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【 チェイサーゲームW 】第2話 小説風にしてみた

【  裏切りと執着⠀】

冬雨は娘の月の頭を優しく撫でながら夫の浩宇に聞いた。

「熱は?」

「もう大丈夫。保育園からの電話に出られなくてごめん。ご飯食べたなら牛乳を温めるね。」

浩宇は甲斐甲斐しく世話をやいた。

椅子にぐったり座り疲れきった表情を浮かべ頭を抱える冬雨。
考え事をしてるのに、何度も話しかけてくる浩宇にイラつき

「明日でいい?!」

自然に強い口調になってしまう。

冬雨は洗面所で手を洗いながら右頬が痛むことに気づき手をあてた。
初めて樹にビンタされちゃった。
頭からシャンパンを浴びせた私に向けた敵意むき出しの樹の目。
優しい樹のあんな顔は初めて見た。
キスした後にシャンパンをかけたんだもん、温厚な樹が怒るのも無理ないよね。
私は一体何がしたいんだろう?
冬雨は自分の行動に戸惑った。

そして外したイヤリングを乱暴にアクセサリースタンドに引っかけ、その場を後にした。

冬雨と入れ替わる様に入って来た浩宇は、冬雨が外したイヤリングに触れながら考えていた。
昔から大切にしているこのイヤリング。何か意味があるのだろうか?

次の日、樹はミネラルウォーターを飲みながら非常階段で冬雨にキスされた事を思い出しボーッとしていた。

その時、突然梨沙に声をかけられた。

「樹さんはそっち派ですか?」

(えっ、何?考えてた事がバレた?)

動揺したがBLのイラストの話を聞かれただけだと分かり安堵した。

そこに冬雨がやってきた。
梨沙がBLが好きかと聞くと

「中国では同性愛は有り得ません。それに私は生理的に無理です」

じゃ、昨日のキスは…?

そこに今日から合流する久保結菜がやってきて、ミーティングが始まった。

「天女世界のゲーム化は決定ではありません。確実なものにする為に”石井輝義”さんにキャラクターデザインをお願いします。もしダメならこの会社への発注は100%ないでしょう。この仕事はリーダーであるあなたにお願いします。」

冬雨は樹にそう言った。

樹は大学時代の同級生の青山航に会っていた。石井輝義の連絡先が分かったら教えてくれと頼んだのだ。

「わかったよ。で、林冬雨のことはどうなった?」

「ううぅん、それはもういいの。」

樹はまたしても冬雨の話を濁した。

うちに帰りのんびりスマホを見ていると、天女世界の内輪しか知らない話がネットニュースになっている。驚いた樹はチームの皆に聞いたが誰も心当たりが無いようだった。

冬雨にも連絡したが繋がらない。
その時冬雨は、アサヒプロダクションでアニメ化の打ち合わせをしていたのだった。

林家では浩宇と月が、中国の冬雨の母とテレビ電話で話していた。

「男性としては不完全なあなたが、13歳も年下の美人で働き者の女を嫁に迎える事ができたんだから、しっかり支えなさい。」

そう言われていた

翌日出社した樹はエレベーター前で冬雨に会ったので、務めて明るくたずねた。

「おはようございます。石井輝義さんのリークの件ご存知ですか?」

「勿論、あれやったの私ですから」

思いもよらぬ返事にびっくりし、一緒のエレベーターに飛び乗った。

閉じるボタンを押した私の指の上から冬雨もボタンを押してきたので、一瞬ドキッとしたがスっと手を引っ込めた。

そんな時

ガタン·····

突然、エレベーターが揺れて止まった。

樹は思わず倒れそうになった冬雨の体を支えた。安静装置の誤作動だと思うので、復旧までしばらく待って欲しいとの事だ。

「最悪」

冬雨は力なくエレベーターの隅にしゃがみ込んだ。
樹は冬雨が動揺してるのを見て、なるべく穏やかな口調で声をかけた。

「ジタバタしても仕方ないから待ちましょう」

冬雨は自らを落ち着かせようとペットボトルの水を飲もうとしたが、中身は空っぽだった。
それを見ていた樹は自分のペットボトルを差し出した。

「はい。」

「要らない。」

冬雨は首を振ったが樹にはそれが強がりだと分かっていた。だから、敢えて美味しそうに水を飲んで見せた。
すると案の定冬雨は、こちらをチラリと見て喉を鳴らした。

( 冬雨、怖いんでしょ?
私の前で強がらなくていいよ。)

「はい。」

もう1度水を差し出した。

今度はちらっと横目で樹を見ると、
モジモジしながらペットボトルを受け取った。冬雨は口をつけずに水を一気に喉に流し込んだ。
樹の事を意識しすぎてペットボトルに口をつける事が出来なかったのだ。

樹は冬雨が甘えたい時あまのじゃくな態度を取ることを知っている。
今回もそれが手に取るようにわかった。

( ねぇ、冬雨 ?勘違いじゃないよね?
2人っきりだと素を晒してくれる?
そうでしょう? )

返されたペットボトルをしまおうとすると、冬雨がお金を渡してきた。

「何?」

「恩に着せられたくないから...。」

冬雨はすっかり” 牙を抜かれた虎 ”のように弱々しい。
樹は舌っ足らずな冬雨の喋り方で、
自分に甘えていることを確信した。

「そんなことくらいで恩に着せたりしませんっ」

( そんな姿見せられたら私ほっとけないよ?今この瞬間だけでもかまわない。冬雨との距離縮めてもいいよね? )

