見出し画像

【 チェイサーゲームW 】第3話 小説風にしてみた

石井輝義の事務所に行った春本樹と七瀬ふたば。気難しい先生かと思いきや、ふたばのお色気パワーで仕事の依頼を難なく引き受けてもらった。

その帰り道、2人してカフェでお茶しているとふたばが言った。

「樹さんセクハラ耐性弱そうですよね。樹さんって潔癖っぽいから。きっと冬雨さんもですよ。2人ちょっと似てます。」

似てる?冬雨と私が?
樹はムキになって全然似てないと否定した。ふたばは勢いに押され

「そうですよね。違います。違う」

と謝ったが、樹さん、何であんなにムキになってんだろう?
冬雨さんも異常に樹さんを敵視してるし…。2人って何かある?と不思議に思った。


会社に帰ると冬雨が電話で

「少し考えさせて頂いていいですか?」

そう話しながら左手の指で、髪をクルクル回しているのを樹は見逃さなかった。
今も変わってないんだ、冬雨の癖。
不安や心配事があるか私に甘えたい時、冬雨は無意識に髪をクルクル回す。

懐かしいな、冬雨のあの癖。

「来週、中国本社と第1回目のオンラインミーティングが決まりました。石井輝義さんは決定なので、あと必要なのは一流の作曲家と一流のシナリオライター。来週までに決定をお願いします。」と冬雨は告げた。

しかし、樹がそのスケジュールだと無理だと言うと冬雨はパソコンの手を止め振り返りざまに

「それなら奪ってきて下さい。得意でしょう、奪ったり嘘つくの。」

と含みを持たせ嫌味たっぷりに言った。

( 冬雨、まだあの時のこと…。)

そこへ坂本さんから電話で、子供が体調不良なので休ませて欲しい。小松莉沙は生理がキツイので早退させて欲しいと願い出た。

「子供が風邪をひいたからといって、仕事を休むなんてあり得ません。生理休暇なんて取ってたら、女は使えないと舐められます。我慢してください。」

冬雨のその言葉に事務所の空気が凍りついた。

「それはパワハラです。」

樹はリーダーとして抗議したが

「そんな覚悟で仕事ができますか?この仕事が欲しくないのなら、私を訴えてください。」

と言って樹を黙らせた。

「我慢するから大丈夫です。」

見かねた莉沙がそう言ったが、正義感が強く優しい樹は気にしないで帰るようにと配慮した。

莉沙を見送った樹は、あまりにも理不尽な態度をとる冬雨を睨みつけた。

そこへ隣の部署のコンセプトアーティスト、三木がやってきた。
天女同士の結婚のシーンを描いてるがイメージが上手くいかないので、モデルをお願いしたいと。

そのモデルには

撮影現場にウェディングドレスを着た樹が入ってきた。王道のAラインのドレスを着た樹は、誰が見ても羨むほどの美しさだ。
樹は緊張の面持ちで相手が来るのを待っているが落ち着かない。

「お待たせしました」

三木に促されやって来たのは

そう、冬雨だ。

「美しい」「お似合いです」

みんなの声で冬雨が入って来た事を確認した樹は、ゆっくり振り向き冬雨の全身に目を向けた。

樹は冬雨の美しさに思わず息が止まる。想像以上の美しさだ。あまりの美しさに樹は冬雨から目を逸らすことができない。

冬雨、またこうして会えるなんて私、思ってなかったよ。どれだけ憎まれてもどれだけ嫌われても、冬雨が私のそばにいる事がこんなにも嬉しい。赤いルージュも胸もとの開いたドレスもよく似合ってる。出来ることなら人目も気にせず、今すぐ冬雨を抱きしめたいよ。

冬雨も樹を見て同じことを思っていた。思った通りやっぱり樹は素敵だね。
でもね、その澄んだ眼差しが辛いの。
樹の眼差しは昔とちっとも変わらない。
なのに私は随分変わってしまった。
ねぇ、樹。もしも私が今、あの頃のように樹の胸に飛び込んだらそのとき樹はどうする?

冬雨はハッと我に返り

「早くしましょう」

と促した。そして撮影が始まった。

向かい合い見つめ合ってポーズを決める。シャッター音が室内に響き、フラッシュが2人を照らす。

「腰に手を回したり、手を握って」

言われるままに手を握ったり抱き合ったり。そのたび相手の体温を感じ、2人とも胸が高鳴った。

「愛してるって表情で見つめ合って」「次は林さん。髪を撫でて。」

そう言われて冬雨は樹の髪を優しく撫でる。樹は皆の前で、冬雨への想いを悟られるのが怖くて気持ちにブレーキをかけた。だからどこか動作がぎこちない。反対に冬雨は今も断ち切れぬ樹へのこの想いを伝えたくて、艶かしい表情で樹を見つめた。

大学時代、冬雨の手を私は離してしまった。その冬雨が今手の届くところにいる。あの時私があなたの手を離しさえしなければ…。
2人でウェディングドレスを着る
そんな素敵な未来もあったのかな?

