔をしているソクジン。

エレベーターのドアを手で押さえながら、私が出て行くのを促す。

私の気持ちは落ち着いてきた様だ。
このエレベーターの様に上がったり下がったり、今日一日で何年分の感情の起伏を味わったんだろう。

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奥へと進んでいくソクジンの背中を追う。

本当に広い肩幅。
さっきまで、あの腕の中にいた事を思い出す。

いけない。
せっかく落ち着いてきたのに。
頭を軽く振った。

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