樹は自分の上着を冬雨に掛けようと、優しく肩に手を回した。
冬雨は樹が近づいてきたのでびっくりしてお尻を床についた。

「えっ?」

すでに、上司として一線を引いていた林冬雨ではない。
声のトーンが樹のよく知っている昔の冬雨の声そのものだった。

「あなた、閉所恐怖症でしょ」

そう言いながら冬雨を優しく包み込む。

「何で知ってるの?」

「4年も一緒にいたらわかるよ。」

そう言って冬雨の肩を抱きペットボトルの水を飲ませた。
これで少しは落ち着いた?
この時すでに冬雨は抵抗することなく、樹にされるがままになっていた。

( ねぇ、樹、どうして?酷い態度ばかりとる私に何で優しくするの?私の事嫌いになったんじゃないの?あの時私を振ったのは樹、あなたでしょ。なのに何で今更?ズルいよ...樹。)

お互いの顔が近づき、2人の間に甘い空気が流れた。

見つめあったままあと数センチ。
このまま流れに身を任せれば。

そのときエレベーターが ”ガタン” と揺れ電気が消えた。
お互いの顔はすぐ目の前。
このままキスしてもかまわない。

その時

「申し訳ありません。復旧しました。」

アナウンスがありお互い我に返った。

冬雨は自分の素の感情を樹に見せてしまった事に動揺し、ハイヒールを鳴らしながらエレベーターを後にした。樹は冬雨のそんな姿を優しく見送っていた。

青山から電話がきた。話を聞くと、石井輝義は2年前に中国のアニメ映画の総指揮をしている。それがなんと冬雨の会社、ヴィンセントだと言うのだ。

冬雨はエレベーターでの出来事が頭から離れず、樹の事ばかり考えていた。
大学時代仲良く自撮りして幸せだったあの頃。2人一緒にいるだけで笑いあえた。なのに今は⋯。考えれば考えるほど胸が苦しくなった。

その時チームの皆が冬雨の所へやってきた。先頭にたった樹は強い口調で尋ねた。

「2年前に石井輝義さんとアニメのお仕事されてますよね。それなら連絡先知ってるんじゃないですか?」

「あなた、調べたんですか?」

「いいえ、青山くんから聞いた」

それは冬雨が1番聞きたくない名前だった。その青山の名前を樹の口から聞かされ、冬雨は感情に火がついた。

青山君とまだつきあってるの?
私の前でまたその名前を出すなんて!
さっきエレベーターで優しくしてくれたのは、一体何だったの?

「やっとそこまでたどり着いたんだ。こんな簡単な事なのに、調べるのに時間がかかりましたね。簡単に教えないのは人脈は金脈だから。お金下さいって言って、くれる人いますか?いませんよね。それと一緒です。」

「土下座をしてくれるなら連絡先を教えますよ」

そう意地悪な笑みを浮かべた。

挑発された樹はみんなの静止を押し切って土下座。連絡先を教えて欲しいと頼んだ。
それを見た冬雨は、元々用意していた連絡先のメモを樹の目の前に置いたのだった。


場所は変わって

樹は大学時代に冬雨とよく来たカフェに1人で入った。
注文を聞かれたので向こうのパフェを指さし

「私もあれにします…。」

( えっ? )

パフェの視線の先、奥のテーブルに座っているのは冬雨 ?!
樹は突然の出来事にびっくりして目を伏せたが遅かった。
何故なら冬雨がこちらに向かって歩いてきたから。
そして樹の目の前に座った。
樹は平静を装おうとしたがキョドり上ずった声で

「何?」と聞いた。

冬雨は髪をかきあげ左耳のイヤリングを見せた。

「ねぇ、これ、覚えてる?」

( 忘れるはずない。だって私が冬雨にあげた初めてのプレゼント。そして初めてのお揃いなんだから。あの時「かわいい」って喜んでくれたあなたの笑顔。私は今でも昨日の事のように覚えてるよ 。)

そんな気持ちを込めて樹は力強く頷いてみせた。

冬雨は樹の返事などお構い無しに立ち上がり、無造作にイヤリングを外して見せた。

そしてイヤリングをこれみよがしに床に落としたかと思うと、パンプスを履いた左足で粉々になるまで踏みしだいた。

「何でそんなことするの」

樹は堪らず冬雨に抗議した。

「あなたが私の気持ちを粉々にしたからよ」

冬雨は今まで溜め込んでいた怒りを樹にぶつけた。

大学時代、誰もいない教室。
そこで抱き合う樹と青山。
そこに何も知らずに入って来る冬雨。

(樹、何やってるの?)
目のまえの光景に頭が真っ白になり佇むだけの冬雨

「こちら、青山君」

樹はそう紹介して青山と腕を組んだ。

「高校時代の同級生。やっぱり冬雨だと物足りないんだ」

今にも涙がこぼれ落ちそうな冬雨。
ずっと樹と一緒に居られると思ってた。そう約束したはずなのに…。

冬雨の胸には樹とペアのペンダントが悲しげに揺れていた。

それから間もなく冬雨は大学を辞めて中国に帰った。

樹の事を忘れられず鬱々とした日々を過ごしていた冬雨は、樹が「ダイナミックドリーム社」で働いている事を知った。そして、中国の大手コンテンツ会社「ヴィンセント」に入社した。そこで「天女世界」の発注をダイナミックドリーム社にすることで、再び日本に来れるよう準備していたのだ。

そうして樹に再開した冬雨は、愛ゆえの激情を樹にぶつけずにはいられなかった。粉々に砕いたイヤリングを床から拾い、樹の目の前で見せ付けるように落とした。

「あなたに裏切られた事、ずっと忘れてないから」

冬雨は美しい顔に氷のような笑みを浮かべ、樹から目を逸らさなかった。

樹は冬雨から怒りの感情より、強く深い悲しみを感じとった。

自分のした事が冬雨をこんなにも深く傷つけ、苦しませたかと思うと強く後悔せずにはいられなかった。

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