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【 チェイサーゲームW 】第5話 小説風にしてみた

樹と冬雨は一度すれ違った想いが一つに重なり遂に結ばれた。
冬雨はこれでもかってくらい激甘な声で聞いた。

「泊まってく?」

「泊まってって欲しい?」

冬雨のもっと甘えた顔が見たくなった樹は、質問に質問で返した。

「うんっっ。」

予想通り甘えた冬雨の声に樹の声も甘くなる。

「いいよぉぉぉ」

互いに愛しさが募りどちらからともなく顔を近づけ、キスをしようとしたその時

ガチャ!!

「あっ」

浩宇は数日ぶりに帰ってきた我が家を見て驚いた。物が散乱した部屋を想像し、僕がいないとダメなんだと実感して欲しかったのに綺麗に整理整頓されている。なんなら出ていく前より綺麗なんじゃ?
月の服の準備まで出来てる。
これを冬雨が1人でやったのか?

冬雨があわてて2階から降りてきた。

「浩宇どこいってたの?
心配したんだから。」

「ごめん。」

乱れた髪を直しながらあわてて樹も降りてきた。

「彼女は一緒の職場で働いている春本樹さん。私、家事が何も出来ないから彼女に手伝ってもらってたの。」

「そうなんですか。
それはすみませんでした。」

この人が冬雨の旦那さん⋯。
さっきまで私の腕の中にいた冬雨が浩宇って名前で呼ぶ人。旦那さんなんだから名前で呼ぶのも心配するのも当たり前だよね。だけど、目の前で2人の関係を見せつけられるのは辛いよ⋯冬雨。

「じゃあ、私、帰るね。」

「ありがとう」

冬雨は両手にカバンを持ち、樹が上着を羽織るのを待っている。
その時髪をかきあげた樹の耳に、冬雨が大事にしていたイヤリングと同じものが見えた。

浩宇は冬雨があんなに優しい口調で「ありがとう」と言うのも、自分が鞄を持ってあげたりする姿も初めて見た。僕には決して見せない姿。
冬雨が大事にしているイヤリングとお揃いをつけている彼女。
春本さんとは⋯、冬雨にとって一体どういう存在なんだろう?

「春本さん⋯。」

「はい。」

「もう大丈夫です。
ありがとうございました。」

浩宇は「ここは君がいる場所ではない」とでも言いたげなキッパリとした態度でお礼を言った。
樹もここ数日一緒に過ごしたこの場所は、自分がいるべき場所ではなかったんだと思い知らされていた。

「冬雨⋯。」

うちに帰った樹は冬雨のことを想い長い夜を過ごした。


翌日出社した樹は中国から来た呂部長と対面し挨拶した。
席に着こうとして目があった冬雨と樹は、こっそりLINEでやり取りをした。

「昨日、あの後、大丈夫だった?」

「うん。私も旦那も疲れてたからすぐ寝ちゃった。」

「ごめんね。」

「なんで樹が謝るの?」

冬雨は振り返って樹の顔をみた。

昨日は冬雨とひとつになれて嬉しかった。でも旦那さんが帰ってきて現実に引き戻された。冬雨は既婚者なんだという事実を目の当たりにし罪悪感もあった。

冬雨はチームの皆の前で呂部長のモーレツな仕事ぶりについて説明した。
しかしわからないのは呂部長が日本に来た目的。あと、私は部長から敵とみなされていると。

「私への敵対心が皆さんへ向かってしまって、本当にごめんなさい。」

樹へのわだかまりが解けた冬雨は、みんなの前で素直に振る舞っている。

「でも、昨日の報告は満足してもらえたんじゃない?」

樹が優しく冬雨に放ったその一言を、恋愛上級者のふたばちゃんは見逃さなかった。

どうしたんだろ?
この2人すっかり空気感が変わってる。
あんなに敵対してシャンパンぶっかけたり、ぶっかけられたりしてたのに。何なら甘めな雰囲気が漂ってない?
樹さんなんて冬雨さんにタメ口になってるし。喧嘩してた恋人が仲直りしましたー、みたいな⋯この感じ?
なんだろ?