「もっと近づいて。おでこを近づけて下さい」

背の高い樹が少ししゃがんで冬雨に目線の高さを合わせると、冬雨の方から樹に顔を近づけてきた。その時おでこと鼻先が触れ、樹は弾かれたように後ずさった。冬雨はそんな樹を愛おしそうに見つめていた。

するとカメラの音が止み、撮影が終了した。

「ありがとうございます。これでいいイメージボードがかけそうです」

と三木はお礼を言った。

「よかったです」

樹は笑顔で答えたが、冬雨は我に返った途端恥ずかしくなったのか、ドレスを両手でぎゅっと掴み

「ありがとう」

そう一言だけ残して立ち去った。


オフィスに戻るとふたばが嬉しい知らせを持ってきた。超売れっ子の田中タカヤスが天女世界のゲーム音楽をやってくれることが決まったのだ。

しかしお色気作成で仕事を取ってきたふたばに、久保結菜は異議を唱えた。ふたばは「綺麗事だけでは仕事は取れない。出来るのなら結菜さんが今週中に取ってきて下さいよ」と言った。

1週間後、結菜は誠実な手紙を書くという古典的な方法で、一流のシナリオライター新沢良介を口説き落としてきた。
自分のやり方は間違っていたのかと悩むふたばに

「私はあなたのやり方を高く評価します」

冬雨はそうさり気なく励ました。

パワハラ上司は樹への当てつけで演じてるだけでこれが本来の冬雨の姿だ。


樹はこの前冬雨と出会ったカフェで、おばあちゃんが来るのを待っていた。

その頃、冬雨は自宅で仕事をしていた。

「ママ遊ぼう」

娘の月が誘ってきたが

「仕事中だから後でね。」

と断りつまんないと言う月の為に、夫の浩宇を呼んだ。

洗濯で忙しいという浩宇に月を押し付けたが、すぐにパックの飲み物がないとまたしても呼びつけた。

「やる事やってよね。誰のおかげでこの生活ができてると思ってるの。」

買い置きがないという浩宇にきつい言葉をかけたが、浩宇は反論することなく買いに出かけた。

その時パソコンに人事評定が届いた。出産を機に下がった人事評定を見ながら、産休がなかったらなぁと思っていた。私、今のこの生活を後悔してるのかな?

浩宇は公園のベンチに座っていた。
冬雨の母親に「あなたは13も年下の働き者の嫁をもらったんだから幸運よ」と言われたこと、冬雨に「誰のおかげでこの生活ができてるの」と言われた事が、グルグルと頭の中を駆け巡った。

僕の存在意義は何だろう?家政夫?そんな事をずっと考えていると憂鬱になり、冬雨からの電話にも出る気にならなかった。

冬雨は浩宇と連絡が取れずしょうがないので、仕事を中断して月を遊びに連れて出ることにした。


お金のない青山はフリージャーナリストの傍ら、Uber Eatsの仕事をしている。自転車を止めて荷物の確認をしていると、前の家から女性と子供が出てくるのが見えた。

「えっ?あれは…。」

青山は暫く見ていたが、2人がこちらに近づきそうになると目を逸らした。なぜならその女性が大学時代の林冬雨だと気づいたからだ。青山は冬雨が出てきた家の写真を撮り、しばらく考えこんでいた。


樹はカフェにきたおばあちゃんに、いい人いないの?と質問攻めにあっていた。浮かれた話のひとつも無い樹は耳の痛い話を聞きながら、黙々とケーキを頬張るよりほかなかった。

その時青山からラインが届いた。

「えっ?」

冬雨と月は家に帰って浩宇を探したがまだ帰っていなかった。
すると月がお腹が空いたと騒ぎ始めたので、冬雨はこれじゃいつまで経っても仕事にならないとため息をついた。


その頃樹は青山からもらったLINEを見て、いても立ってもいられず冬雨の家の前まで来ていた。写真と家を見比べてここなんだと確信した。
この家を見るまでは冬雨に家族がいるなんて嘘なんじゃないかと少なからず思っていたが、現実なんだね。
幸せな家族が住みそうな一軒家。
写真立てに写る冬雨の家族がここに住んでるんだと思うと、樹は胸が苦しくなった。

冬雨、幸せなのかな?
もう大学時代の冬雨じゃない、
結婚してるんだもんね。
それをわざわざ確認しに来るなんて…。

「私、何やってんだろう」

その時スキップしてきた女の子が車の前に飛び出しそうになった。
樹は思わず大きな声で叫んだ。

「危ない」

駆け寄って女の子の体を抱いた。

「急に飛び出したら危ないよ」

そう声をかけると女の子は謝った。

「すいませ~ん、月、勝手に走っちゃダメでしょう~。」

「ママ〜」

女の子が走って抱きついたのは…

「冬雨。」

樹は冬雨と子供を交互に見ながら、なんて声をかけたらいいのかわからなかった。
冬雨も、樹にはこんな私を見られたくなかったのにと思っていた。

2人の間に5年もの長い歳月が流れてしまった事を実感するには、十分過ぎる現実だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?