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ロミオとジュエリエット

最近、着物を着る機会が増えました。
着物を着る機会が増えると、洋服と着物の違いを嫌でも感じます。


洋服の場合、朝起きてものの3分もあれば着替えが完了するけれど、着物の場合はそうはいきません。どんなにスムーズに着付けができたとしても、15分は確実にかかります。


また、洋服の場合は、慶弔時ではない限りどんな服を着ようが問題ないけれど、着物の場合はそうはいきません。A群に属する着物にはA群の帯、B群に属する着物にはB群の帯、といった「格」を合わせる必要があります。
着物や帯に限らず、帯揚げや帯締めといった小物にも適応するルールです。(最近はそのルールも随分緩和されました)



着るのに20分以上かかる
着る上での細かなルールがある


これだけ聞くと「面倒くさっ!なんで着物着るの?洋服でいいじゃん!」と思う方もたくさんいらっしゃると思うのですが、私の中では面倒くさい気持ちよりも「へーんしん(変身)!」させてくれる大切な存在、感謝感謝!という気持ちの方が圧倒的に強いのです。


そして最近気づいた事があります。着物をそんな大切な存在だと思わせてくれたのは、実は洋服があったからという事に。


何が言いたいかというと、着物しかなかった時代に生まれていたら、ここまで着物の事を好きになっていなかったかもしれません。洋服という比較対象があるおかげで、洋服と着物の違いに一つ一つ感動し、着物をこれほどまでに好きになれたのだと思います。そう思うと、着物だけでなく洋服にも感謝だし、この時代を選んで生まれてきた自分にも感謝したくなります。


振り返ると、昨年4月に”モヤモヤしたまま着物と関わり続けるのは嫌だ!”と思い、一度スパンと着物との関わりを断ちました。けれどその半年後に、やっぱり着物が好きで着物の事を発信したいという思いが膨れ上がり、着物に関しての発信を始めました。今思うと、立ち止まった事さえも自分の人生設計図の中に組み込まれていた事なのかもしれません。


そう思ったら、過去の自分の選択もなんだか愛おしく思えてきました。あんな事やこんな事を悩んだり苦しんだり大泣きしながら一つ一つ選択したからこそ、今私はこうやってこの場にいる。どんな出来事も決して無駄ではない。むしろ、そういう経験をさせてもらったからこそ、今自分が心からやりたいと思っている事に邁進できている!



☆☆☆☆☆☆☆


私の中での着物と洋服の関係性って、実は「ロミオとジュリエット」なのかもしれないと感じ、この記事のタイトルを「ロミオとジュリエット」にしました。



簡単には実らない恋だからこそ燃え上がる
(簡単には着られないからこそ燃え上がる)


様々な制限がある中での逢瀬を楽しんでいる
(様々なルールがある中での着こなしを楽しんでいる)


やっと二人で会えた時間は何物にも代えがたい
(やっと着れた時の喜びは何物にも代えがたい)




なにをクサイ事言ってんだ!?と思われてしまいそうですが、けれど私はこれからもロミオとジュリエット的な着物と洋服の関係性を楽しみながら、私の人生を一つ一つ味わっていこうと思います。





最後に。

やっぱりシェイクスピアって凄いや。笑



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