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やまと言葉を哲学しよう

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しばらく昔に書いて発表した論文集。権利者オーケー。
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記事一覧

越境する「もののあはれ」(3)

越境する「もののあはれ」(3)

~「人形(ひとがた)」というメタファー、その源泉と射程~

1  「浮舟」の悲劇ー簡単な小説化を通しての前置き

 人形(ひとがた)は悲しんだ。
 その虚ろな目からは、熱い涙の粒がぽろぽろとこぼれ落ちていた。その空洞の体———それまで誰からも軽々と扱われてきたその体———には、急に重い中心ができたかのようだった。みぞおちに鉛の塊がのしかかり、彼女の体を垂直に地面に抑え付けていた。その脳髄から指の先

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越境する「もののあはれ」(1)

越境する「もののあはれ」(1)

逢坂山の奇跡
 若い光源氏は須磨に流れた。
 亡き父・桐壺帝の中宮との密通が、彼に悪意ある父の正妻・弘徽殿(今上・朱雀帝の母)に露見して、東宮(後の冷泉帝)に害が及ぶことを避けるためだった(第12帖「須磨」、第13帖「明石」)。
 2年後、やっと都へ帰ることが許された源氏であるが(第14帖「澪標」)、彼はもはや流謫前の若者ではなかった。すぐさま大納言に昇進し、参議の中枢となった。それと同時に朱雀帝

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宣長と「あはれ」の変容

宣長と「あはれ」の変容

〜閉じた言語論と開かれた物語〜

『源氏物語』の「あはれ」

 本居宣長が列挙して見せたように、『源氏物語』で「あはれ」の語が出てくるときは大抵、「ただ自然と思う心の情」「心につつんで忍びえぬ思い」「女童のごとき弱くみれんな心」(『紫文要領』巻上、岩波文庫)という直裁的な意味に受け取ることができる。少なくとも光源氏生前の巻までは(第40帖「幻」)。しかし、筋の中心が京都を離れた途端(第45帖「橋姫

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越境する「もののあはれ」(2)

越境する「もののあはれ」(2)

ヤコプソンの「詩的言語機能」と宣長の「かたち」

ヤコブソンの「言語の六つの機能」

 1960年、ハーヴァードの言語学者ロマン・ヤコブソン(Roman Jakobson:1896-1982)は『言語学の文体について"Style in Linguistics"』という論文集をMIT出版会から刊行した。その中には、その4年前にアメリカ言語学学会で口頭発表した報告をまとめた論文があった。「言語学と詩学

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