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越境する「もののあはれ」(3)
~「人形(ひとがた)」というメタファー、その源泉と射程~
1 「浮舟」の悲劇ー簡単な小説化を通しての前置き
人形(ひとがた)は悲しんだ。
その虚ろな目からは、熱い涙の粒がぽろぽろとこぼれ落ちていた。その空洞の体———それまで誰からも軽々と扱われてきたその体———には、急に重い中心ができたかのようだった。みぞおちに鉛の塊がのしかかり、彼女の体を垂直に地面に抑え付けていた。その脳髄から指の先
感覚とロジックの歴史(2)
(※ある研究所の内部報告に連載した論文。タイトル変更済。権利者の許可取得済。当該研究所の性質から検索は難しいかと。)
1.コンディヤックを読むために——時代遅れという認識の再考
前回は、エチエンヌ・ボノ・コンディヤック(Étienne Bonnot de Condillac, 1714-1780)というフランス啓蒙の世紀の哲学者について、ヨーロッパ近代の歴史におけるその立場を概説した。今回は
感覚とロジックの歴史(1)
(※ある研究所の内部報告に連載した論文。タイトル変更済。権利者の許可取得済。当該研究所の性質から検索は難しいかと。)
「近代」の里程標
21世紀も20年を過ぎ、思考の衰退と技術革新と自然の猛威が止まらない中、前世紀のヒューマニズムを過去の神話のように感じている人は少なくないと思う。憲法と法律の文言を除き、人間主体の尊厳、個人の意志といったものに実質的な現実を動かす権能があるということを信じら
Lettre dans la pandémie (mai 2020)
(Il s'agit d'un message adressé à des amis français à la veille de la levée du premier confinement en France, mai 2020, et également au lendemain de mon arrivée à Tokyo, cité désertée alors, en raison
もっとみるパリ24時間(3)荒野行動或いは左翼的恋愛
ニコラはコリンヌを見ている。コリンヌはトマを見ている。トマの目は、シャルロットとレミの上を通り過ぎ、時々イザベルの金髪に、時々アンヌ・ソフィーの栗色の髪に落ちる。シャルロットはトマとレミの両方から顔を背け、宙を見つめている。レミが立ち上がる。シャルロットを詰問している。彼女の膝に泣き崩れる。イザベルはクリストフに目配せする。クリストフは眉を顰め、首をかしげる。イザベルは首を振る。クリストフは背中
もっとみるパリ24時間(2)11区のヴィラ
パリの東側、メトロ8番線のバスチーユとレピュブリックの間に、「レ・フィーユ・デュ・カルヴェール(十字架修道院の尼僧たち)」と呼ばれる小さな駅がある。1箇所だけの出口はフィーユ・デュ・カルヴェール緑道(ブールヴァール)に開いており、ブールヴァールから西に短いフィーユ・デュ・カルヴェール・ストリートが伸びている。
この一帯はマレ地区からオーベルカンフを結ぶ点なので、土曜はパリのクールな30代で賑わ
パリ24時間(1)ポルト・ドーベルヴィリエ
エストニアから来た風は、西へ西へと進んで、ドイツ北部に広がる穀物畑の上を吹き渡った。ロッテルダムの港は、カモメの喚き声と北海の雪の匂いでいっぱいだった。鱈漁船の船底に積もってやってきたのだ。そこでは、ゲルマンの音と違うくぐもったフラマンのG音が、暗い春を予感させた。風は進路を変えた。大きな川に沿ってどこまでも行くと、ゴシック教会の鐘が一日中鳴り響く場所に来た。同じくらい沈鬱なそ