出版社は「技術」にお金を払ってほしい

「正確な作業をミスなく」できる人はどれだけいるのか

 先日、あるベストセラー翻訳者が怒っていた。自分の入れた修正(著者校)が校正刷りにきちんと反映されていないというのである。 
 ツイッター等で時々この手の話が流れてくる。こういうことは珍しくなく、頻繁に起こっているのだろう。
 大きな理由のひとつは「指示通りの正確な成果物を上げる」工程に対し、出版社がお金を払わなくなったからではないだろうか。
 いまや「人を使う」人にしか、世の中はお金を払わない。出版界も例外ではない。それ以外の「工程」「作業」と呼ばれるところには最低賃金か、それを下回るギャランティで仕事をアサインしてくる。
 そうしなければ本の値段を上げるしかなくなり、ますます本が売れなくなるから……という理屈だろう。
 だが、本づくりにおいて「正確性」がどれだけ重要かは、出版人なら誰だって知っているはずだ。
 たとえば校正・校閲を省略したら、「正確さ」を担保する工程がなくなる。間違いだらけの本が市場に出回り、活字に対する読者の信用を失うだろう。本はまったく売れなくなり、出版文化の息の根が止まると思う。
 組版(DTP)も同じである。「正確にきっちりと仕事をするオペレーター」がどれだけ大事で貴重な存在か。事情を少しでも知っている人ならばわかるだろう。
 実際にはそうしたオペレーターはなかなかいない。最低賃金やそれを下回るギャラの人に「修正しておいて」と押し付けるだけでは、ミスだらけのものが上がってくるのは当然である。

チェック体制は機能しているのか

 もちろん、オペレータが正確な仕事をするのが一番である。しかし ここで、ちょっと視点を変えてチェック体制についても考えてみたい。
 個人ではなく会社で組版を請け負っているならば、担当オペレータ以外の人がチェックをし、ミスを見つけたらオペレータに戻して直させる「内校」という工程があるはずである。
 オペレーターのセルフチェック、組版会社の内校、そして、担当編集者というチェック機能がすべて機能していれば、朱がきちんと反映されていない箇所が散見される校正刷りを著訳者に戻すことはないはずだ。
 しかし、厳しい締め切りと時間コストでひどく圧迫されている組版会社には、社員や、ましてや外注者をトレーニングする体力はもはやないだろう。それではオペレーターの質が上がることはない。
 InDesign等で文字を組む作業そのものだけでなく、チェックについてもきちんと教えられる体制になっていないのではないか。つまり、「内校」を省略する会社も増えているのではないだろうか。
 担当編集者はどうだろう。上がってきた校正刷りが指示どおりかどうかをチェックする責任者でもあるはずだ。
 しかし昨今の書籍編集者はあまりにも多くの冊数を同時に回しているので、最終工程以外は自分でチェックする時間はなかなかとれないという人が多いだろう。そうなると、その技術も責任も持たない人にチェック作業をさせたりしているのではないか。
 というわけで、3か所のチェックがいずれもきちんと機能を果たしていない可能性がある。

「正確に仕上げる」技術のあるオペレーターにきちんと支払う

 わたしはInDesiginのことはわからない。組版業界のことをよく知っているわけでもない。だが、校正・校閲者として、組版と同じく「正確性を担保する工程」を担当しているという矜持がある。
 その立場から書くと、「指示を守って正確に作業する」ことを尊重する文化が広まってほしい。高い技術を持った人にはそれに見合う料金を支払う。そうでない人に対しても「人として」扱い、トレーニングの機会を与える。そうしないかぎり、「ミスだらけの校正刷りが上がってくる」状態の改善はできない。
 校正・校閲の工程以外に、本の品質を守る「正確さ」を担保するのは、「技術」を持った専門性の高いDTPオペレーターであり、チェック体制が機能している組版会社であり、責任を持ってチェックする編集者であるはずではないだろうか。

社内校閲者が朱字照合をする手もある

 チェック体制といえば、こういう手もあると思う。実施している出版社もあるだろうが、「編集者チェック」の前、あるいはその代わりに校正・校閲者を入れる。そこで朱字突き合わせをすればよい。
 朱字照合は校正業務の基本であるから、校正者がこれを担当すれば、必ず一定以上の品質が上がってくる。自宅で仕事をするフリーランスがこれを担当すると配送の日数がかかってしまうので、この工程は社内の校正・校閲者(雇用形態や勤務形態によらず、校正技術を持った担当者)が担当することにするのがよいだろう。
 現在の体制では無理ならば、その工程を担当するオンサイトやアルバイトの校正者を募集したり、派遣会社を入れるなど、方法はあるはずだ。ポイントは、この工程を担当する人を「校正者」に限定することである。このシステムならば、社員を雇うコストに比べたら何分の一で済むはず。それならば、本の値段に即刻反映されてしまうリスクも大きくはないだろう。
 世間に蔓延している「大体合ってればいいからはやく安く」を出版文化に持ち込まずにすむよう、できるかぎりのことをやってみる。そして「正確に仕上げてくる」個人や企業には、それにふさわしい額を支払う。出版社にはそれをお願いしたい。

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