彼の名前はキム・ソクジン ⑦

通された場所は、この街の夜景が一望できるレストランのVIP席だった。

窓の下に揺らめく街の灯。
こんな風景を眺める事ができるなんて…。

やることなす事、全て面食らう。
もう、理解の範疇を超えていて、この状況を楽しもうと言う気持ちになってきた。

椅子に座り大きく深呼吸をする。

ソクジンは相変わらず浮かない顔をして、目も合わせようとしない。

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私はテーブルを2回、コツンと叩いた。
ソクジンが、顔を上げる。
捨てられた子犬の様だ。


  ちょっと質問していい?
  ここって一般人が入れる様な
  場所じゃないよね?
  予約がないと入れないと思うし。
  前から計画してたの?


  いいえ、今日連絡をしました。


合点がいかない。
今日連絡して取れるような場所ではないはずなのに。

それに、支払いも気になる。
年下のソクジンに払わせる訳にはいかないだろう。

次の質問をしようとした時、ワインが運ばれてきた。


  全部、お任せでお願いしてありますから。
  ヌナは遠慮しないで。


もう、腹を括った。
きっとこのワインもお高いんだろう。

  ヌナ、乾杯しましょう。
  今日の成功と、
  遅くなった誕生日のお祝いです。

グラスの触れる音。
私は注がれたワインを一気に飲み干した。

次々に運ばれてくる料理は、どれも美味しそうで、そしてそれが次々にソクジンの口に運ばれて行く。

食べながらソクジンは、いつものソクジンに戻っていく。
大きめの一口を口に入れ、目を閉じてゆっくりと噛み締める。
眺めているだけで、こっちが幸せな気持ちになる。


  ヌナも食べてください。


私は食べる事も忘れて、ただただソクジンの食べる姿を見つめていた。
まるでアルパカの様に動く口元。

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可愛い…

口から漏れそうになる言葉を噛み殺す。


  ね、今、目の前にいるのは、
  キム・ソクジンさんよね?
  一緒にお仕事している
  キム・ソクジンさんよね?


ソクジンは、口に頬張ったまま、驚いた様に目を見開く。
そして口に入っているものを無理矢理飲み込み、口を開く。


  や〜ヌナ、面白いことを言いますね


手のひらを叩きながら笑う。
そして急に顔を近づけてきて言う。


  ヌナ、もう"さん"づけは
  やめてほしいんですけど


本当にこの人は人を惑わす天才だ。
また私はワインを飲み干す。


  じゃあ、ソッチン
  あなたは何者なの?
  こんな普通じゃない所に普通に連れてきて
  おかしなとこだらけなんだけど


ソクジンの手が止まる。
ナプキンで丁寧に口の端を拭く。


  僕は僕ですよ。


だんだんと酔いが回ってくる。そんなに弱い方ではないのだけれど、今日は調子が狂いまくりだ。


  ここ、すごく高いのよ?
  大丈夫?


気になっている事を口にしてみる。
彼のプライドを傷つけてしまわないだろうか。


  ねぇ、ヌナ
  ヌナに僕はどう見えてる?


私の投げかけた質問からは全く外れた言葉が、ソクジンの口から放たれる。
質問の意図もわからないまま、酔いが回った頭で考える。


  誠実で、頭も良くて
  頼りになる仕事のパートナー。
  ってところかしら?


至って無難な回答。

どう…って。

いつも素敵だと思ってるわ
かっこいいよね
可愛いと思う

どれも空々しかった。


  他には?


何が見透かされた様で、ドキンッとする。
もう何杯目なのかわからないワインを飲み干す。


  僕はいつも自分を
  かっこいいって褒めるんです。
  でも、ヌナは一度もそう言うところを
  褒めてくれない。
  

自分自身を褒める。
その自己肯定スキルと、それに反比例する様に拗ねるソクジン。
  
きっと。
ソクジンは自己肯定を繰り返しながら、自分自身を鼓舞してきたのだろう。
あの、ファシリテーションスキルは、こんな風に鍛えたれたのかもしれない。
  

  ヌナって、そうですよね
  外見とか、そんなことじゃなくて
  僕の仕事ぶりを見ててくれたんですよね

  だから、ちゃんとお礼がしたかったし
  本当の事もいつか話さなきゃって思ってて

  今日、休憩室に1人でいるのを見て
  今日じゃなきゃダメだって思ったんです。


本当の事?
本当の事とは、何の事だろう。
私の疑問をよそに、ソクジンは話を進めた。

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