冬雨はみんなにお礼を言った。
髪をクルクル回す癖をみた樹は、冬雨の事が心配だった。

2人はトイレに化粧直しに行った。

「やっぱり心配?」

「う~ん、もしも呂部長が私の足を引っ張るために来たとしたなら、ゲーム化を潰すことが目的のはず。」

「そんなことするためにわざわざ日本に来るかなぁ?」

「だから、他に何か目的があるはず。」

「心配しすぎる性格、ちっとも変わってないね。」

樹は冬雨を安心させる為に優しく微笑んてみせた。はにかんだ笑顔を返した冬雨は、樹の胸元に見覚えのあるネックレスを見つけ手に取った。

「ねぇ、このネックレスって昔一緒に買ったやつだよねぇ。」

大学時代、2人の愛を形にしたくて買ったペアのネックレス。2つのネックレスを合わせるとハート型になるものだった。

「冬雨はもう捨てちゃった?」

「うううん、私も持ってるよ。今度つけてくる。」

「そんなことしたらみんなにばれちゃうでしょ。」

「いいよぉ。ばれても。」

甘い顔で冬雨を見つめる樹。
それよりもっと甘い顔をする冬雨。まるでこの2人のいる場所だけお花畑に満開の花が咲いているような、ふわふわした空気が漂っていた。
完全に2人っきりの世界。

冬雨はチラッと入り口のほうに目をやり誰も来ていないのを確認すると、樹の腕を掴み顔を近づけた。
冬雨の行動を察した樹は目を閉じ優しくキスをした。
2人とも心が満たされとても幸せだった。

誰かが入ってきた気配を察し、甘いムードを振り払った2人は慌ててその場を後にした。


その頃、呂部長は誰かと密会していた。


冬雨は家に帰り、浩宇が晩御飯を作っている間娘の月と遊んで待っていた。

「ママぁ、樹ちゃんはもう来ないの?」

「月がいい子にしてたらねぇ。」

そう優しく月の頬をさすりながら樹のことを考えていた。
今頃何してるかな?

「樹⋯。」

無意識に心の声が言葉に出ていた。


翌日出社すると呂部長が資料を投げつけてきたので冬雨は驚いた。
今までキャスティングした3人に問題がある。更に田中タカヤス、新沢良介も。検閲が通らないと。

「そうなると報告出来ることが何も無いので、ヴィンセントとの会議は変更ですよね?」

綾香がそう言うと呂部長は変更はしないと言った。
たまりかねた樹が反論すると

「あなた学級委員長みたいな子ね。くだらない指摘ばかりして男にモテないでしょ?」

そう、パワハラまがいなことを言ってきたので樹は悔しくて唇を噛んだ。

黙って聞いていた冬雨だったが、新たな提案をしてきた。それはゲーム化についての報告をするのではなく、アニメ化についての提案をしてはどうかという事だった。

「アサヒプロダクションと進めているアニメ化の件ね。いいわ。それを報告して。」

冬雨は個人的に進めている話なのになんで知っているんだろう。もしかして呂部長には協力者がいるのかもしれない。そう思った。

アサヒプロダクションに行く部長と冬雨に同行したいと樹と莉沙が申し出たが、春本さんには残って仕事をして欲しいので莉沙だけ連れて行くと言った。


アサヒプロダクションから帰ってきた冬雨は、部長からアニメ化においても全てダメ出しをされた。

「日本語わかってるー?」
「日本語忘れちゃったのかと思ったぁー?」

何1つ進展がない今の状態で会議を開くことは出来ない⋯と訴えたが取り合ってもらえない。
その時、同席していた莉沙がLINEでチームの皆に現状を報告していた。

部屋を出て帰ろうとする呂部長を、冬雨は慌てて追いかけロビーで引き止めた。

「呂部長、待ってください。」

「しつこいわよ。あなた。」

「会議をキャンセルしたいです。」

そう食い下がる冬雨に部長はキャンセルはしない。あなたのミスを会社に報告するだけだと取り付く島もない。

そこに莉沙からのLINEを見て心配したチームのみんなもやってきた。

ネチネチと理不尽なことを言い続ける呂部長に冬雨は、今回ばかりは会議をキャンセルしたいと頼み続けた。

樹はそんな冬雨と部長を鋭い眼差しで見つめている。

何度も何度も部長に頼み込む冬雨を見て、樹は胸が張り裂けそうだった。
樹は理不尽なことが許せない真っ直ぐな性格。今私の目の前で私の大切な人が傷つけられている。

「あなたが全面的に悪かったと認めるの?だったら同じ目線っておかしくない?私にお願い事をするなら頭を下げるのが礼儀でしょ。」

樹の目は獲物を捉えたライオンのように鋭く、呂部長を捉えている。

冬雨は屈辱の表情を浮かべながら、部長の前で土下座した。

「靴の汚れも拭いてくれる?」

調子に乗った部長は土下座している冬雨の前に、赤いパンプスを差し出した。

私の大切な人を傷つける人は誰であろうとこの私が許さない。
その時今まで微動だにしなかった樹が動いた。
力いっぱい、呂部長を突き飛ばしたのだ。

「何すんのぉ。こんなことをしてただで済むと思ってないでしょうねぇ。」

「絶ー対、許さないからぁ。」

樹が冬雨に駆け寄り肩を抱くと、チームのみんなも駆け寄り冬雨を連れて行った。



樹と冬雨はカフェに来ていた。

このカフェにはロフトがあり、カフェというより家にいるような雰囲気のこのロフトが2人とも気に入っていた。

1つのパンケーキを2人でシェアして食べながら考えていた。

「もしかしたらこのチームの中にスパイはいるかもしれない。呂部長の情報収集が早すぎるし、私しか知らないアニメ化のことも知っていた。平和ボケした日本にいるとわからないと思うけど、中国ではスパイは職業として成立しているから。」

冬雨は樹にそう説明した。

「それにしても呂麻美って最悪だよね。もっと力込めて突き飛ばしてやればよかった。」

樹はそう言いながら拳を前に突き出し、アンパンチして見せた。
そんな樹の横顔を冬雨はうっとりしながら見つめていた。

パンケーキをゴクンと飲み込んだ冬雨は樹の肩にもたれかかった。
ぴったり寄り添う冬雨に戸惑いながら
樹は冬雨に視線を落とした。

「いつきぃ。かっこよかったよぉ。」

パンケーキよりも甘ったるい声でささやく冬雨。

「そ、そう?」

そんな濡れた瞳で見つめらたら私どうしたらいい?

「惚れ直した。」

樹は高鳴る胸の鼓動を悟られたくなくてただ微笑みを返した。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、冬雨はまだ私のことを見つめて離さない。
照れて一旦逸らした視線をもう1度冬雨に戻す。

「ねぇ⋯」

そうささやく冬雨の顔は私の肩に乗り、横を向くだけで触れそうだ。
動揺した樹の視線が揺れる。

「キスして。」

ねぇ、冬雨
初めてキスした日の事を覚えてる?
お互いの気持ちは分かっていたけど、冬雨に触れていいのかさえわからず臆病だった私。手を繋いだりじゃれあってハグしたりは出来ても、そこから先に進む勇気はなかった。
そんな私に今みたいに「キスして」と言ってくれた。そして、戸惑いながら初めて交わしたキス。昔から臆病で勇気がなくてドキドキしてるのはいつも私だね。

キスをねだった冬雨から目を逸らし、周りを見回し樹は言った。

「ここで?」

冬雨は既に目を閉じ樹がくるのを待っている。
樹は覚悟を決め求められるまま優しく冬雨にキスをした。何度も何度も甘いキスを。

幸せの絶頂にいる2人は誰かに見られている事に微塵も気づいていない。

今後来るであろう不穏な未来に、その時は何一つ気づいていなかったのだ。

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